<< 密室の恋3 その4 | main | 密室の恋3 その6 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -

密室の恋3 その5

 会長は、アンチョビを上手にフォークに載せて口に運ぶ。

 窓の向こうは新宿摩天楼。

 相変わらずきれい。この人がものを食べてるのを見るだけで私のおかずになる。

 しなやかに指を動かし、いつのまにか口に吸い込まれているという感じだ。こんなに上品に食べてもらえておかずもさぞかしうれしかろう。
「そんな男じゃなかったのにな。変われば変わるものだ」

 顔を上げた会長と目がカチッと合ってしまった。

 ほんのちょっと微笑んでこっちを見つめる、切れ長のはっきりした目。

 毎度おなじみのシーンながら、どきどきする。

「は、はあ……」

 私は目をそらした。

 今日の会長、ややマイルド。

 それって……イタめしのせい?
 音もなくフォークを置いて、フッと息をついた。

 じっとこっちを見つめて。気配でわかる。

「パートナーが料理に疎くて……それで彼が代わりにキッチンに立つようになったそうなんだ」

「はあ」

 これは……長話のパターンか? 私は目だけちろちろ動かした。

 伸びてきた前髪が視線を丁度よくさえぎる。

「やってみるとこれが案外楽しいとね。BBQスタンドにはじまって、キッチンの改装までしてしまったらしい。秋までにピザ釜を作るのだと張り切っている」

「へえ」

 キッチンの改装ならあなた様もお得意じゃないですか。

 元々あったオサレキッチンを更に豪華に変えちゃったんだから。

「その釜を組むのを手伝いに来いと言ってくるんだよ。初釜を使わせてやるからと。……私が秘書代わりに一人傍に置いていることをどこからか聞きつけて。連れて来いと」

「ほぉ」

 ……ん?

 って、それって、もしかして。

 私は顔をぐいっと上げた。またまた、会長と目がばったり。

 ドッキン、とより大きく波打つ。

 ややや、やだ〜。

 ちょ、秘書代わりって。
「君」
 穏やかで優しい目。
 吸い込まれてしまいそうで。私は視線を落とせない。
「どう? 本式の釜で、ピザを焼いてみたいと思うかい?」
「え?」
 ドキドキ……。
 それって。
 出張料理人に格上げ?
 ついにきた、ケータリング〜?
「いや〜、まあ、はあ」
 言葉を濁す私。
 ドキドキはおさまらない。
「それとも」
 会長はちょっとだけ目を下げた。
「ここに釜をしつらえるか」
 ちらっとキッチンのドアを見やって言う。
 ーーーへ?
 私がきょとんとしてると、会長はふっと息で笑ってこっちを向いた。
「ーーー今月。私が行く予定になっているエビの養殖場の視察。君が代わりに行って来なさい。山口の宇部だ。行って、簡単だがレポートをまとめてきてくれ」
「えっ」
 頭がぶっ飛んだ。
 何を言い出すんだ。
 やまぐちぃ?
 またえらい遠出ですな。
 つーか、わたし?
「私が、ですか?」
 会長は深く頷く。
「君が行きなさい」
「って、出張……ですか? なんで」
 私は、理由を聞いたつもりだった。
 しかし。
「もちろんエアーだ」
「えーー」
 予想外の答えに目を丸める。
 そんな私の反応に、会長は表情を幾分きつくした。
「往復フライトで。君の名前に変更するよう言ってある」
「そ、そんなっ」
「何がそんな、だ。小手調べに行ってきなさい。当然手当てもつく。週末にかかるから『ついでに』実家にでも寄ってくるといい。山口だよ。君にとっては庭みたいなものだろう。復路便の変更は白本くんにでも言っておいてくれ」
 えーーーー……。
 庭? 山口が、庭ですと?
 いつもながらあまりの上から言葉に声を失う。
「君。いつだったか、新しいデスクが欲しいと言っていたな」
 え?
「無事行って帰ってくることができたら、君の望みのものを買ってあげよう。釜も含めて」
 ちょ、ま、まってよ!
「君のレポート楽しみにしているよ」
 言うだけ言う。
 いつものごとし。
 そして、さっと立ち上がる。
 つかつかと出て行く。
 その足音を背後に受けて凍りつく私。


 オイオイ……。

 そんな簡単に言わないで。

 何の話よ?

 エビを見てこいだぁ〜?
 なんだったんだよ、千葉のアランさんは!

 てか、山口が庭だって?

 あんた、詳細道路地図見たことあるのか。

 宇部と松江。一体何キロ離れてると思ってるんだ??

 ていうか、直線距離で考えないでよーー。

 間には中国山地ってもんがあるんですけど?

 結構な山道なんですけど??

 そりゃこの辺の人からすりゃマイナーで知られてないんだろうけどさ……。






 買ってあげよう。買ってあげよう。買ってあげよう……。



 耳にこだまする。会長の言葉が。
 私はキッチンの隅の机に伏せていた。
 デスク欲しいなんて私言ったかな。
 言ったか?
 現デスクは合板っぽいけど、これだって一般の素っ気無いオフィスものを思えばそう悪くはない。
 ただ……。
 北欧っぽい木のデスク、いいなあと思ってたりはしますよ。うん。
 頬をデスクにつけたまま、ぼおっとPC覗き込む。
 着信のランプがついてる。
 クリックして開けてみると下のスイーツ部男子どもからの催促メールだった。

「ふぅーーー」

 でかいため息とともに即座に閉じて。
 ダメダメ、今日はそんな気分じゃないっす。
 指令が下っちゃったんだから。
 絶対回避することのできない上皇さまからの指令……。
 ああーー、山口まで行って来いって。
 こりゃ何が何でも治療に通わなきゃ。
 特効薬なんてあるのかなあ。
 かなり即効性の……。
 再度マウスを動かして我がブログを開く。
 ぼーーっと記憶が甦る。
 あれはまだ春朧。
 インテリアがどうのこうの言ってた時期があったなあ。
 部屋替わってテンション上がってたから。
 結局揃えたのはフランフランはじめ無難なものだったけれど。
 ヴィンテージものもいいなあ、お金があったらなあ。なんて確かにどこかに書いたぞ。
 まさか……。
 それ見たとか?
 指を動かして、キーワード検索かけようとして、やめてマウスポイントを記事に戻す。
 トップ画面は最新記事。それをスクロールして、その下のコメントにふと目がとまった。

『kofiさんヒコーキだめなのぉ?治療が必要だなんて重症ですね。それって心療内科かな。新宿なら〇〇病院なんてどうでしょ。昔友達が通ってました。おじいちゃんの先生で……』

 ム。
 私はその病院の名前を見てむくっと体を起こした。
 そこは電車から見える、まさしく通勤途中にある病院名だったのだ。

密室の恋3 | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

- | - | -
 
Comment








   
 
Trackback URL
http://yurukoi.jugem.jp/trackback/50
Trackback