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密室の恋3 その7

 まー今日はなんて日だろう。
 バカリズムの次は王子様ボイスときたもんだ。

「こんなところで撮影とは優雅だねえ。仕事は? 休み?」

 高広くんはすたっと歩道に飛び降りた。
 相変わらずの美声。このルックス。
 ラフなカーキのジャケットに薄い色のチノパン、足下にはスニーカー覗かせて……。
 あの時とは全然違うスタイルだ。

「あ、あはは」

 笑ってごまかす私。『心療内科帰りですぅ〜』なんて言えないし。

「き、今日は遅番で。高広くんこそ」

 遅番て。バイトみたいな言い方をついしてしまう私。まだまだ癖が抜けてない。

「オレは仕事だよ。午後からだけど」
「そ、そうなんだ」

 ホスト? と聞きそうになって口をつぐんだ。確か……あのお店やめたんだっけ。今何してるんだろう。

 って、のんきにフツーの会話しちゃってる場合じゃない。

 私ははっと気づいた。

「ま、まさか、会長に会いに??」

 すぐそこだもん、うちの会社。

 いよいよ……?

 ノン。私の問いに高広くんは首を横に振った。

「違うの?」

 何も言わず、すぐそこの街路樹に手をかけてこっちを向く。
 じっと見つめて……間があいて。
 こうされるとただ見てるしかないじゃない。ドラマのように。
 しんみりしたBGMが流れてきそうな雰囲気の中、高広くんは小枝をぽきんと手折る。
 意味深に口の前に持っていってぱしぱし当てた。まるで画面の中の俳優みたいに。
 ……まあやるのは二枚目限定だが。

 しかし雰囲気はそう長くは続かないのであった。
 すぐそばにはとバスが停まり、おじちゃんおばちゃんたちが降りてきたのだ。

「下からでもええ眺めやなあ。富士山もばっちりやな。今日は天気がええさかい」
「南港の借金タワーとどっちが高いんやったかいな」
「どうやろか。展望室は45階ゆうてかいてあるなあ。まあ借金なら負けへんわ」
「ほんまや」

 ギャハハハ……。関西弁のおばちゃんたちのでかい声が響きまくる。これもお決まりの何とやらか?
 大阪のおばちゃんたちは素でドラマの演出的存在だからな。ぷっ。
 空気が程よくかき乱れ、私は手に持っていた携帯をバッグに入れた。
 そのときに何も気づかなかったのが、まあ私らしいといえば私らしいのである。
 一方、高広くんは枝の先についてる小さな葉っぱに唇を寄せて、「フッ」

「感動のごたいめ〜〜ん、ってやつか」

 チラッとうちの社屋を見上げて言った。

「その気ではいたんだけどな。感動するかどうかはともかく。舞台は山口……」
「へ?」
「けど、いつのまにか宇部便はあんたの名前にさしかわっていた」
「えっ。……って、まさか、また……」

 私は目を丸めた。

「俺も山口に行く予定だったんだ」

 しばし、高広くんとみつめあう。言葉なんてどっかへ吹っ飛んじゃって。
 ひゅうっと五月の心地よい風が二人の間を通り抜けていった。

「わざわざ仕事入れてさ、あーあ、予定狂ったぜ。だから今調整中なの」

 彼はまた木の枝に手をかけた。「す、すみません……」

 つられて頭を下げる私。
 ぽきっと枝の折れる音と高広くんの笑い声が重なった。

「あんた、兄貴の代理人もかねてるの? また随分信頼されちゃってるなあ」
「い、いや、そんな。信頼なんて……」

 単純に『フライト恐怖症』克服のための処置なんだが。
 そのことをこの人に言っていいものだろうか。

「えっと、別にそんな……」

 言葉が出かけてのどにつっかえる。

「あ、あれじゃないですかね? 会長、エビ嫌いだから」
「エビ?」

 高広くんは「はあ?」と一気に表情崩した。

 またまた、妙な沈黙が。

 何を言ってるんだ、私は。

「エビ? あははは、何だそりゃ」
「その、エビの養殖場の視察、だから……」

 ちょ、企業秘密……。てほどじゃないか。でも、言っちゃっていいの?

 高広くんは笑い続ける。

 やだ、はずかしー。ホントのこと言っちゃえばよかった?

「エビかあ、なるほどなあ、兄さんやっぱりまだエビだめだったんだ」
「は?」
「いや、こっちの話。……ふうん、そうか。まあ、頑張ってよ」
「は、はあ。どうも」
「これから出勤?」
「はい」

 私はそこで、右手の荷物の重みに気付いた。

「あ、これ、よかったらどうぞ……」

 病院でもらったグミの袋ごと差し出した。
 高広くんは驚いた顔をした。あのときみたいに。

「て、こんなに? 食えないよ」

 さっと手を伸ばして袋の中からひょいとひと房つまみ出した。「面白いもの持ち歩いてるなあ」

「も、もらい物で。会社で分けよかなって」
「へえ」

 高広くんは目の前にグミを持ち上げてしげしげ眺めた。この構図。こうしてみるとグミもきれいに見えるから不思議だ。

「ははっ。パンの次はこれか。また何か起きるかな」

 私が不思議そうに見上げると、高広くんはグミをポケットに入れた。

「化けたんだぜ〜。あのパン。隣の席の女にさ、分けてやったらえらい喜ばれてさ。『まさに今これが食べたかったんだ』てさ」

 何の話? 私は意味不明に頭を小さく振った。

「その女が実は香港の金持ちのお嬢でさ。一仕事舞い込んだんだ。あんたのおかげかな」

 高広くんはにいっと微笑んで顔を近づけた。「ちょ、何……」

「妙な縁だよなあ。あんたって兄さんだけでなく俺にも何かしら引き寄せるパワーがあるみたいだ」

 私はポカーンと口をあけて、バランス崩してよろけた。すかさず、腕を引っ張られてどきっとする。

「お返しに……つっても何もないが。これでも食ってよ」

 さっきと反対のポケットから小さな包みを出して見せた。オレオクッキーのパックだ。

「え、いいよ、別に」
「あ、そう? まあいいじゃん。俺もう朝飯食ったし」
「朝飯? クッキーが?」
「そう。俺、朝は菓子って決めてるんだ」

 へ〜〜〜〜。朝スイーツ? しかし、クッキーとは。かなりチープ。

「調子いいんだ、あれこれ食べるよりは」
「そうなんだ」
「まあ、また寄るわ。じゃな」

 軽く手を上げると高広くんは駅方面に歩いていった。
 ぼーっと後姿を見つめる。

 高広くん……。
 春にあったときの華やいだ雰囲気が消えて、えらくカジュアルだ。
 上も下もユニクロで売ってそうな……。

 私はしんみりと彼の姿が消えるまでそこにいた。

 朝食がオレオだなんて。
 服はユニクロ……。

 もしかして、生活に困ってるんじゃ……。

 お兄さんはブランド志向なのに。

 いや、んなわけないか。
 だって、ポーンとブランドバッグ買ってくれたし。

 MIU MIU……。

 バッグイメージが頭に浮かんで、私ははっとした。

「あ〜〜〜、そうだ、バッグ! 私のバッグはどうなったの〜?」

 それって、もっとも聞くべき用件だったかもしれない、私にとっては。

「やだもーー、バッグ返しに来たんじゃないのかよ」

 駅に向かってつぶやいた。

 何しに来たんだ〜〜? 私のバッグ、返せーーー!

 まぁったくーー。

 あんの軽い調子。

『あ、バッグ? どこやっちゃったかなあ、あははは……』

 それで済まされちゃいそう……。

 ブルブル、冗談じゃない!

 ったく、堂々と会社の『ふち』をうろついちゃって!

 ……会長に告げ口してやろうかしらん。

 実は『足元』にいたというオチに会長はどんな反応するだろうか。

 驚くとこちょっと見てみたいなあ。ククク……。

 なんてこと思いつつ着替えを済ませ秘書室に寄ると室長から、「今日は会長お昼過ぎまでいらっしゃらないから」と言われる。

 え、いないんだ。

 ちょっぴり拍子抜けして上に上がった。
 がらーんと広い会長室。
 キッチンに立って、高広くんにもらったオレオと、グミのレジ袋をカウンターに置いた。
 ああ、これおすそ分けしてくればよかった。
 そのつもりでいたのにすっかり忘れてた。

 中身をコランダーに出して、鮮やかな赤い実とオレオのちっちゃい袋を見てると何となくレシピらしきものが浮かんだ。

 ネットで見つけてチェックボックスに入れといたレシピ……。


 貰ったオレオは小さなミニサイズのパック。
 コレじゃ足りないので買い足しに私は再び外に出た。

 よくテレビでみるように、新宿のこのあたりは雑多な駅前と違って整然としたオフィス街だ。コンビニも揃っていて、大抵のものは調達可能。タカシマヤまで足を伸ばせばグルメな食材が満載……。
 今日の場合、オレオなんてどこにでもあるから近場でOK!
 おなじみのコンビニだ。
 あった、あった。ポピュラーな18枚入りのパックだ。
 1パック……じゃ中途半端だから2パック買おう。
 ついでに買い置き、もう1パック……。

 ……別に、遊んでるわけじゃないんだから!
 勤務中に優雅に菓子なんか買って……って。
 ……コンビニの店員にはそう思われてるかもしれないけど。

 まあ、いい。
 私は用を済ませ、会社に直帰。

 高広くんに貰った小袋と買ってきたオレオを並べてパシャ。


 クリームチーズを練ったところに砂糖、卵をまぜまぜ、バニラエクストラを垂らす。
 あま−いにおい。ああ、しあわせ〜。

 貰ったプチオレオを砕いて一緒にあわせる。
 真っ白い生地に黒い粒粒が広がって。

 グラシン敷いた型にオレオを一枚ずつ入れて、生地を流す。
 ひっくり返してみれば、かわい〜オレオの『顔』が透けて見えるってわけ。

 いいアイディアよね!

 このレシピ見つけてすぐに保存したの。

 でも、中々作る機会がなくって。

 理由その1。
 会長にオレオなんて出しにくいから。

 なんとなく会長にとっては駄菓子?的に思えて……。

 秘書室に配るにはちょうどいいよね。
 きっと喜んでくれるに違いない……。

 いや、だから、決して遊んでるわけじゃないって。
 お仕事、お仕事……。

 温めておいたオーブンにセットして、美味しそうな匂いが部屋に溢れる。

 しあわせ……。

 この匂いも分けて差し上げたい気分だ。

 

 焼き上げたほわほわのケーキを冷蔵庫で冷やして、頃合を見て下に持っていった。
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