密室の恋 17
―――KIREI……
キレイ きれい 綺麗……。
綺麗って私!?
……いや、厳密には私の肌でしょうよ。新しいファンデ効果? や、やだ、わかっちゃった?? 会長って案外目利きなのかな……。今までの男がドン臭すぎるのか?
「キレイ……」
アフター5、思わず立ち止まった書店の、「KIREI」っていう雑誌。それを手にしてパラパラめくってるワタシ。
――なんてことない雑誌だ。ヨーガ、ロハス、デトックスなどなど女の子がきれいになるための情報満載の、普段あんまし見ないタイプ。
つーて、
胸がトクトクゆってるんですけど……。
「やだもう、何だってのよぉー」
だから雑誌じゃない。ココロここにあらず状態。
『……綺麗だね』
だから肌だって。何過敏になってんの?
――いやいや、マジ顔であんなお部屋で2人っきりで言われるとバカでも反応しますって!
キレイ、キレイ、きれい――――。
カァ―――ッと熱くなる。
「ありがとうございました―――」
……何となく手放せなくなって結局購入にいたる。980円ナリ。私ってば。まあメニューの参考になるしね、よしとしませう……。
ウチに帰ってシャワー、食事を済ませ、床にゴロつきながらさっきの本をめくる。食事編は超ヘルシーなメニューばっかだ。女の子どころか、会長みたいなちょいワル、じゃなくってちょっとばかし中年、男性にもよさげな。しかし材料費かさみそう……。
「ふふん、ふ〜〜ん」
横向きになって、いつのまにかヨガまがいのポーズをとりはじめる。体の柔らかいのはあんまりいばれる自慢でもない私の自慢のひとつ。調子よく進んで、ふと携帯でブログをつないでみる。
メッセージが入っていた。みなみんさんと新規も何故か。
『いや〜〜ん、イセエビまじおいしそうですっ! 魚さばける男のヒトっていいですねえ〜〜』
その(ブリブリブリッ子な)姿が浮かぶみなみんさんの書き出し。えへへへ、やっぱそう来たか。あの、手・さ・ば・きっ、目の前で見るとカンドーもんだよ? それに今日の画像はアングルにも気を遣ったんだから。デジカメですらないのに私ってば、プチカメラマン気取りよ。
『で、ちょっと聞いてくださいっ!ケンタロウさんの本買って肉じゃが作ってみたんですが、焦がしちゃってーー!チョ〜〜〜ショック!!!急いで痕跡消して、違うの買いに走りましたあ。私ってやっぱダメなのかな――。それとももっと分厚いお鍋にした方がよかったのかな。フライパンでってあったのでその通りにしたんだけどーー』
プ。このヒトホントに料理ダメ子ちゃんなのね。フライパン? 火が強かったのかな。肉じゃがごときで鍋なんて買ってられないっての。
返すコメントを考えながら続きをざっと見ると別なコメントに目が止まる。
『はじめましてー。キョンママと申します。イセエビカンドーーー!!あ、すみません。私はレシピ検索にネットを利用してまして、とってもかわゆい感じなのでつい書き込んじゃいました。みなみんさん、はじめまして。肉じゃがって簡単そうで結構失敗したりもしますよねー。めげずにチャレンジ!お鍋をお探しなら私はルクルーゼがいいと思います。ちょっと重いけどとっても美味しく出来ますよ♪』
わ、出た、ルクルーゼ! こマダムの必需品と言うか。オサレな雑貨店にはぜーーったい置いてある、クソ重くて超高い鍋。
「まっ、リッチ――」
つい呟いてしまうでないの。キョンママってくらいだからお母さんなんだろうなあ。そんなの持ってるなんて。さぞこじゃれた生活を送ってるんだろうな。
まあ、ウチも洒落っ気の点では負けてはいない。インテリアショップ、モデルルームそのまんまのキッチンなんだもの。
―――厳密にはウチじゃなくて、ウチの職場ね。
『フライパンですか〜。今度私もやってみようかな。みなみんさん、頑張って下さいね♪愛情があればきっと制覇できますよ』
と、みなみんさんには無難に返して。
『はじめまして。キョンママさん。このような所にお越しくださって感謝!!です。メニューが参考になるかどうか不安ですがガンバリマス。これからは今まで培ったカフェメニューもバンバン載せれるといいなあ』
あくまでも会長が完食してくれたら、の話だけどね。でも妙な自信がみなぎる私。
『ルクルーゼの鍋をお使いになられてるなんてかなりの上級者ですね!よろしければ色々レシピを教えてくださいね』
キョンママさんはとりあえずブロガ―じゃなさそうで。よくこんなできたての薄っぺらいブログに来れたなあ。これもmcrt24さんの影響なんだろうか。ブログ、恐るべしっ。
人生バラ色……。
なんてそこまでじゃないけど、このところかな〜りそれに近い状態なのは確かだ。
全くストレスを感じないで職場に向かうってどうよ? こんなことはカフェ時代ありえなかった。そりゃまあそれなりにお洒落な店内ではあったけれどもチューボーに入っちゃえばもう戦争状態。接客の日はどんなヤンキーの兄ちゃんにでも膝ついてオーダーとって、見た目とは裏腹、そりゃもうハードな仕事だったもの。
それがどーよ。
「おはよう、市川くん」
「おはようございます」
ペコペコ頭下げて回る必要もなく、上司数名に挨拶した後はコーヒーいれてゆーーっくり料理して。ああ、なんて優雅なのだろう。
「市川くん、先日のマシーンのことなんだが」
「はい」
朝の一服の後、話し掛けられる。
「この前の炊飯器の感想を聞かれてね、君のことを少し喋ったら是非色々話を聞きたいそうなんだよ。私の友人で、緑川って言うんだが」
と、言いつつ会長は名刺を差し出した。
「すまないが、何でも気付いた事をこのアドレスに送ってやってくれ。或いはもっと他の、家電全般について、使用する人間の意見が欲しいらしい。新製品のアイデアを練ってる最中らしくて」
「は、はあ。でも私、そんなメールするほどのことなんて……」
ちょっとびっくりして受け取ると彼は上向きに目を合わせた。なんか、眼鏡が光った。
「……もちろんそれなりの報酬はするよ。必要なものがあれば何でも言いなさい。彼にでも私にでも」
「へっ」
え――? マジ? 新製品?
私は名刺を手にしたまま不自然な後ずさりで部屋を出た。
―――HIS(株)代表取締役社長 緑川純大
と印字された、何ともダイトリぽくない天真爛漫なお名前。会長の友人、て。全然違うカンジの名前……。
まあ、あの人のオトモダチなら年も30ちょっとなんだろう。ホリエモン世代。まだまだ若いよ。ダイトリぽくないのが普通なのだ。会長が落ち着きすぎてるの。
私は、何かもう慣れてしまったかのように昨日雑誌を見ながら浮かんだメニューの準備にとりかかった。
たか−いビルの朝日が差し込む白いキッチンでただ1人……。ごはん丸に材料を入れてセットして、一通り済んで部屋の隅に、PCの前に戻る。
―――ん――……。気づいたことかあ。
それは何気なしに。何だかホントに軽い気持ちで私はメーラーを開いて新規メールを出す。宛先はさっき貰った名刺の裏に手書きで書かれたアドレス。コレきっとお客様窓口かなんかなんだろうなあ。そう思いながらつらつらと。
『はじめまして。東英商事の市川と申します。九条会長がいつもお世話になっております(て私が書くのも変だが)。早速ですが、先日頂きましたごはん丸を使ってみましたので……』
う―――ん、何か堅いかなあ。でもお礼くらいはしておかないと。単なる清書じゃないオフィス文書ってどう切り出すのよ?
とか思いつつまあ別にいっか、と気楽に続けて。
『……パンはとても早くきれいに焼けて感動しました。欲を言えば色んな型があるとケーキとか焼けるかなあ、と。そんなところでしょうか。今後ともよろしくお願いします』
何をよろしくなんだ? 変だけど、何か送っとかないと会長に悪いような気がして私はさっさと送信をし、キッチンに立った。
そしてお昼前。かいがいしくお昼の用意をしようとしてふっと、部屋の隅のデスクのPCのメール受信のランプに気づく。珍しい。私にメールなんて初めてで。
びっくりした。
早々に返ってきたのだ。
さっきの。しかも、ミドリカワさんじきじき。