密室の恋 11
夢の給料50万……。
想像するだけでフワーッとハートがばら色になる私ってかなりの小市民?
でもさ、現実問題。
それだけあればアパート引越しだけじゃない、化粧品だって服だってワンランクアップできるのだ……。
化粧品なんて、カフェで働いている時は特に消耗が激しいから殆どがロフトやドラッグストアのセルフコーナーのもので間に合わせ、よくてせいぜいポール&ジョーかスティラ程度(……パッケージが可愛いから)だった。
でも50万あれば?
資生堂のいっちばん高いライン揃えたって余りある。ディスカウントショップじゃなくてデパートのカウンターでまとめ買いしてやるのだ。
シャンプーだって。今はボディ&バスショップで買ったリンスいらずのハニーシャンプー(800円足らず)を使ってるけど、サロン用の1本5000円のシャンプー&コンディショナーに変えてやろうじゃんーー。チャン・ツィイーか仲間由紀恵か、ってくらい艶艶ワンレンも夢じゃない!
うーーん……、想像するだけで幸せ。現実は1DKの小さな部屋で日に日に近づくプチゴージャスを夢見る私。
ささやかなリッチ気分とばかりにローズのバスバブルを入れたお風呂に浸かる。このバスタブ。小さくてついシャワーで済ましてしまいがちだった。新しい部屋はもっとゆったり入れるお風呂付きにしよう。キッチンはまあそこそこでいいとしても(会社のが贅沢仕様だから)、お風呂はこだわりたいな。
そろそろ賃貸情報見ておかなきゃ……。
お風呂を出たあと本日の画像を更新しようとしてコメント入っているのに気付いた。
お久しぶりのみなみんさんからのものだった。
『こんにちは〜。またまた来ちゃいました。またメニュー増えてますねー。羨ましいな。。でもね、私にもちょっといいことがありましたよ。土日はヒロくんと別行動だったんですが、今日のお昼汐留のホテルのパーティに連れて行ってもらって、くじでジューサーが当たったんです!HISっていうかわいい家電メーカーさんのパーティだったのですが超素敵でした♪料理もすっごくおいしくて、セレブな気分に浸れましたよ』
相変わらずの長文。私はフンフンと読んでいた。
ところが、はっと気付く。
―――HIS?
なんか……、会長が昼間行ったパーティもそんな会社の主催じゃなかった?
―――汐留のホテル?
……コンラッドって汐留になかったっけ? そういえば。
「えーーー……?」
突如頭の中が混ぜこぜになる私。文はまだまだ続いていた。
『今までで一番セレブなパーティだったかもです!はじめに○英商事の会長さんが乾杯の挨拶されたのですが、超若くって超超カッコいいのでびっくりしちゃいました!聞いたらヒロくんと同じ年だって。すごい大きな会社の会長さんなのにお若くてびっくり!!ヒロくんも頑張らないと!それとくじですが、目玉は海外輸出用のかわいい炊飯ジャーでしたよ。ジューサーかわいいけどあっちのがいいな。。大抵の煮物とかできちゃうらしいです。なんか私にぴったり?ヒロくんには言えないけど。あーまた長くなっちゃった、じゃこのへんで。またセレブなお話しましょうね〜〜』
ひぃ――――……。
みなみんさんの超長い、超ふわっと天然♪な書き込みに反して、顔面ひきつる私。
「いいぃ、ヤバイィーー……」
――○英商事の会長って。そのまんまじゃん、ウチの会長のこと!?
やだ、会長スピーチなんてしたの!? マジ?
あちゃーー、こんなに早く足がつくとはっ。……いやバレてはないけども。
で、ナニよ、その輸出用炊飯器って。まさか会長が持って帰ってきたヤツ!? あれって目玉だったの!? 会長ったら何も言わないからわかんないじゃん!
「ちょ、超ニアミス―――……」
とんだセレブつながりもあったものだ。
こんなことってあるの? 東京の人口考えたらとても想像つかない。
―――だがしかし。
貧乏人は履いて捨てるほどいるが、セレブな人種は極端に少ないのだ。それを考えると……。ありえなくはない。
しかもナニ、ヒロくんと同い年って! マジですか〜〜?
何でこんなにボロボロ書いちゃうの、みなみんさん。もしもここで私が、
『あ、もしかしてそれってnarsさんかも〜〜。ホテルってコンラッドですか?私もくじの商品もらっちゃいましたよ。なんと、炊飯器でした♪世の中って狭いですね』
なんて、うかつにマジレスしたらどうなる?
会長は絶対こんなブログなんて見るわけないけどさ。
○英商事なんてバレバレじゃん? もしもー、ここの社員さんが私がこんなの書いてるってことに気付いたら?
社員が興味本位に話を広げる
↓
それが上層部に伝わる
↓
会長が恥をかく
↓
怒りを買って私は首
↓
給料パア
えーー……。そんなの困る!! せめて1年分はもらわないと年収にならないじゃん!! 50万×12ヶ月+ボーナス半年分。これだけは絶対欲しい!!
パニくる。すぐにそういう結論に結びつけるのはあまりに短絡的だが、それほど心に余裕がなかったことは確かだ。
「……ブログなんてやめるべき?」
と呟く小心者の私。携帯でなんてやっぱ不経済だし?
う〜〜。うじうじボタンをいじってると、みなみんさんのコメントの下に続くコメントが目に入る。
『はじめまして〜。みなみんさん。いきなりレスしてスミマセン。セレブなお話素敵です〜。パーティなんてしばらく行ってないな』
先日ご登場のプシィさんの書き込みだ。そういえばコメントは1件ではなかった。
『―――みなみんさんのカレシさんの話見てたらつい書きたくなっちゃって。。私の彼はただいま資格取得に向けて猛勉強中で、お休みの日にお昼ごはんを差し入れに行ってます♪みなみんさんのカレシさんは長州小力似だそうですね。私の彼は南海キャンディーズの山ちゃんに激似です♪(わかるかな?)なんか親近感沸きます〜。よろしくです』
ぷはっ。
焦りをよそに吹き出しそうになる私。更にそれにレスがついていた。1時間ほど前の、みなみんさんからのものだった。
『きゃーー、プシィさん、こちらこそよろしくです♪わかります、わかります!山ちゃんですかー、やさしそ〜〜ですね。色々教えてくださいね、マジ料理超へたっぴなんで。あ、なんか連続コメントしちゃってごめんなさい、kofiさん。じゃまた』
――ナニナニ? 何和んじゃってるの、この人たち。
カレシ自慢ですか〜〜?
しあわせなんだな……。彼にラブ♪っていうのがこれでもかというくらいよくわかる。文字だけなのに何だか人物像まで伝わってくるようだ(カレシは一目瞭然だけど)。
「―――ま、いっか」
いきなり、素に戻る私。
―――せっかくだし。
元々料理の画像載せるつもりではじめたんだから、それに徹して正体明かさなければ別にどうってことないのでは。
万が一ばれそうになったら、
『ごめんなさい。ちょっとやばくなったのでブログ閉じます』
正直に話せば、この人たちならわかってもらえるんじゃなかろうか。
―――。立ち直りの早い私はページの存続を決め、改めて昼間撮っておいた画像をアップした。この動作にもそろそろ慣れてきて。下手の横好きってまさにこのことだ。素人ってこわいね……。
『はじめに○英商事の会長さんが乾杯の挨拶されたのですが、超若くって超超カッコいいのでびっくりしちゃいました!』
――なんて。会長、どんなスピーチしたんだろう?
また読み返してほくそえむ私。
――何なの、あの炊飯器。そんなたいそうなものだったの?
私に使えって。旦那さんじゃないんだから。もー。
何でも作れる御釜っていっても、あのキッチンはガスレンジも電子レンジもあるからあんまし必要ないかもしれない。みなみんさんのジューサーの方がむしろ使えそうだったりして。手絞りって限界があるのよね……。
『ウチの炊飯器と交換しませんか?』
って言えない、言えない、秘密、ヒミツ……。
料理以外のこと書くのはよそう。私は貝のように口を閉ざすことを誓って、眠りについた。