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密室の恋 25

もそもそ起きると10時過ぎていた。またまたいい天気。しかし昨日と違って気分も割りといい感じ。瓶に挿したブーケの花がぱっと目に付いた。このままでもかわいいけど……もう一工夫したいところ。『そうだ』とりあえずそれがくるんであったピンクと薄いオレンジの不織布で瓶を巻いてリボンで結び、マイコーナーに置いてみる。中々いいじゃん……。
その足元のバッグに入れっぱなしだった携帯が光ってる。見るとメールの着信だった。親か。正月はいつ帰るんじゃあってメールだろうなと思って開けると地元の友達からだった。着信は昨日の夜だ。

『かな元気〜?ねえねえゆなの結婚話きいた?私は昨日連絡あって。とりあえず返信ください』

ああ、その話か。私はすぐに指を動かした。

『久しぶり〜。ウン知ってる。最近聞いた』

しばらくして返信が。ちなみに着メロはごはん丸同様『雪の華』のメロディ音にしている私。

『そうなんだ〜。ねえねえプレゼントどうする?』

そしてまた返す。以下同文。着信のたびにさびの所のほんのさわりの部分が部屋に響く。

『欲しいって言われた物があるけど。店で一緒に見た』
『もしかしてフープロ?』
『うん。あんたも言われたの?』
『うん。ねえねえあんたら正月帰ってくるよね?』
『うん(ゆなはどうだかしらんけど。十中八九帰るだろう)』
『だよねー。じゃあさこっちの友達集めるから飲まない?お祝いってことで』
『そうだね。いいね』
『でさフープロみんなからのプレゼントってことにして買って渡しといてもらえんかなあ。あの子住むの東京でしょ?こっちで渡しても二度手間だし。お金もしなかったら振り込むからさ。4万くらいの奴だよね?』

……何だか私ら以外の『ダチ』には既に話がついてるみたいで(はやっ)。その数10名程度。

『うんわかった。立て替えとくね』
『ありがと。ゆなにも言っとくね』

事後承諾かい。即効で10人の了承取ってるあたりがさすが地元友。ゆなも他の子に同じものねだってるって事は……。いいんだよね。『商社の社員さんなら大丈夫っしょ』みたいなこといってたけど。
まあいいんだろう。事後承諾、事後承諾。
でなわけで先日ゆなにねだられた『フープロ』はみんなで折半ということになった。
久しぶりの地元メールにほんわか&やや苦笑&単独のプレゼントじゃなくなったことにどこかほっとしてる自分がいる。やっぱり貧乏人……。




善は急げ。早速私は出かけた。先日ゆなと行ったお店。別にここじゃなくてもそこらじゅうの店で売ってるんだけど、多分ゆなはこの店オキニなんだろうし。だからここの包装紙にくるまれてる方がいいのだ。
店員さんに説明して、カウンターへ。商品確認後ぴしっと万札を差し出す今だけ太っ腹な私。
「では少々お待ち下さい」
プレゼントってお願いして待ってる時間のこそばゆかったこと。いかにも新婚さんへのプレゼントだから。お客もそれっぽい若いカップルばかり。仕事でここの商品並みの最新フル装備を与えられてはいるけれども、あくまでも職場であって自分のおうちにあるのとありがたみが全然違う。いや、幸せ度が。いいなあ、ゆな、幸せにネ。そして。私の縁談が決まった時もこれ級のプレゼント頼みますよー、地元友人よ! そっぽ向かないでよ。
「お待たせしました」
そして出来上がる、ハピフルな包装のフープロくん。『おお』こんなの貰ったら誰だって嬉しいよねえ、よほどの料理嫌いでもなきゃ。
「ありがとうございました」
ふわんふわんのリボンがちら見えするその紙袋を受け取る私も何だか嬉しくて店を出た。


幸せ光線出まくりの紙袋を持って私は街をぶらついた。久々に持ってて嬉しいショップ袋。ブランド好きの人が用もなくロゴ入り袋持ち歩くのとはちとわけが違う。
でもちょっと重い……。よく考えたらこういうのって直接送るんじゃないの? と思ったが今更……。しょうがないので目に付いたガラス張りのネットカフェに入る。幸運なことに窓際の席が空いていた。すけすけガラスの外は交差点。当然人も車もごった返し、それらを見ながらPC……ちゅうわけやね。自分のブログにつないだ。チリコンカンのバーガーとジンジャーエールを傍らに打ち込んでいく。

『こんにちは〜。今日はお休みですが先日ちょっといいことがあったのでご報告がてら……。近所にブックカフェがオープンしてまして、行って来ました!私つい料理の本読みふけっていたんですね。携帯にメモっちゃうくらい(汗)。そしたら、なんとその本いただいてしまいました』

そしてバッグの中からレシピ本を取り出しカウンターに置いて携帯でパシャ。すぐに画像送信……。

『とってもかわゆい本です。洋書なんでイミフですが、一生懸命解読して作ってみようと思います。お店の人とも約束したしね。あ、そのお店ですがとっても素敵でした!初ブックカフェでしたがアットホームな感じでとそれはそれは心地いい空間です。巨大ブックストアの中のカフェもいいけど、また違いますね。手作りのカフェって感じです。オーナーさんは若奥さんってところかな。料理教室もあるのでまた行ってみようと思います』

と終えて、ネットサーフィン。レシピ本のタイトル入れて画像検索して、そこから類推されるページに飛んで……。出てくる出てくる。かわいい画像満載でいつしか没頭してて、日が暮れていたのに気がつかなかった。
チラリ見渡せば携帯片手にPCとにらめっこしてる人もいて。皆似たようなことしてるんじゃん。ああ、同士よ! 可笑しくなって1人笑いをする。



『今日はもう食べなくていいかなーー、節約、節約』

帰りの電車を待つ間。ホームに座って携帯を開く。ブログに早速コメントが入っていた。

『わーー、かわいい本ですねえ。洋書って素敵ですよねえ。私も1冊持ってますよ。お部屋の写真が素敵だったので買ったのですが、全部英語……。意味わからなくてほとんど飾りです^^ ブックカフェですか。最近おうちカフェっていうか自宅カフェっていうのかな、流行ってますよね?東京って一杯穴場がありそうで羨ましいです。次回は是非写真もアップしてください』

『かわいいぃ〜。そうかぁ〜自宅を改装してやってる店かな? 私も何軒か行ってしまうお店があります。カフェじゃなくて田舎レストランですかね。ご主人が蕎麦打ち職人さんで、蕎麦屋なんだけど奥さんの洋風アレンジ料理がまたいいんです。特に茶蕎麦の冷製パスタ風がお気に入りです。夏のメニューですが蕎麦ときれいな食用の花びらと自家製のお野菜とハムがてんこ盛りで、ドレッシングというかタレが絶品!ほんのちょっと梅風味なんだけどそこらのとは全然違うんです。こってりさっぱり加減が絶妙……。レシピ公開されてるんですが作っても同じ味にならない。。。。車じゃないと行けない店なのですが、時々どーしても食べたくて行っちゃいます。あ〜書いてたら食べたくなっちゃった!』

読んでるとにやにやしちゃう。だよねー、だよねー、とつい呟いてしまいそうな。
自宅カフェ? それはよく知らない分野だけど。うーん、うまそう。未知なるドレッシングソースか。
会長がいない間に研究してみようかな?
私はまだ明日から自分が何を任されるのか知らなくて、漠然とそう思った。
そのまま打ち込んでく。

『そうなんですよ。洋書って素敵〜です。私も英語わからないけど、文章すっとばしてレシピのところだけ辞書片手に何とか頑張ろうと思います。写真。そうですね。カフェの写真とって来るだけでもブログできちゃいそうですね。次回ご期待を』

『そばの冷製パスタですか。聞くだけで美味しそうですね。今日はもう何も食べないつもりでいたんだけど、食べたくなってきました!ドライブがてらそういうお店で食べるなんて本当にいいですよね!私は車がないので羨ましいな』


そして最後にこう締める。

『事情がありまして、数日ブログをお休みします。あっ、別に首切られた、とかじゃないですよ。いつもひやひやですが(汗)。ちょっとばかし考えさせられる出来事がありました。やっぱ私、甘いわ(泣)初心に戻ろうと。これは決まっていたことなのであらかじめおしらせしておきますね。ではまた』



そう、私はわかってなかった。明日からの境遇。私の立ち居地。というか立ち直り早すぎ。というか無用心。というか……。
ホームに座りこんでメール(厳密にはブログ)なんてみっともないことしちゃったせいで何本か電車やり過ごして結構な時間だった。
アパートに着いて階段を上がる。2階の奥の角部屋のひとつ手前が私の部屋だ。
階段の3分の2くらい、自分の部屋が見えかかった時点で私ははっとした。
奥の部屋の前辺りで男の人が手すりにもたれかかっているのが見えた。
じっと、タバコを吸ってるのか向こうを向いている。

『え、誰?』

薄暗いから背格好で男だってことくらいしかわからない。こういうのはじめてで、ドキドキしてもう一段、足を踏み出した。ふっと、夜中の妙な物音を思い出す。

『え? やだ、あのときの音の主?』

じゃあ、私の部屋に用ないじゃん。でも何だか怖い。私の部屋と奥の変人の部屋の丁度真ん中に立ってるなんて。どうか迷惑被りませんように。祈りながらそろそろ近寄る。
不意に、男の人はこちらを見た。

「あ、帰ってきた。お帰り」

その人は私を見るなりぱっと表情を変えた。
私も同じく、だった。

「店長! どうして?」

驚いた。店長だった人。前見たときからあまり経ってないのにやつれた感じがする。ひげ伸びちゃってるからか。
店長はタバコを捨てて足で踏み潰し、1歩近づいた。

「ん。ちょっと、頼みたいことがって」

そうつぶやくように言って苦笑い気味に顔を崩した。

「な、何ですか?」

店長はチラっと横目で私の部屋のドアを見やった。

『ここじゃなんだから中に入れてくれない?』

そんな声が聞こえてくるようで。
もちろん私はわかっていてもそうするわけはない。

「何ですか?」

もう一度はっきりと尋ねた。すると、

「わりい、カネかしてくんない?」

ぷいっと右手を上げて困った顔向けられて。

「え〜?」

私はあんまり意外で、不気味さもあって、大きな声を出した。

「そ、そんな。お金? 私に??」

こんなボロアパートに住んでる女に頼みに来るかぁ? 本当にびっくりだった。

「いいじゃん、絶対返すから。少しでいいんだ、ほんの50万……」
「50まん!?」

店長の口から具体的に金額が出てきておののく私。そんな大金、あるわけない。

「そんな、無理ですよ。私、この私に? 店長、気を確かに。どうしちゃったんですか?」
「そっか。じゃ、30万でいいから。ーーーやばいんだ、オレ、殺されちゃうかも」

『えっ』

ぞっとした。30万なら……会長から貰ったお金もまだ残ってるし……。と思いかけた私だったがぶるぶる首を振った。

「だ、だめですよ、ムリムリムリ」

ぶんぶん体で拒否る。店長の目つきが変わった。

「ハ、ムリだって? ずいぶん羽振りがよさそうだけどな」
「え?」

どこが? この庶民丸出しの格好見て言ってるの? 意味がわからない。

「まーた、とぼけんじゃねえ。『しあわせおひるごはん』ってブログ書いてんのあんただろ!」

「えっ……」

私は絶句した。あまりのショックに。そして、お馬鹿なことに黙りこくってしまったことでそれが真実であることを彼に確信させたようだ。かつてない形相で睨み付ける店長……。よほど切羽詰ってるのか

「ーーータイトルと文章ですぐわかったよ。カフェで作ってたレシピのアレンジとか。はは、すげーじゃん、出世したねえ」

『しまった!』

私は本当にうかつだったのだ。
そうだ、こういうこともあるんだ。
気遣ったつもりでもこんなに簡単に身バレするとは!
よりによってこんな人に見られてたなんて!
……でも出世って! それはお世話してる方が金持ちなのであって私は全然羽振りがよくも何もないですけど!?
反論はしたいが何も出てこない。しらばっくれるにももう遅すぎ……。対処のしようがなくて突っ立ってる私。胸がバックンバックン飛び出てきそう。

「だからーー、貸してくれよ! 30万! いや、20万でいいから!!」

ぐぐっとセーターの襟元を掴まれ引っ張られる

「やっ、やめてっ」

「死ぬぞー、おまえはーー、自分の元上司を見殺しにすんのか!」

もうヤ○ザの世界。死ぬってそんな。50万ごときで? 安すぎませんか店長……。てそんなボケる余裕なし。私はブルブル震えながら首を横に振った。店長の手に力が入るのがもろ伝わる。

「くそっ、出せってんだよ!!」

どーんと突き放される。

「いたっ」

隣の部屋のドアにぶつかって、鈍い音が響いた。店長はわけのわからない台詞をわめいてる。恐怖で張り付く私。涙がにじんで、やめてーーーと叫んだつもりが声にならない。
かつて、
『何かあったら叫べばいいよね。私声でかいし』
と、のほほんと語っていた怖いもの知らずの私だったが……。
声なんて出ないじゃん!!
ああ、どうしよう。
こわいよ、こわいよーー、誰か助けろーーー!

「おらぁ、はよう出せやぁ!」

店長が雄たけびのごとく吼えた瞬間だった。

「うるせぇ!」

私の背後で別の声がした。

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