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密室の恋 24

目覚めが悪いったらありゃしない。
いっそ目覚めんでもいいのにってくらいサイアクだった。
これも悪酔いの一種だろう。
かつてない自己嫌悪……。
何てことを言わせてしまったんだろう。
触れちゃいけない過去。それを。
魚の三枚卸じゃないけど、威勢良くすぱーーっと掻っ捌くような真似しちゃったわけだ。

『君の言葉は胸に突き刺さるな』って。

わーーー、私の馬鹿ーー。
失言、口軽もいいところ。
悔やんでも悔やみきれない、一度口をついて出た言葉は決して消し去ることができないのだ。
奥さんになるはずだった人と弟クンが同時に目の前から消えて。
会長ならずともトラウマもんのショック。
その上お家事情も絡んで……大変だったろうなあ。
弟クン。タカヒロって……。
会長がタカヒロタカヒロって言うたびエグのTAKAHIROを想像しちまった私はやっぱりド庶民……。

「はぁ」

顔を上げると窓の向こうは馬鹿みたいに晴れてる。

『会長は今頃雲の上か』

やりきれない……。ため息ついてキッチンへ立つ。流しの上のちょっとした段差に置いている小さな紅茶の缶を開ける。鍋にお水を入れて火にかけ葉を入れる。ぼーっと見てるとアップルティーの匂いが狭い部屋に広がっていく。
煮立てた紅茶の葉が吹き上がったところに牛乳を注ぐ。続いてお手製はちみつジンジャーを一滴二滴……。どこからみても景品なトムジェリのでかいカップにコポコポ注いで、アップルシナモンティーならぬ、アップルジンジャーティーの出来上がりだ。ホットカーペットの上にぺたんと座り込んですすりこむ。
あったかい……。
何気に見渡す。
そこでまたため息がもれた。
ちまちま安めの雑貨や布切れでデコレートしたわが部屋。カフェで働いていたこともあり、どこそこのアパルトマン風? みたいな雑誌の特集などなど参考に結構がんばってるつもりだけれど、所詮は狭い、古い、寒々しい6畳和室(と気持ち程度のキッチンコーナー)。
どうよ、この底辺具合ってば。
これが現実だよ、とほほ……。
どんなに職場が素敵だろうと、それは自分の能力なんかじゃないわけで。
全部あの人の『社会力』なわけで。
たまたま置かせてもらってる私なんて存在、どうにでもなるのだ。





家を出たのは2時過ぎだ。コンビニでサンドイッチでも買おうかと近所の店を目指す。
目当ての場所に近づいて小さな道路の向こう側に渡ろうとしてふと気づいた。コンビニの少し先に立て看板が見える。ぱっと見でこじゃれた店だなと思わせるそんな感じの看板。
逆に言うとそんな店って何の業種だか近づいてみないとよくわからないんだよね。

『新しい美容院でもできたのかな』

この美容院という言い方がいかにも田舎者だが。近づくと看板は黒板でbook cafeとかわいい手書きで書いてあった。
へえ〜、こんな近所にいつの間に?
興味を引かれて私は中に入った。

「いらっしゃいませ」

カラン、とベルの音がして、奥のカウンターのお姉さんに迎えられる。と同時に心地よいカフェ系BGMとコーヒーやアロマもろもろ混じったいい香りにも。何だか懐かしい……。

『ああ、これこれ。この雰囲気』

小さな店だ。片方の壁が本棚になっていて本がずらっと並んでいる。もう片方はカウンター席で、店の中央には木製のシンプルなテーブル席が数セット、その向こうにお店の人が作業するカウンターとこれまたオサレなスツールが5席ほど。私はとりあえず空いてる壁際のカウンター席に座った。テーブル席は女性とカップル客で一杯、奥のカウンターにも4名。フル回転状態だが、皆本を読んでるか読みながら談笑、とゆったりしてる。ブックカフェかぁ。実は初めてだったり。メニューを渡され、ベーグルサンドを注文した。
ブックカフェに来て本読まないわけにはいくまい。見渡してるとふと目に付いた美味しそうなカップケーキとお花の表紙の、洋書のレシピ本? こちら向きに立てかけてあった。表紙のその写真が非常に美しく私はつい手に取った。
席についてパラパラめくるとうっとり〜な写真が満載で。

『わー、かわいいなあ、やっぱり本場……。』

英語読めないのに夢中になって見る。向こうのってozとかtea spoonとかで表すのよねえ。何が書いてあるのかわからないがレシピの所は何となく理解度が増すような気がする。
写真はかわいいがさすが、これでもかっていうくらい大量のバター、クリーム、ナッツ、ベリー……。肉類は当たり前としてパねえ量だ。日ごろこんなに豆やら果実食ってる日本人いるだろうか。やっぱり民族的に胃がしょぼいのかなあ……。材料揃うには揃うだろうけど相当金がかかりそう。

「お待たせしました」

頼んだものがくるまで全然時間を感じなかった。お姉さんはくすっと笑った。

「料理、お好きなんですか?」

ちょっとドキ。

「は、はあ」

『同業(ほぼ)なんですよ』

とも言えず、似非笑いで返す。「そうですか。ごゆっくり」女の人の細い白い指に小さなリングが光っていた。
ベーグルは手作りだそうで、カウンター脇のショーケースにばら売りもしていた。もうあまり残ってない。具はこれまた手作りのソーセージとハーブ、たまねぎ、トマト。付け合せにひよこまめのディップがついて、飲み物はカフェオレ。
まさしくカフェごはん! ひとまず本を閉じて食べてると思い出した。
そういえば最初に会長に出したのってベーグルだったっけ。
すごい昔の気がする。
しみじみしてきた。会長ったら本当に無愛想で。おちゃらけても全然受けなくて。そのくせメシは全部食ってやんの……。
ああ、何もかも懐かしいーー。あの頃の私に戻りたい。
ブックカフェなのをいいことに、私は食べ終えた後も読書ならぬ読解に没頭していた。これぞ、というレシピ、何度もそこばっかり見てしまうページがあったのだ。
一生懸命英字を追って頭に叩き込もうとする。
が、自信ないし。
つい、メモろうという気になった。
メモろうったってメモ、鉛筆なんて持ち歩いてないわけで……。携帯を取り出し、日本語とローマ字ごちゃ混ぜで打ち込んでく。

「あの〜……」

私はのめりこみ過ぎてて人目というものを気にしてなかったらしい。お店の人に呼びかけられて(多分何度か)振り向くとその人が近くに立っていた。

「あっ。す、すみませんっ」

びっくりして大きな声を出した。彼女はくすりと笑って、

「よろしかったらその本差し上げましょうか?」
「えっ?」

意外な言葉にまたびっくり。いや、恐縮。気づけば私以外のお客がいなくなってて。

「す、すみません、私、つい」
「いいんですよ、ブックカフェってゆっくり本を読むためにあるんですから」
「は、はあ」
「嬉しくなってしまって。その本お気に入りなんです。実は自分用にもう一冊持ってるんですよ。写真がとってもきれいでしょ? よかったらどうぞ。多分、あまり読まれてないから」

そんなに汚れてませんよ。
そういう意味で彼女は言ったのだろう。

「え? そんな。か、買いますよ。これ」
慌てて私は言った。そうまで思ってなかったけどもらうなんてちょっと。気に入ってるし。その方がいいよね。
「いいえ。ペーパーバックですしそんなに気になさらないで」
「えー?」
「持って帰ってもらって何か作られて感想聞けたら嬉しいな」

にこっと笑った。かわいい人。目に付く左手薬指の指輪。誰かの奥さん?

「す、すみません。私。いきなり」

初見なのに。いいのか? でも、ラッキー?

「ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます!」
彼女はくすくす微笑んだ。
「お料理されるんですね。自炊ですか?」
「い、いや、まあ、趣味程度……」
料理関係のブログやってるとか今の仕事のこととか、言えない私。
「ここ、最近オープンされたんですか?」
「そうですね。4……5ヶ月前かな」
知らなかった。こっちのコンビニ、あんまり来ないから。
「おひとりで、ですか? 大変ですね」
「いえ、今はいないけど妹と。主人の許しをもらって……やっとオープンしたんです」
やっぱ結婚してるんだ。主人の許し……なんているのか。へえ〜。
遅い午後のひと時、次のお客が入ってくるまで私たちは喋っていた。
「……あのもしお時間があれば。料理教室とかやってるんですけど、いらっしゃいませんか?」
それじゃ、と立ち上がった私にお姉さんは一枚の紙を持ってきた。
『cafe delicious』
お店は日祝休みでその休みの日を利用して店の2階で月一度教室を開いているそうだ。ベーグルに合う何か。皆で作って階下のカフェで一緒に食べる。何だか楽しそう……。
「ええ、是非」
私は言った。勉強になるしね。
「ありがとうございました」
そしてやはり気が引けるのでレジ横にあった小さなブーケを買って帰った。¥300なり〜。



うん、何だか元気をもらったぞ。
家に戻ると床があったかい。ホットカーペットつけっぱなしだったのだ。
すぐ帰るつもりだったから……。

「んーー、ぬくぬくっ」

とりあえずブーケを空き瓶に挿して、でーんと横になる。無印で買ったふわふわのカバーは洗ったばかりでレノアの香りがまだ残ってる。ああ、極楽……。長時間つけっ放しのホットカーペットの上でごろごろするここちよさったらもう。金持ちにはわからないだろう。つい、お久しぶりなipodを取り出してカフェコレっていうリストを選択する。選曲もちろんby私。バイトしてたとき店で流していた曲の中で気に入ったのだけを集めた珠玉(ププ)のBGM集。ゆるい曲ばかりのそれを聴きながら、もうすぐ日が暮れそうな薄暗い中、さっきもらった本をぺらぺらめくっていた。読めないけどきれいな料理フォトを見てるだけで幸せ……。料理だけじゃなく背景や小物もいちいち洒落てる。決して豪華なわけではないのに。その美的フィルターを通すと、出る前は貧乏たらしく映った我が部屋も不思議とかわゆく見えてくる。私、結構がんばってるじゃん、って。花や雑貨や香水のビンを飾った一番のお気に入りコーナー(っても大きめトレイサイズの簡易デスクだけど)、ディスプレイちょっと変えてみようかな。かわいいデザインの空き缶でも置いて、さっきの花を生けるの、このレシピのフォト風に……。
下からの熱は絶妙な具合に全身をあたため、マイクロファイバーの毛布を掛けていたこともあってか、私はそのまま眠ってしまった。

……トントントンッ。

それからどのくらい経ったのだろう。ノックする音が聞こえる気がした。ドンドンッ……。結構長い間だったのかもしれない。私はまだ眠りの中で、音だけが頭をかすめていく。

「……チッ、留守かよ」

最後に人の声がしてその音はなくなった。朦朧状態で夢の中と区別もつかないで。そもそもそれがどこの部屋のドアかわからない。こんな薄っぺらい造りのアパートなんかじゃあ。


ーー何だろう。隣の人、なんかトラブってるのかなあ。やだなあ、これ以上迷惑掛けないでよ。ああ、やっぱ早く引っ越さなきゃ……ムニャムニャ……。

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