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密室の恋 21

「ようこそ。はじめまして。市川と申します」

私は控え目に手を出し、思いつく限り丁寧なおじきをした。緑川氏。思い切り名前通りのお方だ。セルフレームめがねの奥の優しそうな目。ふわっとウエーブした黒い髪。会長のお知り合いにしてはかなり、ナチュラル系。ゆなのお相手にもちょっと似てるかな?
「お口に合えばよろしいのですが」
すぐに引っ込んで用意していた一品を運ぶ。直径5cmほどの丸いケーキの表面に花びら状にクリームを施したそれはうっすらと桜色。コンセプト(?)は小さなウェディングケーキだったり。何ゆえ?ーー友達の結婚話を聞かされたせいかもしれないわ。単純ね。
「ほ〜、うまそっ」
緑川氏は実に食いつきがよかった。
「見た目はいかにも、な『スイーツ』ですが、マスカルポーネを使った甘さ控え目のレアケーキです」
私はにっこりと説明を加えた。
「この上の粒粒は?」
「ピンクペッパーです。飾りですが、もちろん食べられますよ」
「へ〜〜」
花びらの上に枝つきのピンクペッパーがふわっとのっかってるのだ。それをちろんと除けて緑川氏、
「では、遠慮なく」
威勢良くぱくっと一口目を口にした。小さいのでそれで既に半分近くなくなる。
「ホントだぁ〜。うまい! チーズっすね、これ」
嬉しい一言をたまわって私はホッとした。
「うまい、もうなくなっちゃった♪」
満面の笑み。おそらく半分くらいは『やらせ』なんだろうけど(あるいは演技)、やっぱり嬉しいよね。
「ん? ナル、どうした?」
さすがおともだち。『ナル』なんて親しげに呼びかけられた会長は、彼の真向かいでフォークも持たないでケーキを前に固まっていた。
『あ、ヤバ、さすがにお気に召さなかったかな?』
その時はじめて私は、調子に乗りすぎた、と気付く。何でこれでいけると思っちゃったんだろう。しまった、ブログ更新ストップかーー? とまで。だがしかし。
「―――いや、何でもない、食べるよ」
会長はふっと我に返るとそう言って、先に飲み物に手を出した。ホットストレートティー。地元島根産の紅茶だ。
「何だよ? あ、オレ、ちょっと見学させてもらっていい?」
緑川氏は言いながら立ち上がった。
「ん」
会長はあっという間にいつもの調子に戻って。フォークを手に取られる。
「ホラホラ、お前、全部食っとけよ!」
ばしっとその肩を叩いて、緑川氏は私の方を向いた。
「すみません、市川さん。『お城』を見せていただきたいんですけど、付き合ってもらっていい?」
「エ?は、はい」
またまた満面の笑みで。お城といわれてドキッとしながら私は彼の後ろについて行った。




「いいじゃん、いいじゃん、いいじゃん!」
入るなり腰に手を当て、
「う〜〜ん、ウチの製品も見栄えするよねえ」
緑川氏絶賛。「で、どうですか、ウチのお子たちは」と私に問い掛ける。
「あ、はい、ありがとうございます。順調に使わせていただいてます」
「あははは、順調、ですか。いいんですよ、本音を言ってみてください」
えーー、別にないけどな。てか、まだそんなに日がたってないのに。緑川氏はカウンターに並ぶ自社製品に視線を戻した。
「うーーん。見た目はいいけど、名前がちょっと余分かな」
と言って手にとったのは『ごはん丸』。……うんうん、そうね、それは直した方がよいかも。
「これインテリア関連のショップに置く予定なんですよ。もっとオサレな名前ないかな」
って、私を見られても……。私は苦し紛れ、「あ、そう言えば、そのフードプロセッサー、ちょっと洗いにくいかな」
「これ?」
緑川さんが指で指す。
「ここがこう分解できると助かるんですけどーー。でもそんな大したことじゃないです」
「フンフン。なるほど」
私は部品を示して説明した。その他数点。緑川氏は真面目に耳を傾ける。
「すみません、えらそうなこと言っちゃってー」
「いやいや、とんでもない。生の声を聞きたいんですよ。ウチの女の子なんか料理しないくせに、あーだらこーだらいちゃもんばっかつけてます」
にこっと笑顔を見せて。
「いやー、でも突貫だった割りにはうまくできてるなあ。実はこれ、ウチの親父の会社でやらせてもらったんです」
「えっ?」
驚く私に陽気にぶっちゃける。
「ははは、言っちゃっていいよね? ここ、ウチのショールームに使わせてもらうんですよ。早速明日は来年用のパンフの撮影。で、キッチンはオレのオヤジの会社が作ってます。オレの実家、金沢で鉄工所やってるんだけど、燕三条にステンレス加工の工場も持ってるんだ。大手メーカーの部材作ってたりするんだけど、最近オーダーキッチン希望の個人客が増えて、オレに色々言ってくるんですよ」
「へぇぇぇ〜」
1人でどよめく私。この人もボンボン? 人は見かけに寄らないわ……。
「でさ、企画たてて軌道に乗せるまで帰ってくるな、とか言われちゃっててさ」
と言うと一段と可笑しそうに笑い声を上げた。
「はははは……。オレだって帰りたくねえよ、あんな化け物屋敷!」
「化け物屋敷?」
「ははは、ごめんね、ウチ、田舎なんで家だけは馬鹿でかいんだ。武家屋敷っての? 部屋なんて何個あるか数えたことねーや」
「えー、そうなんですか?」
「そうそう。昔イタズラするたびに蔵にぶちこまれてさ。マジ『貞子』出てきそうで怖かったーー」
えっ、貞子?
「いやー、ごめんごめん、そこまで自己紹介することもないよね。ああ、市川さんは松江だっけ? 『小京都』出身者同士、仲良くしましょー」
おもむろにまた手を出されて。「は、はあ……」従う私。ハタと気付く。
『なんでそんなこと知ってるのーー?』
会長が言ったのだろうか。そうだよね。それしか……。その辺の疑問にお構いなく彼は続ける。
「ねー? かつて裏日本なんて言われて寂しい思いしませんでした〜?」
「え〜? 裏日本、ですか?」
私がきょとんとしてると、「おや失礼」と彼はかわした。
「言わないかな? 年代のちがいっすね。気にしないでー」
えー、気にするじゃん。そんな風に呼ばれてたの? どうりで。『島根ってどこ?』なんて聞かれる筈だわ。しょぼん……。
「んーー、でも突然請け負った割りにはよく出来てません?」
と彼は話を戻した。
「はい、良過ぎるくらいです」
やっぱ急な話だったのね。
「あの、これってちなみにいくらくらいするものなんですか……」
つい本音が。恐縮して語尾が弱まる。
「ん〜、実はオレも知らないんですよ。ポケットマネーなんで、ナルの。まあ業者直なんで、『6掛け』ですが」
『えーー?』
ぽけっとまねー? 耳を疑う私。立て替えてる、とかでもなくて!?
「前もそうだったもんな」
「前?」
「あ、聞いてない?」
緑川氏はにやにやしながら、「言ってもいいのかな〜? いいか、言っちゃえ」
「へ?」
「前の会長の時。アメリカの系列のCEOの部屋真似て、ここで会食できるようにゴージャスなキッチン設備整えたんですよ。前のも結構いけてたでしょ」
「は、はあ」
「それでー、前の会長、つまりナルの親父さんの飯の世話したのが前の秘書さん。おばちゃんだったけどね。ナルがここに来る前に辞めた」
へー。そうなんだ。前の会長秘書さんは年配さんだったのか。秘書室の雰囲気違ってたのかな。今の面々は……。各部署から上がってくるデータをまとめる男の人が2人、後は全員20〜30代の女性だ。
「で、そのおばちゃん、今どこにいると思う?」
「えっ?」
何度目の「えっ」だろう。何も返せない私に、してやったりな笑みを浮かべる緑川氏。
「ふふふ、ナルの『実家』だよ。2人は密かに愛を育んでたってわけ。ま、籍は入れてないけどね。大人の事情ってやつ?」
「えーーー?」
驚き。そんなラブロマンスが? ここで?
「……だから、市川さんも頑張ってね」
緑川さんはぼそっと呟いた。
『え?』
意味深なウィンクとともに。「ふふふふ」
『あ、ちょ、何を頑張るのーーー?』
彼は先に出て行き、私は顔が火照ってしばらく動けなかった。





 遅れて出て行くと、テーブルには空の皿が並んでいた。胸をなでおろす私。それを悟られないよういつもより冷静に食器を下げる。自然と、2人の会話が耳に入る。
「―――いいなあ。オレも早く専属シェフ抱える身分になりたいっ」
「実家に戻ればいくらでもできるだろう」
「いやいやいや……」
緑川氏は首を横に振った。
「約束だからな。まだ戻れん」
「律儀だな」
言うと会長は眼鏡を外した。「ふぅー」と右手で眉間のところを軽く押さえる。
「お疲れのご様子?」
緑川氏はあごに手を当てじっと会長を見つめた。
「いや。どうも最近……。してもしなくても大して変わらんのだ」
「どういう意味?」
「PCくらいならしなくても充分見えるしな。遠くが少し霞む」
「ありゃりゃりゃ」
大きな声を出した。
「お前、それ、老眼入ってきてんのとちゃう?」
「そうだろうか」
ひいーー。何の話かと思えば。ちょっとばかし寂しいオヤジトーク?
「レンズの度数、ちゃんと合わせておけよ。フレームもそろそろ替えた方がいいんじゃないか? オレなんかヨンさまモデルだぜ〜?」
自慢げにかざしてみせる。ああ、そういえば……。それっぽい眼鏡だ。
「何だ? それは」
会長はくすっと微笑んだ。久しぶりに見る会長の素顔。相変わらずお美しい。眼鏡なくても見えるのなら外せばいいのに、なんて思ってると、会長ははぁーと息を吐いて右手で麗しの顔を隠した。
「やっぱ疲れてるのか……。ナル、うまくいきそう?」
「ああ。めどはついてる」
「そっか。もう一息だな」
打って変わって、ふたりとも真面目な顔。
「だがここは使ってもいいんだろ?」
「ああ。そのために600万投資したんだからな。しっかりやってくれよ」
「オッケー!」
『600万!?』
耳を疑うような金額が。えーっと、それってあのキッチンの値段? だとすると……。さっき、6掛けって言ってたから、実売1000万? あれってそんなにするのーー?
『えーー、金持ちってわかんないーー』
数字にめまい起こしそうだ。投資って。友人にポケットマネーでショールーム提供してやるって? せめて何気ない風を装う私。そこからは完全にビジネスのお話だった。何だかここはホントにショールームになるみたいだ。私はこそこそとキッチンに戻って、ブログの画像取り込みをすることに。完成直後のピンクのケーキ。今日はちょっとやばかったな。でもみんなの反応が楽しみ……。完全に趣味だわ。次からはもっと会長の嗜好に合わせないと。
「市川さーーん」
大方作業が終わる頃、明るい呼び声が私を立ち上がらせた。ドアを開けると訪問時と同じように、緑川さんと会長が立ってた。
「ではでは、どうもお邪魔しました。貴重なご意見をありがとう」
「いえ、とんでもないです」
私は深深と礼をした。
「それと、ご馳走様でした。美味しかったよ〜。これからも頑張ってね。プリンセステンコーの専属シェフみたいなの目指して、ねっ」
プリンセステンコー!? またまたびっくり発言。
「あ、は、はあ……」
いきなり。いくらなんでもレベル高すぎ。しかし。そこで茶化して場を盛り上げるでもなく、真面目な会長のお言葉が私に降りかかる。
「私は明日出かけるので食事はいらない。3時には戻る」
「あ、は、はい。お茶のお供はいかがいたしましょう」
「あれば食べる。それと、今後昼食は寿司にしてくれ」
「かしこまりました」
そんなやりとりを緑川さんはニヤニヤ笑って見ていた。
『なんで?』
はずかしいっつーの! も、何か誤解してない?
「じゃ、市川さん。また明日。4〜5人連れてくるんでよろしく〜」
最後の笑みも爽やかに、緑川氏と会長は連れ立って出て行った。会長、眼鏡外したまんまだった。

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