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密室の恋2 8.液晶の中の君

『……それで、気が早いのですが指輪見てきました♪』
『わ〜おめでとうございます』
『いいなあ。おめでとうございます』
『おめでとうございます』

みなみんさんへの短いお祝いコメントが続く。
これって誰のブログ? れっきとした我がブログだ。
まあ別にいいんだけど。
婚活にいそしむような寂しい人はここにはいないみたいだ。
ここんとこ、みんなのコメントもすっかり春してるの。

『彼氏と花見に行くので弁当のメニュー探りにきました』
『うちはダンナが弁当係なんですよ♪』
『お花見BBQ行ってきました〜。結婚式場のイベントで、参加条件が恋人同伴&ピンク色のもの身に着ける、なんですよ。春日みたいなベスト着た人がいた(笑)』(九州方面の人)

などなど。
らぶらぶ自慢大会か!
ああ、ため息。
会長が会長じゃなかったら私も書くのに。
書けない。

『で式はいつ?』
『10月10日です。指輪もM101010Mでばっちりお願いしてきました〜。ちょっと長いんですけど、ぞろ目に弱いの(笑)』
『あ、そっか。2010年10月10日ね』
『それはめでたいですね!』
『へー最近は日付入れるのか。あ、年がばれる(笑)』
『今年の10日ってお休みでしたっけ』
『日曜ですよ。しかも大安。気合入れて押さえました!』
『すごい!よくとれましたねえ』
『MとMなの?イニシャル一緒なんだ』
『そうなんです〜。正広くんなんで。中居くんと一緒♪ちなみに私はみなみじゃないですよ(笑)』
『じゃ、まーくんとも呼べますね。友達の彼氏がまーくんだ』
『まーくんって男の人結構多いでしょ。だからヒロくんなの』

ちょ、チャットか!
皆さん愛称で呼べる彼氏がいらっしゃって羨ましいこと。
私、元カレのことそんな甘ったるい愛称で呼んでたかなあ?……そうじゃなかった気が。
何だったんだ、今までのヤツは。ホント不毛だ。
正広くん→ヒロくんなの? へー。
なら高広くんもヒロくんだね。
会長は……ナルくんか。
かわいいな。幼稚園のお子ちゃまみたい。とても口に出せねーけど。クク。
どうやら九条兄弟は兄弟揃って変人らしいが、お母さんが生きていたら違っていたかもしれないね。
『ナルくん、ヒロくん、ちょっとおいで〜』って優しく抱っこしてくれるお母さんが。

そのナルくんご本人は急な外出でまた不在だ。
ランチタイムいきなり見慣れない人が上がってきて、難しい話をした後慌しく出て行った。
弁護士がどうのこうの、訴訟がどうのこうのと。
ポツンと残された私。
中途半端な時間帯だ。また下に降りるか。



ナルさまから指示を仰いでないので、本日分の軽食を用意するかどうか迷う。もちろん帰れない。
ふと思いついてホールのケーキを焼くことにした。多めに作って秘書室に持って行こうと。会長が帰ってきたら1ピースだけ出せばいい。
クリームに先日のサワークリームを混ぜ、あるだけのフルーツと窓際で勝手に成長しちゃってるチャービルとミントの葉を散らして、春の丘っぽい見た目に仕上がる。

「わ〜い、今日はケーキだ」
「ケーキも焼けるの? すごいわね」
「お店で出してたものは何でも……。大した腕じゃないですよ」

この程度のものならどこの店でも出してるって。
手作りかどうか知らないけど。
リクエストで今日は紅茶を入れた。
アールグレイの香りが部屋に充満する。

「いいねえ〜。この匂い」
「あ〜、お店みたい」
「何かBGM欲しいね」

しばしティータイム。

「うふふ。見て見て。この間の子達よ」

吉永さんが携帯をかざした。吉永さんを真ん中に若いホスト君ふたり。あのお店のだ。

「撮ってたんですか?」

えー? いつの間に。

「ふふ。久しぶりにカワイー子相手して楽しかった〜」

相手してって。隠さずに堂々と見せるところが何とも。
社長秘書って一番忙しそうな気がするが、吉永さんって一体。
……社長も出かけてるんだそうな。なるほど。
いや、だからといって決して暇なわけじゃない。
電話はしょっちゅうかかってくる。
ささっとPCに打ち込んで、要領いいんだろうな。さすが。
中々の食べっぷり。何と2ピースぺロリだ。

「市川さんのお陰で接待費も大幅削減ね」
「どうしてですか?」
「山元興商の社長さん。あそこの接待費なんて今までと桁違いよ」

えー。あのおじいちゃん?
私は驚いた。
うまくいったって、そっちの意味?
何でも取引額に応じた接待費の取り決めがあるらしく(単純に%ではなく、ちと面倒な計算をするらしい)、その上限ギリギリだった例の釣り接待。それが、 ホームパーティ並みの金額で収まったのだから利益還元率は半端ない。厳密な金額は私だけが知っているが。とても言えたもんじゃない。そんなケチケチ度だ。
驚くことにあのゴージャスなテーブル買っても有り余るほどの接待費だったと。
まああれが会社の経費なのかどうか知らないけどさ。

「気持ちいいわよねー。エコってわけじゃないけど、夜の会食も少し減ってきてるし」

そうなのか。ゴルフは減ってないと思うけど。
会長、やっぱりゴルフ好きなのかな。
ゴルフしてるところ一度見てみたいな。あのかっこいいメガネかけてするのかな。
それこそ写メってくれればいいのに。

ふと私は気付いた。お片づけの時間。
そうだ、写メればよかったんだ、吉永さんみたいに。
あの不破さんて人の写真。
いや動画よ。
ついでに声もとれれば完璧だ。
どっちでもいい、それを会長か緑川さんに見せればよかったんだ!
そうしたら毎度毎度もやもやしなくてすんだのにーー。
やだ、私、どうして気付かないの。
バカ〜〜〜。

はっとして、思わず洗ってた皿をシンクに落っことしそうになった。



ナルさまは5時前に帰ってきた。
何だか顔が険しい。
また何かトラブルでも?
それでも食べるものは食べる。さっきのケーキの残りね。
私は黙って指示されるのを待った。触らぬ神にたたりなし。

「ありがとう。今日はもう帰っていいよ」
「はい」

今日も会食兼ねたパーティだ。お忙しいこと。他の重役が年寄りな分、会長が出席してるのかもね。
何て思いながら髪を留めたピンを外してると言われた。

「今晩はキャンセルだ。今から横浜に行ってくる」
「そうなんですか」
「いい腹ごなしになったよ」

ぽんと肩を叩かれて出て行った。
忙しいこと。何かあったのかな?
吉永さん達には伝えてあるんだろうけど。
私は聞いても分からないよね。



その足で新宿駅へ向かう。
またあの店へ。
マツキヨ通り過ぎていよいよ早足になる。
私なんかにも声かけてくるんだもん、キャッチの兄ちゃんたち。
あー、この雰囲気苦手〜。
あの時写メってりゃもう解決してたのにー。チキショー。
いるかどうかわからないけど、マツキヨで会ったのは確かこの時間帯だったはず。
出勤(ていうのか?)してるとこ会えたらいいなあ。と。

お店に近づいて、足を止めた。
店の横で男の人が話をしている。
あの人だ!
ラッキー。
急いでケータイを出す。
2人だ。
彼の後姿と、もう1人の人が液晶に映る。
もちろん近距離じゃない。
めいっぱいズームして、彼に照準合わせようとして、どきっとした。
真正面に捉えるもう1人の男の人の顔がくっきりと。

えーー?

思わず声出そうになった。
思わず、カシャ。
ケータイ持つ手が震える。
液晶画面見て目を疑った。

そこに写った人がとびきりの美形だからじゃない。
この人――…。
あの人じゃん!
かつてのお騒がせ隣人。
会ったこともない私を助けてくれた鳥取の人。
間違いない。
このきれいな顔。
絶対そうだ。

無意識に保存して、マジマジ見つめる。

どうしてここに?
あの人もホストなの?

?で一杯な頭の中。
今度は肉眼で見つめる。
間違いない、あの人だ。
何喋ってるんだろう。
雑踏で聞こえない。
目が合いそうな気がして、慌てて建物の陰に身を隠した。
そろっと覗き込む。
あの人――…。
えーーと、名前なんだったっけ。
忘れた。
顔の印象がとにかく強くて。
ドキドキして見てると、女の子がすごい勢いで彼らに近づいてきた。

「りょうっ」

声が私の耳にも届く。あの子だ。
前と同じく彼の腕を取り強引に引っ張って、店に消えてく。相当お熱なんだね。
一方もう1人の彼は、2人がいなくなった後腕組みして、私とは反対側に歩いて行った。
ドキドキして、私はそれ以上何もできなかった。



も〜〜。
私、何やってるの?
部屋に戻って、携帯眺めてブツブツ。
まーキレイに撮れてること! さすが最近の携帯は!
薄暗いながらも識別できる美人顔。いや、美男だが。
撮ったのこれ1枚っきり。
これじゃまるであの人撮りに行ったみたいじゃん……。
どうしよう。
また失敗か。こりゃ縁がないのかな。
でも思わぬ縁だよね。この鳥取の人とは。
また見ることになるなんて。
思い起こせば引越しのとき。
お世話になったからってクッキー焼いて持って行ったのだが、いなくてポストに入れておいた。気付いたかな。
しかし相変わらずお美しいこと。
この人鳥取県男子の顔面偏差値おもいっきり上げてるよ。
白バラの君とでも呼ばせてもらおうか。
こんなハンサムと隣同士だったのに知らずに過ごしてたなんて。しかも変人扱いまでして。
損しちゃったかな……。
やだ、そんなこと思ってる場合じゃない。
この人もホストだったの? それっぽくないが。
シャツにジャケット、雰囲気同様落ち着いた身なりだ。
この時間帯に私服ってことは少なくともサラリーマンじゃないよね? 平日だし。
いやだからそんな話じゃなくって!
仕切り直しだ〜。
またあの界隈に行くのか。気が引ける……。
ん、待てよ。
この人に聞けば何か知ってるかも?
彼が本当に不破さんなのかどうか。
親しげだったし。



どうもそわそわして落ち着かない。
ナルさまは昨日の事態が解決したのか、いつものPC作業中だ。
本日のランチを持っていく。
アラビア風薄いパンを油揚げみたいに割ってマッシュポテトや野菜やロースとビーフなど具を入れて食べるの。最近軽いものがお好みのようで。手抜きっちゃ手抜きだ。一緒に食べることもあるんだけど今日はそんな気分じゃない。自分のは用意してなかった。
会長は不思議そうな顔してる。

「どうやって食べるんだ?」

だって。そんな珍しいもんじゃないだろう! パーティ会食にもありそうだが。前にも出した気が。
って、口が裂けても言えません。はいはい、やらせて頂きますよ、わたくしめが! どうせ働き猫ですもの。
サーブして差し上げる。幼稚園児か!

「どうぞ」

ああ、ドキドキ半分、イライラ半分。

「面倒だから盛り付けたものを出してくれ」

と。ハンバーガーじゃないんだー。
珍しく(怒)マーク気味の私。
も〜。誰のせいで気を揉んでると思ってるの。
あんたがあの時現れてりゃすっきり過ごせてるのにーー。
仕方ないか。
来ないよね。やっぱり自力で確かめなきゃ。
ささっと出すと素直に食べる。きれいになくなった。

「軽食はどうされます?」

今日はずっといるんだよね?

「ブリオッシュが食べたいな。出せる?」

珍しいな。そんなバターたっぷりのパンリクエストするなんて。
さては昨夜から何も食ってないとか??
言わないからわからないじゃん。言ってくれ。
言わないよな〜。

「はい。他はよろしいですか」
「そうだなー、適当に」

本当に適当に出しちゃうよ〜。
もー、最近特にこういう所おっさん化してきちゃって。
昭和の夫婦じゃないっての!

「かしこまりました」

でも早速ネクタイしてきてくれて。
それはそれで嬉しいんだけどさ。
コーディネート完璧……。



ブリオッシュって夏には苦労するパンだ。
何がって、作るのが!
クーラーガンガン効いた部屋ならともかく、練りこんでるとバターがすぐに溶けてきちゃうから、ベタベタになる。
ま、夏にはあまり食べたくないが。
というよりこの部屋ならそんな苦労することもないよね。年中快適だ。
いつもより濃厚なバターの香り。
焼きあがった形見てつい微笑んでしまう。
かわいいよね。雪だるまの変形みたいな。
こってりしたのが食べたいのかな、と思って高島屋で仕入れた手づくりサラミをバラの形に巻いたものを付け合せに持っていく。ブルーチーズのソースに葉っぱの代わりはルッコラだ。

「ありがとう」

ぽちっとでっぱったてっぺんをかじりつく、なんて真似はされるわけなく、しずしずひと口大にちぎってお召し上がりになる。ハムもナイフとフォークでキレイに処理して。半分くらいなくなったところで手が止まった。

「すまんな。急に」
「お好きだったんですか? ブリオッシュ」
「時々食べたくなるんだ。前はどこでも売ってたように思うが、最近見かけんな」

うーん。確かにあんまり売ってないかも。
意外なもの食いたくなるんだね。
てか、会長、自分で買ってたりしたのかな? クク。かわいーな。

「食べたくなれば君に言えばいいのだな」
「まあ、おっしゃっていただければ何とか」

隠れ好物かー? これは研究しとかねば。
空になったコップに手を伸ばした。
手が触れそうになって、視線がかち合った。

「髪を……留めてるんだな」

ジュースサーバーを持つ手が微かに揺れた。

「あまり気を遣わなくていいよ」

注ぎきってサーバーを置いて、つい前髪をいじる。
留めてるというか、最近よくあるカチューシャの変形のようなものでまとめて、サイドをピンで留めているだけだ。髪をほどかれちゃったから……その方がいいのかなと思って。

「君は髪を結うとより幼く見える」

ドキ。どーいう意味?

「学生と言っても通りそうだ。逆に自分の年齢を感じるな」

そういう見方があったのか。
ナルさまは時折思わぬことを口にされるからな。
本音しか言わないっていうか。
学生は……言いすぎでしょうに。基準がどこか変だ。

「子供っぽいですかね」

なんか顔が引きつっちゃう。

「……幼く見える割にはしっかりしてると思うよ。バブル期や高度成長期の栄華が忘れられないのかどうか知らんが、年配になるほど派手なことをしたがる傾向 がある。うちの社にいてもよそでも感じる。むしろ若い世代の方が慎重だ。全てに当てはまるわけじゃないがね。君を見てると特にそう思う」

何だよー。それが言いたかったのか。
ええ、そうですよ。氷河期末期のど貧困どケチ世代ですとも!
自慢じゃないが家のクローゼット(と呼べるほど大層なものじゃないが)は夏も冬もあったもんじゃない、常にすっかすか。靴はわずか3足のみ。バッグは……言わずもがな。
家が田舎なせいか非常時でも何とかなるさ根性だ。

「きちんと育ってる証拠だね」

ほめてるんだよ? みたいな表情で。
ナルくんもお母さんがいればもっと違ってたかもね。
浪費家のくせにそんなこと言うなんて……。



キッチンに戻って携帯を眺める。
今日のメニューの画像と、その前の昨日のあの人の画像。
会長に負けず劣らずハンサムだ。
この人に聞けば……わかるだろうか、不破さんの正体。あの店に行かなくても。
まだあのアパートに住んでるのかな。
あれ以来会ってないからな。
行ってみようか。
あまり気が進まないけど……。
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