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密室の恋2 1.恋の神様

髪を切ったばかりの自分の顔を眺める。

『柴崎コウみたいなパッツン前髪にしてください』

喉元まで出掛かってた台詞を急遽飲み込んで、『柴崎コウみたいな』を省略しちゃったのだが、まあまあ成功の部類に入ると思う。
長い間ストレートロングで、下手すりゃ半年髪をカットしてない状態が続いただけに、スタイリストさんもはさみを入れる直前、『切りますよ。いいですか?』と念を押して聞いてきた。
そして仕上がった鏡の中の自分の姿。確かに柴崎コウだった。遠目には。

切りたくなった理由は、正月に実家で見た雑誌の表紙のコウちゃんが可愛かったから。
衝動的にってやつだけど3月まで我慢していたの。だって年末に切ったばかりだから。もったいないじゃん? カラートリートメント込みで15000円するしね。

前髪切ると運命変わる。
って言わない?

飛行機恐怖症な私。
アトランタまでの飛行時間知って恐れおののいた。
12時間て。本当に行けるのだろうか?
試しに、飛行機で帰省を試みたものの、あえなく撃沈……。
しょっぱなから頭がぐわんぐわんしてゲロってしまったのだ。
しかも悪天候で機体は伊丹に引き返してしまう始末。
ヒーヒー言いながら実家に電話かけて迎えに来てもらった。
ああ、もうサイアク。
そのせいで鼻高々に自慢するはずだったアトランタ行きの話が、

『羽田〜出雲も無事に乗れん人間がアメリカだ〜? 無理無理、何時間かかると思っとるんだ? 具合が悪くなった所でどうするんだ? 空の上だぞ』
『そうよねえ。何かあって迎えに来いって言われても困るわあ』

何ですと!?
いきなり家族全員にダメだしされてしまったのだ。

おまけに。
会長=おじいちゃん、食事の世話=半分介護、なんて勝手に解釈してくれて。

『やっぱりあんたには無理無理。お年寄りの世話なんて。東京だから何とかなってるんでしょう。飛行機も乗れないのにアメリカなんて。オカさんとこみたいに旦那さんの転勤ならまだしも、あんた1人で行ってどうするの!? ちょっとばかし料理ほめられたからってのぼせ上がらないの。現実的にならなきゃだめよ』
『だから東京なんか行くなっつーとんじゃ。今年いっぱい働かせてもらって戻ってくればいい。これ以上心配かけさすな。戻ったらすぐに見合いじゃ、見合い!』

と全く予想外の反応に終わってしまった。

ちょ、娘の話聞けーー! オカさんてダレ!?

でもまあそうだよね。普通会長というとおじいちゃんだよね。
でもね、そんな要介護のおじいちゃんがアトランタの企業で役職につくかい?
その辺からしておかしいと思うんだけど。

真実を知ったら驚くだろうな。
名誉回復のためにも是非乗れるようにしないと。


デスクの上のミラーから目を離し、小さなノートPCでブログの編集作業に取り掛かる。ついに! 引っ越したばかりの新居は小さいながらも快適。フローリングにベッドとデスクとチェアを置き、床に座る生活に別れを告げた。本当はコンランショップで買いたかったけど妥協して揃えたフランフランのデスク&チェアー。

『ゆるカフェ』と(適当すぎる)タイトル変更してはや4ヶ月。
店長に発見されたのを反省して、そして会長に見られちゃったのがこっぱずかしくて、一時閉鎖しようかと思ったものの……。
開き直った!
もういいや、見られちゃっても。
皆のコメント、そっちのほうが大事だから。ええ。
そういうわけでタイトルだけ変えて今に至ってる。
中身は相変わらずの食べ物ブログだ。
最近ではえらそうにレシピを載せることもしばしば。実際自炊や主婦してる人から生の意見もらえてすごく助かってるの。

さて……。
未チェックのコメント筆頭は、またまた、というか、毎回マイペースを貫くコメントを下さる古参のみなみんさんだ。

『……ところで、ヒロくんとドレスを見に行ってきました!』

って。コメントの殆どにヒロくんネタがくっついてるの。

『あけましておめでとうございます〜〜。ヒロくんとお正月に東京大神宮に行ってきました〜。ご存知ですか?縁結びの神様で有名な神社です。こんな所にこんなご立派なお社があるんだぁって感動しました。すっごいひとでしたよ!みなさんやっぱり神様にお願いしちゃうんですね〜。ヒロくんたら〜奮発してお札を入れてました。ご利益があるといいな』

今年一発目の書き込みがこれ。その後彼氏と結婚が決まった彼女の文章は幸せが溢れていて、『いいなぁ……』とつい呟いてしまう。

そうしてもう1人。『いいなぁ』連発なのが同じく古参のプシィさん。

『みなみんさん、いいなあ〜。ドレス姿かわいくってヒロくんもデレデレでしょうね。私は当分かかりそうです。彼氏は最近痩せてしまって山ちゃんからバカリズムに激変しちゃいましたよ。差し入れにも気を遣います。こちらのヘルシーメニュー参考にさせてもらってます』

試験勉強中なんだよね。彼氏さん。
それにしてもバカリズムとは……。
ぷっ、ちょっとかわいいよね。
みんなけなげだ。思えば今までの私にはこれ系のときめきがなかったな。

『みなみんさんへ。ドレス何種類着られるのかな〜。彼氏とドレスを選ぶって行為が幸せそのものですね。都内の教会でしたっけ。よかったらどこかに画像アップしてくださいね!』

『プシィさんへ。バカリズムにへんし〜んですか。ちょっとつぼっちゃいました(あの雰囲気好き)。ヘルシーメニュー考えちゃいますよね。私もこのところご年配の方にお出しする機会が多くて』

と返信して、新規に記事を書く。

『もうすっかり春ですね〜。今日は半日ぶらぶらしてきました。目黒通りの家具屋さん中心に。あ、髪も切ったんですよ。主に前髪だけどね〜。目指せ柴崎コウ(笑)。ずっとワンレングスだったのでとても新鮮です。いいことあったらいいな。目黒も久しぶりに行ってみたけど見てたら欲しくなっちゃいました。一人用のソファを買いたいなと思っています。サイドテーブル置いてゆっくりひとりカフェ…もいいですよね』

保存していた部屋の画像入れて更新すると、コメントが入っていた。キョンママさん。主婦の方。

『バカリズム!うちの主人もそれっぽいかな。おのろけになりますが一緒にいてラク〜。BだけどBっぽくないの。話変わりますがBの人って両極端ですよね。良いか悪いか。主人の前に付き合ってた人もBなんだけど、も〜〜〜すごかった(笑)。主人に救われた気分です』


Bか。
そういえば。
元彼氏4人のうち3人がB型だったな。
この遭遇率ってすごいな、よく考えてみれば。
今頃気付くな?
付き合ってた男どもは、一言で表せばマイペース。
マイペースなんだけど、男らしい感じじゃないんだよね。
少年っぽいといえば聞こえはいいけど。ときめき皆無。
何で付き合ってたんだろう。
今思うと不思議だ。
友達の延長かな。
しかし学習能力ないな、私。普通1人で懲りるよね?
同じようなのを続けて選ぶとは。
見る目ないのね……。

BよりもABってどうなんだろうね。
完璧主義って以外に。血液型の話って自分からはしにくいな。

『キョンママさんへ。一緒にいてラクっていいなあ。私も最近年のせいか激しいのは疲れる(笑)。ずーっと黙って手をつないでいても飽きないようなゆるい相手がいいです。あ、でも草食系男子はパス』

一通りレスして、画面閉じて。
ネットし放題のワンルームマンションなので前より部屋でネットすることが多くなった。仕事場の素敵キッチンをさらせない代わりに部屋のあちこち撮って載せてるの。

もうワンショット入れるか、と思って見るとりらっくまの携帯ホルダーに挿した携帯が光ってる。見るとゆなからのメール着信だった。

『正月の写真彼に見せてたらさ、出雲大社で式挙げても良かったねってぬかすの。ハズイよねwww』

ぷっ。
どうでもいいのろけメールだ。
そうそう、参拝客に花嫁姿さらすことになるからね。ちょっとした芸能人気分が味わえるの。

『いいんじゃないの?エリカさまになった気分でやっちゃいなよ』

打つたびに携帯に付けたストラップが揺れる。
ゆなを含む地元の友達連中(男女混合チーム)と毎年恒例の出雲大社初詣ツアーに行ってきたのだが、ふと目に付いたこれを買ってみたのだ。
浮いた感じしない天然石の縁結びストラップ。9月の誕生石ラピスラズリがあしらってあるの。さすがにサファイアはなかった。でも落ち着いた色合いがお気に入り。

出雲大社も縁結びで有名だ。東京じゃあんまり知られてないかな。
毎年10月には全国の神様が出雲に集ってあの子とあの子をくっ付けようなどと話し合いをするんだって、小学生まで信じていた。つまり恋愛の神様の総本山なのだと。
それを特に意識していつになく丁寧に拝んできたの。


誰とは言いませんが、いいご縁がありますように……。
連れのヤローどもは論外ですからお間違えのないようお願いします、縁結びの神様……。



デスクの脇には同じくフランフランで買ったフォトスタンドが立ててある。
中のハンサムな男の人の写真と目があう。
彼の名は九条高広。会長の弟クン。
せめて私も人探しの手助けをしようと会長に申し出たらこの写真を渡された。
正面顔のどう見ても証明写真。まあ何とも味気のないこと。もうちょっと色んなスナップがあればイメージしやすいのに。男所帯ってそういう写真撮らんのか。
しかしさすがにあの人の弟だけあって、かっこいいこと!
似てるって感じじゃないけどね。さわやかな好青年という類だろうか。会長はお父さん似で弟はお母さん似なんだって。……どんだけ美男美女なんだよ、ご両親。
キムタクみたいなライトブラウンのライオンヘアー。身長は182cm。歳は28。
この写真は5年位前のものなので勝手に現在図を脳内修正して。毎晩のように眺めて顔を頭に叩き込んでいる。
この人口爆発シティで1人の人を見つけ出すなんて至難の業だ。新宿だけで毎日300万人以上行き交ってるらしいし。
そもそも高広クンがここに来るかどうかもわからない……。

でもね。
もし私が彼の立場だとしたら、定期的に肉親の様子探りに来ると思うんだ。仲良しだったお兄さんの姿をそっと確認しに。やっぱり心配だもの。

違うかな……?

万が一ってこともある。世の中何が起こるかわからないから。私がいい例だ。室長のお呼びがなければ今の待遇はなかったんだもの。まさに千載一遇、こんな四字熟語を遣うこともめったにないのに自分の人生でそんな目に遭うなんてね。
奇跡よ再び。早く見つかってほしい。
そうすれば会長も心置きなく渡米できるだろう。
あんな悲しい顔することもなくなる。
だから私の飛行機克服と同じくらい重要課題なの。

神様、九条高広クンにあわせてください。お願いします……。
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