密室の恋 18
『市川様 はじめまして 弊社の商品をご利用頂きありがとうございます 賜りましたご意見は今後の商品開発の参考にさせて頂きます』
わ、新米社長さん。どんな人か想像しちゃうじゃなーーい? プフ。
……て、ワクワクしたのもつかの間、半分から下、文面が変化する。
『……ところで市川さんはどういう経緯であのカタブツ会長のお膝元にいらしたのですか? 聞くところによると うら若き独身のお嬢さん だとか。前は定年間近のおばちゃんだったのに、、俺驚いちゃいました。できましたらそこんところのいきさつをおしえてほしいなーー……なんて。いやいや、ぶっちゃけトークで結構ですよ。俺はお宅の会長とは長い付き合いなんで。このアドレスは俺専用だし。秘密厳守です』
「――へ?」
なぬ? いきなりため口? てゆうかお膝元て。おばちゃん? いや、それより何よりうら若きお嬢さんて誰のことよ――――!? 会長が言ったの??
胸がドキドキしちゃって。
「ちょっとこれなーに? 返信しなきゃいけないの??」
真面目に迷うよお。初対面(メールだけど)の人、しかも社長とゆー肩書き持ってる人にどーゆーぶっちゃけしろっての!
―――会長にも聞けないし。
「うーーーーぅ」
マジでホリエモン並みに気取らない人らしい、緑川氏。私は、頭抱えて、キーボードをつっつく。さすがにため口は返せない。
はぁ? 社長専用アドレスぅ?
『ご返信ありがとうございます。私は別の部署に所属しておりましたが(てハケンだけどさ)、ひょんなことから会長のお食事を手配(じゃないんだけど…)させて頂いております まだまだ不慣れな身でございます 今後ともよろしくお願いします』
うあわー。すごく緊張する。もう仕事に戻らなきゃ。
なんていってる間に、着信……。はやっ。
『どうも〜〜〜☆メールありがとう!そかそか、市川さん、大抜擢ってわけやねえ〜〜。そりゃめでたい!!イヤイヤ、九条クンとははるか昔の飲み仲間から始まって今はビジネスパートナーでありますが、まるでわが身! 俺は本当にうれしい!! 是非あのおっさんを見守ってやってください。あいつは根はいい奴なんです。今はちょっとひねくれてるだけで。チョイワル、じゃなくチョット複雑なAB型なんですよ。おっと、時間だ。また改めてご挨拶に伺います』
カァーーー。
真っ赤になる。
何よ、どこまで飲み込めたのだろうか、この人。
……勝手に思い込んじゃってるような。
誤解招くような想像するんじゃない!!
なんだろーなーー、ギャル文字でも出てきそうなこのテンションは。
たかがお茶くみですよ、私はっ。何をお願いしようっての。
まあしかし、大抜擢には違いないけどね。
あのままハケン終わって、下手するとクリスマスには無職だったかもしれない私。
それを救ってくれたのは……。
会長?
……じゃないでしょーよ。正確には室長よ。なあんの接点もない私を拾ってくれた。奇跡的ねえ。
めでたいって……それは私の方ですよ。
変な胸騒ぎが続く。「市川くん」て会長の声がして、はっとした。
「わ、は、はい」
慌てて画面閉じて、見ると会長が遠くから視線を合わせて。
――――メシ、まだ?
みたいな表情。に見えた。一瞬。
「あ、す、すみません。すぐにご用意します」
「ん。そうして。ちょっと午後空けるから」
「はいっ」
相変わらずの端正なお顔。素っ気無さ。『カタブツ』よね。確かに。
こんなだから、
『本日のメニューはサーモン、キャビア、ビーフ、トマトのブルスケッタ風でございます。マスカルポーネ、タルタル、わさび、お好きなソースを絡めて召し上がれ♪』
……なぁんておふざけも出来ない。
「ん……」
でも、すっと手を出して食べてくれる。
パソ見ながらなのに……こんな品よく食事する男を私は見たことがない。
まったく男って奴は、パクついて終わり、そんなのばっかだったから。
やっぱ育ちってこういう端々に出てくるのね。何てきれいに食べるのだろう。
それをじっと見つめる私(会長がこっち見ないから)。
この空気がなんとも言えず好き。
これって、見守ってるって言うのかしらん??
食べ終えると会長はもう外出モード。その帰社予定時刻を聞くなり私は、
「あ、じゃ、じゃあ、今日はお茶請けはいらないんですね」
なんて妙なことを口走ってしまった。
一瞬、『へ?』という顔をされる。
「……あ、すみません、いってらっしゃいませ」
と私は照れくさくて頭下げて、後片付けに取り掛かって、会長は出て行った。
どうも浮ついちゃうな。さっきのメールのせいだ。
気を取り直して、ブログに画像をアップ。
デザートを載せられないのは残念だなあ……。今日はちょっと頑張ってみたんだけどな。抹茶のロールケーキ。クリームは甘さ控えめのほんのりクリームチーズ風味。
どうしよっか。ここで1人で食べちゃうのはちょっと勿体無い(てコラ)。
ダメだぁー。仕事しなくては!
明日、は休みだからあさってのメニュー考えよう!
と、私はレシピを探る。
こんなことが仕事になっちゃうなんて……なんて楽なの。ネットには私なんかよりよほどプロ級の素人シェフがいっぱいいるっていうのに。
心の片隅で後ろめたさを感じながら。
いつしか没頭しててメールのこと忘れていた。
そんな夕刻、
「会長にお届けものです」
え?
「ちょっと重いので運ばせますね」
秘書の人の声の後にダンボールを持った男の人が数名。
「あのー、何ですか? これ」
「何かしら? 調理関係? 即日配達なのよね」
―――調理関係?
無造作に置かれた箱たち。よくよく見ると送り主は……あの緑川さん!?
「えーー? 何よ、コレ。もしかしてごはん丸2号?」
ご丁寧に包装してあるからほどくわけにいかない。
大き目のものもある。
別の意味でドキドキしながら、もしや緑川氏からメール来てるかも? と思ってPCに近づくがそれはなかった。
成すすべもなくそのまま時間が過ぎて、会長が戻ってきた。私はすぐに言った。
「あ、あの。HISの社長さんからのお届けものです……」
「ああ。開けてみて」
「はい」
会長は席についてしまって、私1人で箱を開ける。
出てくる、出てくる。
それはまさに、調理関係……。
えええ?
フードプロセッサーにミキサーに、スチームオーブン、ミニ冷蔵庫、圧力鍋……。
ちょっと何これ。モニター当選て奴ですか? こんなにたくさん?
「こ、これってどうすればいいんですか?」
「好きに使いなさい」
至極当然のように彼は言う。
「で、でも、こんなに置けませんよ」
と、貧乏くさい私。いや、キッチンは立派なんだけどもね。広さもあるけど、何ていうの、こういうのズラズラ並べておけるほどのカウンターはない。フードプロセッサーくらいなら余裕だけどなあ……。
しかしさすが、というか会長はちらっと見て、
「ああ。そうか。それじゃ業者にやらせるからそのままにしておいて」
―――業者?
「は、はあ」
何も返せなくなってしまう私。
会長はそんなことお構いなしに、
「ふぅー。のど渇いた。一杯入れて」
珍しいセリフだ。
「は、はい」
「さっき言ってた、お茶請け……? それ出して」
「え?」
耳を疑う私。
お、覚えてたの?
「お、お召し上がりに?」
「うん。食べるよ」
さらっと言われて。私は慌ててキッチンへ。
保冷ジャー(自前)へ入れていた抹茶ロールくんを出した。
『わーー、食べちゃわなくてよかったあぁぁぁーーー』
て、そういう問題か。
もうドキドキ。
今日はドキドキだらけだ。
「ど、どうぞ」
AB型だって? 会長。
まさに! 変な人たち!