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密室の恋 23

 およそお好み焼きとはほど遠い、立派なホテルのエントランスを抜ける。きょろきょろ見る余裕もなく、とっとと連れて行かれたそこは。


『すごーい。バブリー・・・・・・』

黒っぽいモダンな造りの、豪華お好み焼き店!
・・・・・・じゃなくて、

『鉄板焼き〜?』

さすがにぐるっと見渡しちゃいますよ。頭の中『!』と『?』でいっぱい。
えーなんで? 私、『お好み焼き』って言ったよね?
お好み焼き知らんのか、このオッサン。
で、またどっぷりメシタイムなのにスムーズに通されるしーー。

「いらっしゃいませ」

と挨拶するシェフ。奥の個室だ。何ですぐ入れるの?
やだなー、場違いっ。こんな服でいいわけ? ドキドキを抑える。何せさっきまで頭の中お好み焼きでいっぱいだったんだもの。
そんな私の心中なんて察するわけもない会長。すらすらオーダーをして、

「あとは適当に。君は何が食べたい?」

なんて軽く付け足されてびくっとした。

えーー、って言われても。
メニューなんて出てねーし! てっぱんやきって高いっすよね?


「ああ、そう言えば何か言ってたな。おこのみ……」
「わーーーーーっ!!」

慌てて大声を出す私。こんな所でしょっぱなから『お好み焼き焼いて』なんて言えねー! とんだ鉄板つながりだ。この人の頭ン中じゃ『お好み焼き』→『鉄板焼き』に変換されるの?


「ん? 何だ?」
「ーーーい、いいですっ、会長にお任せしますっ」


会長は頷き、シェフは焼きに入る。
そうして出るわ出るわ高級食材の数々……。
鮑、ホタテ、伊勢海老に車海老。最高級の松坂牛の分厚いフィレとやらを頬張る私。緊張はどこへやら、アルコールも入って上機嫌でたいらげた。
きっとこの海老一尾にしたってすごい値段なんだろうな。地元じゃ数百円で手に入るけど。ブランド食材だもんねー。私の中の鉄板焼き……市場で具材仕入れてビーチでBBQ、とは格が違いますよ(まあそれはそれで『うんまい!』だけどね)。バブルな人って数が減っただけで、いる所にはいるんだよなあ。


「君は結構飲めるんだな」
「そ、そうですか? 普通ですよ」


いや、かなり飲んでいた。何のためらいもなく。何せ久しぶりのただ酒ー。
仰せのとおり私は酒豪だったりする。普段は頼めない高そうな銘柄をつい1杯2杯……。
しかし口は良く動くが喋るのは控えめにしていた。何喋っていいかわからないし、もしも会話が弾みでもして『うちの料理人』とでも紹介されたら困るもの!
こんな『モノホン』の一流料理人を前に。めっそうもない!
そう。さすがプロフェッショナル。
余計なことは喋らず二人だけのために焼いてくれる。まさしく『専属シェフ』って感じ。ああ、もっと腕を磨かなきゃ……。
そうしてゆったりと時間は過ぎ、〆は絶品蟹パスタ。さっぱりしたクリームとハーブとチーズたっぷりのソースで和えたプリプリ蟹肉、うますぎ……。





「ああー、おいしかったです。ありがとうございました!」


帰りのタクシーで私は調子よく頭を下げた。新宿とだけ告げられて車はさっきの道を逆に進んでく。


「君も新宿方面でよかったかな」
「あ、はい」
「……どうだ、もう一軒付き合わない?」

ちらと時計を見て会長は言った。

「あ、はい。いいんですか」

ノリのいい私。思えば初日のランチからしてこうだったかも。
会長は運転手に具体的な場所を言った。

パークハイアット。

わーい、ラッキー。
近場に勤めてるものとしてやっぱ一度は抑えておきたいよねえ。
社員さんは行かれたりするのだろうけど、私は初めてだ。
昼間眺めてるビルの上へ、上へ。
パーッと視界は広がる。
窓際の席に通され、さっそく身を乗り出して夜景に見入る私。
ああ〜、東京って感じーー。バイト続けててよかったー。しみじみ思う。
散々親にクサされてきたけど、どうよ、って。


バイト

ハケン

大企業の正社員、新宿勤務
&有名ホテルのバーで上司におごってもらう


田舎の小娘にしては立派な出世図でしょ? 

それにしても東京タワーが見える席! よく空いてたな。

「それじゃ、いただきま〜す。遠慮なく」

会長は渋い薬草系のリキュール、私はとりあえず、のシャンパン。

「本当に強いんだな。気持ちがいいね」

しれっと飲む姿を見て会長は微笑んだ。

「そうですか? 家系ですかねー。うちは両親ともいけるんです」
「そうか。よく飲んだりするのかな」
「ええ。まあ、今は正月の飲み会くらいですけど。空き瓶の山ときたら半端ないですよ」
「楽しそうだ」

まあ、楽しいっちゃ楽しいですけどね。……どっちかというとうざい。

『お前は〜、今年何歳やったかのぉ?』

に始まり、

『へえ、もうそんな歳か!』
『ええ話はないんかの』
『たまには連れてこいや』
『何、おらん? 東京ちゅーたらなんぼでも男がおろう』
『○○さんとこの息子はどこぞのこんさるたんとちゅーのに世話してもろうて夏に結婚するそうな。お前もいっぺん相談しに行ってみ』
『ヘイヘイ……』


延々と続く婚活話! みな酒豪のため中々くたばらないから同じ話題がずーっと繰り返される。『うへぇ〜〜』だ。私の年頃の子はみんな片付いちゃってるからほぼ集中攻撃。今年(来年か)もそうなのかな。帰りたいような帰りたくないような。微妙。ああー、今のシュチュとは雲泥の差。会長には縁がない世界だろう。

「会長……。会長はいつもこういうお店で飲まれるんですか?」
「いや。まあ、ここは近いからね」
「落ち着きますか? いかにもNYっぽいですよねえ」
「どうかな? あまり知らんからな」

会長はグラスを傾け付け加えた。

「……昔はもっと違う店で飲んでたよ。今の仕事につく前はね」
「そうなんだ」
「酒の種類も店によって違うしね。さんざん飲み歩いたりしたものだ」
「ですかあ」
それってNYの話かな?
「東京にも色んなお店がありますよ」

お好み焼きのことを思い出して私は言った。鉄板焼きは鉄板焼きでもお好み焼きもやってるような小汚いお店で、すじコンや牡蠣バターをつまみながらちびちび……も中々おつなんだけどなあ。

「ふふ、そうだね。だが飲み歩く暇がない」

そりゃごもっとも。『私がご案内しますよ』とも言えず、お酒を口に運ぶ。夜景をバックにゆったりと腰掛けた会長のお姿はとってもさまになっていた。
いつもこんな感じならいいのに。メガネ外してきつい表情やめて。それだけで随分モテ度アップしますわよ?
私はほろ酔い気分だったのかもしれない。つい、思ったままを口にした。

「会長、今日はメガネかけてらっしゃらないんですね。今の方がいいですよ。何だかすごくいい感じです」

会長は微笑した。

「いつもこうだといいのに……。どうされたんですか? あ、ひょっとして出張の準備? いい人がアメリカにいらっしゃるとか」
「そんな風に見えるか?」

くっと笑う。と、ここまではいい感じだった。
でも。私もしらふなら絶対口にしなかっただろう。そんなことをつい、言ってしまった。

「違いますか? 外国の、はっきりしたお姉さんとお似合いかもってふと思ったんです。会長、ちょっときついところがあるから〜。秘書さんとひと悶着あったとか何とか。影で泣いちゃってる子がいるんじゃないですか〜? 泣いてるだけならまだしも、知りませんよ、訴えられても」

まあ、何とも調子よく。鉄板焼きで猫被ってた分余計に。言い終えた私の正面の会長の顔は笑ってなかった。
何秒後だろう。気まずい空気が『私』を呼び起こす。

「ふ、そうか……」

引きつった顔。
やべーー。さーーっと全身冷めてくのがわかる。

「あ、ちょ、い、今のは冗談ですよ、会長」

私は自分の言葉を掘り起こす。何を言ったんだ、私ったらーー。
いつになく、ダメージを受けているように見える会長。私の台詞に……?

「いや、そうなんだ。その通りだよ。十分自覚しているつもりだ。なのに……。何故だろう、君の言葉は胸に突き刺さるな」

『そんな』

頭のなか真っ白、な私。
会長は話しはじめた。


「そうだね。いるんじゃなくて、いたんだよ、そういう女性がね。ただし、日本人だったがね」

ふっと笑った。

「私は大学、就職と割合自由にさせてもらっていたんだ。後を継ぐことは考えていたがそこまで強制されたものではなかった。好きに働いて、向こうで知り合った緑川とお互いの家業について語ったりもしたもんだが、まだ漠然としたものだった。そのうち親しい女性ができた。アメリカに写真を学びに来ていたマヤ……」

前の昔話とはまた違う表情。懐かしむ目……。じっと聞くしかない私。

「当時は私もこんなじゃなかったがね。君の言うような快活な女性だったよ。何につけても前向きで、魅力的に思えた。いつしか、結婚を意識するようになった。親に紹介して、いずれ一緒に日本に戻るかもしれないと言った。だが……。それから少しずつ狂い始めた。私たちはお互いの素性を言わなかった。親がマヤの身元を調べたんだよ。マヤは、宗田物産の有力者の養女だったんだ」
「え」
「……ピンとこないかもしれないね。いわゆるライバル企業だね。正反対の事業方針のね」

そうなの? S物産て新宿の反対側に建ってるこれまたでっかいビル……。何て雲の上のお話なんだろうか。

「親はあくまでも結婚は私の意志を尊重する、と言ってくれたんだが。よく思うはずはない。宗田の創業者とは因縁の仲なんだ。私は一気に冷めてしまった。何度も口論となって、解消したんだ。一方的に。『ああ、もうこりごりだ』ってね。気の強い彼女が泣きながら出て行った。そうして……思いもかけない不幸が起こった。マヤは、事故に巻き込まれてね」

『ええーーーー』

声にもならず。胸がバクバク鳴った。

「それからはもう大変だったんだ。激怒したマヤの親が押しかけてきて……。それに加えて私の弟もね。弟は……高広というんだが、マヤに特別な感情を抱いていたのかもしれない。私とは正反対の自由奔放なやつさ。よくNYへ遊びに来ていたんだ。私と父を相手に怒り狂ったよ」

会長は大きなため息をついた。額に手を当てる。

「……それっきり行方不明なんだ。あらゆる手を尽くしているんだが、見つからない」

辛そうな顔で。

「ああ……。またふらふら放浪しているんじゃないかと。身元不明の変死体の報道があるたびはっとする。父はそれが元で体調を崩してしまったよ。すべて私の責任だ」

何て話……させてしまったんだろうか。
胸が震えて、涙が出そうになる。

「ど、どうしよ……。すみません、会長」

出そうになるのをこらえても出るものは出るもので……。頬に熱いすじが伝う。

「私は非情なことをしてしまった。マヤは高広にもよくしてくれた。本当の姉のようにね。高広も私と同じで母の記憶がない分マヤの存在がありがたかったのだろう。私とは少し歳が離れていて、人懐っこい、ちょうど君の年代だな。しかし、まるっきり冷めてしまったのは事実なんだ。マヤは『会社の体制が気に入らないのなら私たちで変えていけばいい』と言ったが、全く乗れなかった。彼女は最初からそのつもりで私に近づいたのではとさえ思ったよ。否定していたが、肝心なところで言葉を濁す。私はますます邪推して……。もうどうしようもなかったんだ」


夜景が涙でにじむ。やだもう……。こんな悲しい話があるだろうか。


「……つまらん話をしてしまったな。フフ、君が出してくれた小さなケーキ、まだ親に紹介する前にマヤがウェディングケーキの試作だと言って焼いた物によく似ていた。つい思い出したよ」

そうだったんだ……!
私、なんて、舞い上がったことを。

「すみません……」

声にならない。
せっかくの夜景が、セッティングが、台無し……。
頭の中、マヤさんの想像図とピンクのケーキがぐるぐる回って……。
落ち着くまでしばらくかかった。




「君が泣くことはなかろう」

タクシーの横で会長が言った。

「すみませんでした。あ、あの、今日はありがとうございました」

バラバラなお礼をする私。何とも情けない顔だっただろう。気まずいを通り越して消えてしまいたい気分……。また泣きそう。

「え、えと、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「……君も一緒に来るか?」
「え?」

よく聞こえなくて、私は会長を見た。
すごく心配そうな顔。

「あ、いや。じゃ、お休み」

ドアが閉じて、行き先聞かれつぶけた声で言って、会長の姿が遠ざかっていった。

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