密室の恋3 その10
2011.11.12 Saturday 21:43
うちの会社のある新宿駅西口一帯は、誰もが認める全国有数のオフィス街だ。でかいビルがたち並び、緑地帯が隙間を埋めるように整備されている。都庁の奥には広い中央公園もあり、いつもサラリーマンのおじさんやカップルやその他もろもろ人が行き来してる。会長によると、その昔存在した浄水場の跡地を区画整備したものであるらしい。
だから一つ一つが巨大なんだね。
その巨大ビルのひとつであるわが社。重役専用エレベーターを下り、社員さん行き交う中誰にも挨拶されることなく会長は玄関の外に出た。
すがすがしい風……。しかしちょっと微妙。これじゃホントに『そと』じゃないですか。まさか、新宿中央公園で食べようって言うの? 竹篭が非常に恥ずかしいんですけど。紙袋の方にしとけばよかった……。
敷地が広いので隣のビルに行くにもちょっと歩く。その間ずっと続く緑地帯。その切れ目、ちょっとだけスペースが広くベンチが置いてある手前で、会長は立ち止まった。
「待たせたかな」
ベンチから伸びる足だけ見えた。
私はドキンとした。
それは、数日前、都庁の脇で見かけた高広くんのに似ていた。
え、まさか。
もしかして、もうすでに?
どきどきしつつ会長の後ろからその人影を伺った。
「やあ、こんにちは」
現れた『彼』は。
「はじめまして。藤島龍平です」
えーーー?
りゅうちゃん。
さっきまでテレビに出ていた……りゅうちゃんが……目の前にいる。
私は二度びっくりして、思わず、籠持った手が震えた。
「ど、どうも。市川香苗と申します」
ぎゅっと握りなおし深く頭を下げた。会長の声が背中上から聞こえる。
「突然すまないな。一度面通ししておいた方がいいと思ってね」
「どうも、すみません、僕も無理言いまして」
はいーー?
ピクニックじゃないの?
ちょっと待て。
では、このサバランは……?
一人分しかありませんけど??
「キミ、中の菓子を出して」
ヤッパリ……。
私はぶるぶる震えそうな手および上半身を極力抑え、抵抗しても無駄なのわかってるので、なるべく自然に彼に手渡した。「どうぞ。つまらないものですが」
「へー、サバランか。めずらしいね」
いきなり食べるわけはなく。じろじろ眺め、座りなおした後、彼はさわやかにほおばった。「いただきまーす」
マジりゅうちゃん。
う・そ・でしょ。
さっきまで生放送出てたのに。
赤坂からここまでやってきたの……。
「んーおいしいです」
「あ、ありがとうございます」
やっぱどこから見てもりゅうちゃんだ。
どうしてこんなとこに? 会長と、どういうご関係?
というかその前になぜこんなところで食べさせる??
言っておくがここは緑地帯の中の休憩所のような場所であって、決して公園ではない。
御影石調のベンチがでーんと置いてあるだけだ。
季節柄、木々が生い茂り、丸見えというほどじゃないが、無論囲いなどない。
こんなところで、有名人にものを食べさせていいものなのだろうか?
いや、有名人とはいえ、かなりのイケメンとはいえ、いい年したおっさーん……。
私はそろーりと辺りを見回した。
ほっ。
幸い、怪しげな視線を向けてくる輩はいないようである。
それにしたってえび料理の前置きにこの試食って意味があるのだろうか。
サバランて……フランス菓子なのですよ。ご存知でしょうが。
「あんまり見かけないよね」
「え、ええ。ですよね……」
そこの会長が好むものですから、ええ。会長は、木によっかかって腕組みして見ておられる。
「ふうん。オーケー。なんとなくわかった。味覚、合いそうだ」
プロっぽく味を確認するように頷きながら食べた後、彼はボトルを傾けた。
「このスムージーもいいなあ。すっぱいのがちょうどいい。何これ?」
「グミ……なんです」
「へえ」
新宿産ですよ。
「ふーーん。サバランかあ。僕も今度やってみようかな」
りゅうちゃんはあごに手を当てて口をきゅっと結んだ。
「イタリアっていうとティラミスとか、あっち系多いでしょ。たまにこういうのやってみてもいいかもね。よかったら、レシピ参考にさせてもらっていい?」
そんな、めっそうもない。
私は上下左右区別なく首を振った。
「いやいやいや……。いいヒントになるんだよ。市川さん、和食も得意らしいし、味付けの基本がしっかりしてるね」
ぶるぶるぶる……。とんでもない。誰が言ったんだ、そんなことっ。
「楽しみだなあ。海老の献立。僕も何品か候補立ててるんだけどさ」
りゅうちゃんはさっと立ち上がった。
「驚いたかな? 今ちょっと時間が取れなくてさ。ふっ、そもそも、こんなことになるなんて……。レセプションの会場で、会ったんだよね。どこかで見覚えあるなあ、この名前……あ、小坊んときの! そうか、九条くん……」
それで思い切って聞いてみたんだよ、とりゅうちゃんは目をきらきらさせていった。「だめもとで当たってみるもんだなあ」
えーー……。
しょうぼうっていうと、小学生?
ということは、この人も学習院〜〜?
高学歴シェフ……。
「ごちそうになりました。あ、よかったらこれ。僕の新刊なんだけど。差し上げます」
彼は忙しいのだろう。時間にすると微々たるものだった。さいご、私に本を差し出した。
「楽しい試食会にしようね」
ばちっとウィンク。「それじゃ、九条くん、また」「ああ」
さらっと会長に挨拶して、駅の方へ歩いていった。
真昼の夢だった、まるで……。
私は空になった籠にいただいた本を入れた。帰る準備だ……。
全く、何かと思えば。
何が『そと飯』なんだか!
でもまあ、よさそうな人でよかったのかな、りゅうちゃん。テレビのまんまだが……。
とにかく私は会長に逆らえないのでいい方に持っていくしかないのである。クヤシー。
会長の胸の携帯が鳴った。
「なんだ? 次の? ああーーー」
すぐ切れそうにない。
ふと視線をはずすと、隣の緑地帯でシルバー人材センターとかかれたベストを着けたおじいさんが木の剪定をしていた。大きなビニール袋に切った小枝を詰めている。そして、一枝だけ、中にいれずに握っていた。
「おじさーん、それ、もしかして、月桂樹?」
見覚えのある枝ぶり。近づくと匂いでもうわかった。私が聞くと、おじいさんは、「おお、そうだよ。これ風呂に入れるといい匂いがするんだよ」
「すみません、もしよかったら捨てる前のひとつもらえませんか?」
恥ずかしげもなくお願いした。おじいさんは快く、「ほらほら、もっていけ」うちわほどの大きさの枝をくれた。
「ありがとう」
わーい、ローリエだー。
これだけでうれしくなる私。
ローリエって、よくシチュ−とかにいれる葉っぱのひとつね。
料理にも使えるけど、普段使いにも有効なのだ。
たとえば、枝ごとクローゼットにかけておくとゆるい防虫剤になる。
実家では米びつにいれて同じく虫除けにしている。
実家の近所に生えてて、ぶちぶち取ってきては使っていたのだ。なつかし〜な〜。
おじいさんは仲間を呼んで、ふくろいっぱいの葉っぱをトラックに乗せていた。
私はきれいに剪定された月桂樹の木を見上げた。
あ、あれ。
料理用にきれいなのがほしい。
と、腕を伸ばした。
おじいちゃんがきれいに切り揃えちゃってて、もうちょいのところで葉っぱのところまで届かない。
あーん、残念。おじいちゃん、もう一度こっち来ないかなー。
伸ばした手にすっと別の手が重なった。
「あ」
「何をしているのかと思えば」
会長だ。
会長の手は私の頭の上の枝を捕らえた。
「これかな」
「は、はい」
いいのかな……。って、今更何を。ぶちっと小さな音がして目の前に枝が差し出される。
「す、すみません、が、がいろじゅを……」
「ふ、いいんじゃないか。一応ここはわが社の敷地だ」
そ、そうなのー? ちょっと離れてるけど。知らなかった。
てか、さすが、筆頭株主。我が物顔なのね。
会長が取ってくれた小ぶりの枝。私はそれをさっきのものとは区別して、手ぬぐいにくるんで籠に収めた。
優しいじゃん……。
ちょっとだけほっ?
「……少し時間が空いた。キミ、よければ茶でも飲んでいくか」
だから一つ一つが巨大なんだね。
その巨大ビルのひとつであるわが社。重役専用エレベーターを下り、社員さん行き交う中誰にも挨拶されることなく会長は玄関の外に出た。
すがすがしい風……。しかしちょっと微妙。これじゃホントに『そと』じゃないですか。まさか、新宿中央公園で食べようって言うの? 竹篭が非常に恥ずかしいんですけど。紙袋の方にしとけばよかった……。
敷地が広いので隣のビルに行くにもちょっと歩く。その間ずっと続く緑地帯。その切れ目、ちょっとだけスペースが広くベンチが置いてある手前で、会長は立ち止まった。
「待たせたかな」
ベンチから伸びる足だけ見えた。
私はドキンとした。
それは、数日前、都庁の脇で見かけた高広くんのに似ていた。
え、まさか。
もしかして、もうすでに?
どきどきしつつ会長の後ろからその人影を伺った。
「やあ、こんにちは」
現れた『彼』は。
「はじめまして。藤島龍平です」
えーーー?
りゅうちゃん。
さっきまでテレビに出ていた……りゅうちゃんが……目の前にいる。
私は二度びっくりして、思わず、籠持った手が震えた。
「ど、どうも。市川香苗と申します」
ぎゅっと握りなおし深く頭を下げた。会長の声が背中上から聞こえる。
「突然すまないな。一度面通ししておいた方がいいと思ってね」
「どうも、すみません、僕も無理言いまして」
はいーー?
ピクニックじゃないの?
ちょっと待て。
では、このサバランは……?
一人分しかありませんけど??
「キミ、中の菓子を出して」
ヤッパリ……。
私はぶるぶる震えそうな手および上半身を極力抑え、抵抗しても無駄なのわかってるので、なるべく自然に彼に手渡した。「どうぞ。つまらないものですが」
「へー、サバランか。めずらしいね」
いきなり食べるわけはなく。じろじろ眺め、座りなおした後、彼はさわやかにほおばった。「いただきまーす」
マジりゅうちゃん。
う・そ・でしょ。
さっきまで生放送出てたのに。
赤坂からここまでやってきたの……。
「んーおいしいです」
「あ、ありがとうございます」
やっぱどこから見てもりゅうちゃんだ。
どうしてこんなとこに? 会長と、どういうご関係?
というかその前になぜこんなところで食べさせる??
言っておくがここは緑地帯の中の休憩所のような場所であって、決して公園ではない。
御影石調のベンチがでーんと置いてあるだけだ。
季節柄、木々が生い茂り、丸見えというほどじゃないが、無論囲いなどない。
こんなところで、有名人にものを食べさせていいものなのだろうか?
いや、有名人とはいえ、かなりのイケメンとはいえ、いい年したおっさーん……。
私はそろーりと辺りを見回した。
ほっ。
幸い、怪しげな視線を向けてくる輩はいないようである。
それにしたってえび料理の前置きにこの試食って意味があるのだろうか。
サバランて……フランス菓子なのですよ。ご存知でしょうが。
「あんまり見かけないよね」
「え、ええ。ですよね……」
そこの会長が好むものですから、ええ。会長は、木によっかかって腕組みして見ておられる。
「ふうん。オーケー。なんとなくわかった。味覚、合いそうだ」
プロっぽく味を確認するように頷きながら食べた後、彼はボトルを傾けた。
「このスムージーもいいなあ。すっぱいのがちょうどいい。何これ?」
「グミ……なんです」
「へえ」
新宿産ですよ。
「ふーーん。サバランかあ。僕も今度やってみようかな」
りゅうちゃんはあごに手を当てて口をきゅっと結んだ。
「イタリアっていうとティラミスとか、あっち系多いでしょ。たまにこういうのやってみてもいいかもね。よかったら、レシピ参考にさせてもらっていい?」
そんな、めっそうもない。
私は上下左右区別なく首を振った。
「いやいやいや……。いいヒントになるんだよ。市川さん、和食も得意らしいし、味付けの基本がしっかりしてるね」
ぶるぶるぶる……。とんでもない。誰が言ったんだ、そんなことっ。
「楽しみだなあ。海老の献立。僕も何品か候補立ててるんだけどさ」
りゅうちゃんはさっと立ち上がった。
「驚いたかな? 今ちょっと時間が取れなくてさ。ふっ、そもそも、こんなことになるなんて……。レセプションの会場で、会ったんだよね。どこかで見覚えあるなあ、この名前……あ、小坊んときの! そうか、九条くん……」
それで思い切って聞いてみたんだよ、とりゅうちゃんは目をきらきらさせていった。「だめもとで当たってみるもんだなあ」
えーー……。
しょうぼうっていうと、小学生?
ということは、この人も学習院〜〜?
高学歴シェフ……。
「ごちそうになりました。あ、よかったらこれ。僕の新刊なんだけど。差し上げます」
彼は忙しいのだろう。時間にすると微々たるものだった。さいご、私に本を差し出した。
「楽しい試食会にしようね」
ばちっとウィンク。「それじゃ、九条くん、また」「ああ」
さらっと会長に挨拶して、駅の方へ歩いていった。
真昼の夢だった、まるで……。
私は空になった籠にいただいた本を入れた。帰る準備だ……。
全く、何かと思えば。
何が『そと飯』なんだか!
でもまあ、よさそうな人でよかったのかな、りゅうちゃん。テレビのまんまだが……。
とにかく私は会長に逆らえないのでいい方に持っていくしかないのである。クヤシー。
会長の胸の携帯が鳴った。
「なんだ? 次の? ああーーー」
すぐ切れそうにない。
ふと視線をはずすと、隣の緑地帯でシルバー人材センターとかかれたベストを着けたおじいさんが木の剪定をしていた。大きなビニール袋に切った小枝を詰めている。そして、一枝だけ、中にいれずに握っていた。
「おじさーん、それ、もしかして、月桂樹?」
見覚えのある枝ぶり。近づくと匂いでもうわかった。私が聞くと、おじいさんは、「おお、そうだよ。これ風呂に入れるといい匂いがするんだよ」
「すみません、もしよかったら捨てる前のひとつもらえませんか?」
恥ずかしげもなくお願いした。おじいさんは快く、「ほらほら、もっていけ」うちわほどの大きさの枝をくれた。
「ありがとう」
わーい、ローリエだー。
これだけでうれしくなる私。
ローリエって、よくシチュ−とかにいれる葉っぱのひとつね。
料理にも使えるけど、普段使いにも有効なのだ。
たとえば、枝ごとクローゼットにかけておくとゆるい防虫剤になる。
実家では米びつにいれて同じく虫除けにしている。
実家の近所に生えてて、ぶちぶち取ってきては使っていたのだ。なつかし〜な〜。
おじいさんは仲間を呼んで、ふくろいっぱいの葉っぱをトラックに乗せていた。
私はきれいに剪定された月桂樹の木を見上げた。
あ、あれ。
料理用にきれいなのがほしい。
と、腕を伸ばした。
おじいちゃんがきれいに切り揃えちゃってて、もうちょいのところで葉っぱのところまで届かない。
あーん、残念。おじいちゃん、もう一度こっち来ないかなー。
伸ばした手にすっと別の手が重なった。
「あ」
「何をしているのかと思えば」
会長だ。
会長の手は私の頭の上の枝を捕らえた。
「これかな」
「は、はい」
いいのかな……。って、今更何を。ぶちっと小さな音がして目の前に枝が差し出される。
「す、すみません、が、がいろじゅを……」
「ふ、いいんじゃないか。一応ここはわが社の敷地だ」
そ、そうなのー? ちょっと離れてるけど。知らなかった。
てか、さすが、筆頭株主。我が物顔なのね。
会長が取ってくれた小ぶりの枝。私はそれをさっきのものとは区別して、手ぬぐいにくるんで籠に収めた。
優しいじゃん……。
ちょっとだけほっ?
「……少し時間が空いた。キミ、よければ茶でも飲んでいくか」
かいちょうさま…。少しは、らぶ、な雰囲気を出してくれるかと思いきや、面通しですか。
香苗ちゃんが試食会で初めて会うことになったら、緊張しすぎていつもの実力が出せないと思ったのかな? でもいきなり過ぎますよねw
しかしお茶に誘うということはご機嫌がよろしい感じですね。藤島さんに"会長のパティシエール"の味が認められて、そうだろうそうだろう!とご満悦なのでしょうか。
会長様は内心が読めるようで読めない方で、香苗ちゃんと一緒に私も振り回されていますw
続きも楽しみにしています。
私より深い読みですw毎度参考にさせてもらってます。らぶ、はどうでしょうね。香苗ちゃん視点オンリーですので、あとのひとの本心はみなさまのご自由な想像力にお任せしちゃいます(*゚▽゚*)アハ