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密室の恋 30

ああ、真っ白だ。
見渡してもただただ白いだけで出口なんてない。
歩こうにも体が動く感覚がない。
ただじっとしてるだけで……。
行けども行けどもって感じじゃない。
そのうち空間の一部がふわーっと膨らみ始めた。
次々連鎖して……。
押し寄せて圧迫感を感じたところで目が覚めた。


焦点が合わない。

『ここ、どこ?』

薄暗い……。

わからないまま体を起こした。

不意に声が。

「目が覚めたか」

視界が定まらない……ぼんやりしたままそちらを向く。

『誰?』

まるでドライアイスをたいてるような、霞がかったというか、えらく厳かなそんな雰囲気だったのだ。

見てるとそのうち目が慣れてきた。

「ん?」

やっとそれが見覚えのある人物だと気づく。

「会長?」

えーーーー?

どこここ〜〜?

見渡すがはじめて見る部屋だ。

無論会社じゃない。

よくよく見ると私がいるのはベッドの上。

つい自分で自分の体を確認した。

こういうシチュエーションの場合、十人中十人がとるであろうお決まりのパターン。私的には人生初だ。

会長はふっと微笑した。

「……君、39度近い熱出してたんだよ。だいぶ下がったようだが」

はっ、そうだったんだ! 私、キッチンで、PC見ようとして……。

「寝てるのかと思ったら。熱が高かったので医者に見せたんだ」
「す、すみません」
「季節性のウィルスだそうだ(要するに風邪)。先に言ってくれれば無理に頼んだりしなかったのに。足も痛めてるじゃないか」
「や、そんな」

足? もう痛くないし。回復はやっ! そんなことより……。ここはどこ〜? キョロキョロ落ち着かない私とは対照的に会長は1人がけのソファに腰掛け、オットマンに足を伸ばしてリラックスした様子……から足を下ろして座り直した。傍らのサイドテーブルにはノートPCがある。
よくみるとホテルっぽいじゃん、ここ。何でホテルなんかにいるの? それも何だかえらい高そうな……。ベッドはもうひとつ並んでる。会長はスーツ姿のまま。

「ここ、どこですか?」
「ふ、近所のホテルだよ。医務室のベッドに寝かせたままというわけにはいかんからな」

そう言って立ち上がって窓のカーテンをさーっと引いた。

「我が社が見えるな」

暗い……。窓の外。夜景は夜景でも随分明度の落ちた夜景だ。しかし。

「えっ」

うちの会社が向かいに見えるってことは。

『パークハイアット?』

……間違いない。その後ろには、絶対エンパイアステートぱくっただろうと誰もが突っ込みを入れたくなる超有名ドコモタワーが存在感をアピールしてる。

「な、なんでっ!?」

思わず叫んじまった。
会長はふっと笑った。

「私の常宿なんだよ。よく利用してるんだ」

はいーー? 初耳。なんちゅーリッチな暮らしなんだ。ここ、最低でも5、6万しない? アパートの一か月分の家賃ですよ。

「い、いま、何時ですか?」
「3時過ぎかな」

ちらっとPC見て会長は言った。

ちょ、3時過ぎー? 半日眠ってたのかよ? オイオイ、私〜、どうやってここまで来たの〜?

「喋れる位回復して何よりだ。まあゆっくりしてなさい」

ゆ、ゆっくりって。そういうわけにはいかないだろう。と、ベッドから立ち上がろうとした。

「気にしなくていいよ。別に部屋をとっているから。君はここで休んでなさい」
「えー、でも」
「今日は出社しなくていい。病状は白本君に伝えてある」

ドキ。だからどうやってここに運び込まれたんだろう。荷物は?

「あ、あの。でも。すみません、私のバッグは……」
「ああ」

会長はクローゼットの扉を開け中から私のバッグを取り出した。ロッカーにあった筈の私の服がバーに掛けてあり、ドキドキする。


「喉は渇いてないか?」
「え? は、はあ……」

そういえば……。下さいとも言えず無言の私に会長は冷蔵庫のペットボトルをコンソールの上のコップに注ぎ、差し出した。

「あ、ありがとうございます」

やだな、いつもの逆。照れつつごくっと喉に入れるとアイソトニック飲料だった。ゴクゴク体に染みていく。

「温かいものがよければそっちのポットに入ってるよ。ホットカルピスだそうだ」

ホットカルピス〜? らしくない飲み物だが。ホテルの人が持ってきたのか。
ナイトテーブルにコップを置いて、ふう、と一息ついた。


「そうそう、君にこれを渡そうと思って」

「?」振り向くと、会長は大きなショップ袋を手にしていて。
見るなり私は釘付けになった。
miumiuって……。

「私に、ですか?」
「泣かせてしまったから……。気になってたんだ」

そんな……! ときめく私。

「それに、君は何だか子供の手提げかばんのようなものを持っていただろう?」

い〜? チェックしてたの? 私のこのバッグを。
……こどものてさげかばんて。
PORTERで1万円以上したんですけど。この人から見るとその程度なのか? 確かにかわいげはないがせめて実用的と言って。
しかしドキドキして私は紙袋を開けた。とたんにふわ〜んといい匂いが鼻をくすぐる。

『わあ、かわいい』

Miu Miuってセカンドラインの割りにおばさんくさいよね〜とかつて言い放っていた私だったが。
前言完全撤回! ええ、貧乏人の僻みでございました! キルティングバッグ=おばさんくさいと決め付けていた私が間違っていましたとも!
シャーリングかわいいじゃないですか〜。フラップを留めるピカピカの金具。何といっても淡いカラーが素敵……。
これを、会長が選んでくれたの?
 
「こ、こんなの貰っちゃっていいんですか?」

会長は苦笑して頷いた。
すげー高そうなんですけど。これを通勤バッグにしろと?

「いつも世話になっているしね」
「そ、そんな」

世話って。それこそ子どもの手習いで出てきそうなメニューに過ぎないのに。
全くもって不思議……。この高評価はなんなんだ。

「ど、どうもありがとうございましたっ」

やっと立ち上がって私は頭を下げた。
しばし沈黙……。
ふっと、直接会長に聞かなければ……と思っていたこと。それを思い出して、顔を見上げた。

「あ、あの……。会長、1年後、アトランタに行かれるって聞いたんですけど」
「ああ、そうだが」

さらっと言われる。
その後私はどうすれば……?
続く言葉が途切れる。ドキドキしてうまくまとまらない。

「早く済ませたいんだがね。少しは早まりそうかな」

じゃ、1年じゃなくて?
もっと早い時期に行っちゃうの?

「君のお陰かな」

ん!?

「君には引き続き世話になるよ」
「えーーと、それは、どういう意味で」
「だからそのままさ。私の食事を作って欲しいんだ」
「えっ」

ちょっと待て……。

「アトランタでもね」

えーーー??


ドックン


まさにトムジェリのように波打つ心の臓。


『食事を作って欲しい』って。


それってうちの田舎じゃ男の人がプロポーズするときに使う台詞なんですけど?
『結婚しよう』に次ぐプロポーズの決まり文句だ。
(注 親戚の座談会における統計)

「食事のストレスが減るだけでこんなにスムーズに事が運ぶとは……。意外だった。今回も連れて行けばよかったと思ってね。あんなに食事がまずいと思ったことはなかったな」

ちょっと、収まれよ、心臓っ、てか、紛らわしい言い方するなーーー! 乙女心が爆走するじゃないのっ!

「アトランタなんてもっと……絶望的だからな。あきらめていたんだが助かったよ」
「え、あ、で、でも、アトランタってまさか……」
「ん? 君、パスポートは持ってないのか」

じゃなくって!

「わ、私も行くんですか?」
「そうだよ」

えーー!? 一体いつ決まったんだ? そうだよって、まさかの『選択肢なし』?
てか、アトランタってどこよ? 私、実は飛行機大の苦手……。帰省で利用したのだって一回きり。大学卒業旅行のグァムが最長レベル。そしてそれ以上耐えれそうにない。そんなやつなんですけどー?

「そ、そんな……」
「ないなら用意しておきなさい。その他の手続きは白本くんにでも聞いて」

信じられないんですけど。たかがちょろっとメシ出すくらいで。パスポートとっとけだぁ〜?

「でも、キ、キッチンとか、あるんですか? 向こうに」
「そんなものは標準装備だ」

は、そうですか。

「早めにね。次の出張は同行してもらうからな」
「えーー?」

信じられない。

「じゃ、じゃあ、秘書室のお仕事は」
「それは今回だけだな。私から伝えておく。私の出張は全部アメリカだ。今後それ以外で二日以上席を空けることはまずないから君もそのつもりでいて」
「は、はあ」

もうどう答えていいやら……。

『長時間フライトなんて無理です!』

何て言えそうにないこの空気……。どうしよう。

「ふ。ま、今日の分は仕方ないがね。ゆっくり休養とって明日からまた頼むよ」
「は、はい」

会長が横にちょっと動いたそのときだ。ふとPCの画面が目に入った。

「い〜〜!?」

私は思い切り叫んでいた。

『しあわせおひるごはん』て。

「ぎゃ〜〜、なにみてるんですかっ!!」

慌ててPCの脇へ駆け寄る。

「ん? ああ、君のPCついたままだったんで……。うまいこと考えるもんだね」
「ちょっ……」
「更新してあげたら? 皆心配してるよ」

うっ。
まさか、今までずっと見てたの? コレを? やめてくれーーー!!
顔から火が出た。マジで。
ああーー、バカバカ、私! PCなんか立ち上げるんじゃなかったぁーー!
慌てふためく私を前に会長はくすっと笑った。

「マヤもそのブログとやらをやってるよ。感心するね。私にはない発想だ」

ああ、そうかい。

……え?
マヤさんって。

い、生きてるの??

と、つい叫んでしまいそうになるのを必死でこらえる。

生きてるの?? ブロガー??

懸命に記憶を辿る。
えーーと、確か、事故に巻き込まれたって。
……事故に遭って、亡くなられた訳じゃなかったんだ。
私の早とちりかよ。
てか、それならそれで『事故に巻き込まれたけど助かった』くらい言ってくれ!
じゃなきゃ誰でも勘違いするって――…。

いや。
ちょっと待てい。
それじゃ、あのときの金縛りのアレの正体は?
確かに気配感じましたが?

ぞ〜〜〜〜。

私はソファにぺたんと座り込んだ。
こわいっ。何だったんだ、あれは。


「……ふふ、調子が戻ったかな? じゃ、私はこれで。時間は気にせず休んでなさい。薬はPCの横の袋の中だ」

会長はパタンと出て行った。


ポツン、とひとりきりになる。


「……何だ。この展開」


置いてけぼりかよ、オイ。


こんなホテルの部屋で。
ド真夜中に。
Miu Miuのバッグプレゼントしてくれて。
めがね外して。


『私の食事を作って欲しいんだ』


だと?
ときめいちゃったじゃないか、バカヤロー!

メシ、メシって。
私はメシタキ女ですかーー?

……ま、そうなんだけども。

お茶くみがいつの間にかそうなって。
アトランタまでついて来いですと??


「夢、か?」


PCはしっかりと私のブログを表示してやがる。
何気に最新コメントを見てみる。

『みなみんさん、よかったですね〜。おめでとうございます。いいなあ。お話聞きたいな』
byプシィさん

ん?
何事かと思って先(前か)を読むと……。

『お久しぶりです〜〜。kofiさん、お休みですか〜? 残念。私、実はヒロくんの実家にご挨拶がてらお泊りにいってきましたっ。来年あたりいいご報告できそうですっ。復活されてまた来ますねっ』 
byみなみんさん

え〜〜。そういえばご無沙汰だったなあ。それってそういうことだよね。wedding? いいなぁ……。

流れで他のコメントを読む。読む。読む……。

『こんにちは〜。お休みですか。何かあったのかなあ。待ってますね』
『気になります〜。早く出てきてくださいね』
『私もケーキ焼いたんですよーーってご報告しようと思ったらアララ。。。次楽しみにしてます』

ほっとする。色々あったけどそれ全部くるんでくれるような。りせっとしてくれるような。こんなほんのちょっとのことばで……。

これ見られちゃったわけ? 全部バレちゃった?
narsさんなんて呼んでるのも、食べてもらえたってはしゃいじゃってるのも。
どんな顔して見てたんだろう。やだもう。パスワード制にしようかな。
恥ずかしすぎる……。

『マヤもそのブログとやらをやってるよ』

って。
マヤさん、ご健在なんだ。
よかった……。
ブログなんて見るんだね。


ふっと窓の外を見た。
えっ、と目を凝らした。
雪?
ちらついていた。確かに。
まだ11月なんだけど。
室長の旦那さんのカンあたったんだ――…。

ああ、雪まで降ってこの部屋に1人きりとは。最高にもったいない……。
これがハリウッド映画とかなら、今頃二人窓際に寄り添ってこの雪を眺めてるんだろうに……。


……。何その妄想。
万が一そんなムーディな展開になってもらっちゃ私だって困る。
ぱんつユニク○だし……。


「ぷっ」

思わず吹き出した。


何なんだよ!
いきなり帰ってきたかと思えば。
『食事がまずい』だー?
便変更するほど我慢できんのか。

……まさか。
それで早く帰ってきたの?
本当に??

それって――…。

『母ちゃんのメシじゃないと食った気がせんのじゃ!』

って仕事場からわざわざ昼飯食べるために軽トラで家まで戻ってくる親戚のおじちゃんみたい!?

あの人、あんなにかっこいいのに。

母ちゃん(この場合は嫁さんの意味だが)のメシに餌付けされちゃった田舎のおっさんと同じかよ―――。

「やだー、もう、笑かすなっ!」

ああーー、ちくしょうっ。
久々笑いのツボにはまっちまって。
私は当分笑い転げていた。





ホテルでひとり過ごすのも中々いいものだ。
ゴージャスなバスルームでシャワー浴びてすっきり〜。
8時前には……朝食が運ばれてきて、びっくり。
さすがはプロ、のセッティングを間近にして、優雅〜にルームサービスのサンドをいただく。
サンドと言ってもコンビニで売ってるような形状のものではなく、スライスしたイングリッシュマフィンの上に生ハムやらチーズやらルッコラその他具が散らしてある豪勢な一皿だ。傍らにはエッグベネディクト。
食べててふと思った。

会長も同じものを食べてるのかな。

こんな高級ホテルの料理ばっか食ってるから舌が麻痺するんだよ。
だから私のなんちゃって手料理なんかが新鮮に思えちゃうの。
普通の人と反対だ。

……仕方ないよね、お母さんがいないんだもの。

男ばっかりの家で育って、どこか偏っちゃったんだよね?
弟思いのお兄さん。弟クンのこと語ってるときの苦しそうな表情が胸に痛い。

弟クンよ、今いずこ……。

食べ終えて私はオットマンにちょこんと腰掛けてぼーっとしていた。
人に入れてもらったコーヒーを飲みながら。
窓の外にはいつもの反対側の新宿の景色が広がって。
傍らにはPC。

アレ? この雰囲気って……会長室と似てないか?

1年後……。
こうしてアトランタの街並みを眺めてるんだろうか。
ピンとこないな。
でも。
この窓枠の風景がアトランタのそれになるだけで部屋の中の状況は今と変わらない気がする。
きっと。
アトランタだろうとどこだろうと。
例えあのドコモタワーが本物のエンパイアステートになろうとも。
あの人はあのまんま。
そしてそれを密かに愉しむ私がいて。
この距離感がいいんだよね。

ふふ。

問題は飛行機だ。乗りたくないなあ……。
試しに年末出雲便で帰省してみるか。
田舎の皆に話したら驚くだろうなあ。
母親に『あんた、いつ料理人になったの?』て不思議がられそうだ。
うちの父親も昼時に帰ってくるほどじゃないけど『母ちゃんの料理』に餌付けされてる口だったりする。

……早めに帰っておせちのおさらいでもしておこうか。

おふくろの味を知らないご主人様。
これ以上変な性格にならないよう私がしっかり食育してあげなくちゃ……。





お言葉に甘えて。
午後もホテルでまったり過ごした私。

おかげさまで次の日元気に出社する事ができたわけだが。
以後何とな〜く遠巻きに視線を感じるようになった。

その理由、つまり、いかにして私が会長室から連れ出されたか――…を第三者の口から聞かされたのは、随分後のことだった。

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