密室の恋3 その14
2011.12.13 Tuesday 17:04
朝早くからあいてるスーパーに寄ると麹漬けの素を売っていたのでそれを買って出社する。
会長は夕べは箱根にお泊りだ。出社は昼前になるだろう。または、直接出先に向かうか……。
相変わらず多忙だ。一泊4、5万の高級旅館に泊まっていいなぁ〜なんてとても思えない。
相手はおじさんばっかり。どんなにすばらしい料理もおいしさ半減だよね。
さて、甘酒にトライ。
まずご飯を炊いて、水と麹菌を混ぜておく。様子を見ながら温度を調整して数時間後に分解されて甘酒になってるそうな。どんな味なんだろう?? 麹というとうちではお味噌を仕込むときくらいしかつかってなかったはず。麹漬けより粕漬け。とことんのんべ〜の家系なのよね……。
炊き上がるまでの間、拭き掃除でもしようかとキッチンから出た。
「あ、いらっしゃったんですか」
いないとおもっていた人がいた。「おはようございます」しかしいつもと様子がかなり違う。ソファに横たわって、メガネかけて、手を額に当てて、足を無造作にセンターテーブルにかけている。
「ん〜〜〜〜〜〜。飲みすぎた。悪いが水もらえるか? ボトルのままでいい」
「は、はい」
私は急いでキッチンへ引き返した。
うちの会社はミネラルウォーターというとエビアンかヴィッテルなのだが、その500ml入りボトルを2本トレイに載せて、いつもよりかしこまって会長に手渡した。
すぐにラッパのみ。
きつそう、成明くん……。いつも見てるから何となくわかるのだ。
もう1本をテーブルにおいて、キッチンに戻る。
さっき聞いたばかりのカルピス。ショットグラスに原液を景気よくついで、すだちを絞った。
それをトレーに載せ、2本とも飲み終えふかふかのソファに横たわる彼のそばに恭しくひざをついた。
「よろしければお飲みください。少しは楽になられるといいのですが」
彼はゆっくりとグラスと私の両方に視線を合わせ、ほんのちょっと顔を曇らせた。
「腰を上げてくれ。キミにそんな小間使いのような格好はしてほしくない」
「カフェでの基本姿勢です。お客様に直接お取りいただくときこうしていました」
「……わかったよ」
静かに息を吐き、上体を上げるとソファに座りなおして彼はグラスを手に取った。くいっと一気に飲み干し、
「ん。すっきりするな」
まばたきして、トレイにグラスを置いた。私はそおっと腰を上げた。
「ああ、あのくらいでダウンとは情けない。もう年だな」
彼はすっと手を胸のポケットに回し、タバコを取り出した。
あっと思うより何より、私は彼のその手を制した。
「タバコはまだおやめになったほうが。お昼に差し支えます」
「ん……」
タバコを元に戻し、肘をひざに置いて首をもたげた。
アルコールの分解が間に合わずに体を巡っているのだ。何はともあれまず加水分解。水が大量に必要だ。
さらに糖分。クエン酸。とりあえず理にかなってる。さすが、同年代シェフ。
彼はしばらくそうしていて、ソファの背もたれによりかかった。心地よさそうに上を向いて大きく息を吐く。
ああ、腎臓のあたりが痛いんだろうな。成明くん。会長じゃなかったら、背中を揉んであげるのに。
つまるところそれが一番気持ちいいのだ。人に擦られることで気休めにもなる。「楽になった」
「キミは気が利くね。通いつめた旅館の仲居でも中々こうはいかないよ。水とありきたりに錠剤飲まされるくらいだ」
と彼は微笑んでこっちを向いた。
「ウコンの錠剤でしたらお食事の早い時間にお飲みくだされば翌朝の状態がかなり違うと思います」
ウコンは飲む前に体に入れておいたほうがいいのだ。
「そうか。じゃ、次はそうするよ。もう一杯くれ」
「はい」
よかった。体質に合いそう? りゅうちゃん、感謝。
カルピスの買い置きにも感謝だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
今度はゆっくりグラスを傾けて流し込む。幾分、顔色がよく見えるのは気のせいじゃあるまい。
「ああ、生き返るようだ。何とか持ちこたえそうだ」
そう。さらに悪いことにこのあとまた会食なのだ。
銀座のレストランの個室で会食&会議。汐留のT不動産社長、デザイナーの御堂さん、国交省のお役人サマ、どっかの県知事……と、お若い御堂さん以外はつい顔を引き締めずにいられない面々だ。また地方のでかい開発事業でも決まったのだろうか。誰かかわりに出れないのかな。毎日これじゃ体がもたないよ……。いったいどんな接待なんだか。
「こんな甘いものが効くんだな。キミらしいと言うか」
「いえ。あの、藤島さんに教えていただきました」
彼は調子が戻ったのか再び胸のポケットに手を入れタバコを取り出した。一本くわえたところで口から離し、「藤島くんに?」
「はい」
「彼とメール交換したのか」
「ええ」
「そう。早いね」
シュッと火をつけて煙を吸う。
「はあ、あの、試食会のことで色々伺っておこうと思って……」
ほとんど雑談だった気がするけれども。
「フ、そんなに気負わなくていいよ。実はもうライン動かす日取りも決まってるんだ」
と横を向きいつものクールな調子でタバコをふかす。
「地方は早急に職と金を欲しがってるからね」
昨日と違う。市販のタバコ。
ショートピース。うちのおじいちゃんと同じ銘柄だ。
「確実に売れそうな品と料理人のネームバリューと、一般人の口コミ。それが欲しかったんだ。彼は運がいいといっていたがね」
りゅうちゃんに関していえばホントにそうだよね。
「会長のお知りあいだなんて。偶然再会されたそうですが、よくわかりましたね」
「いや。私はわからなかったよ。彼は、苗字が違っていた」
あ。そうなんだ……。瞬間、昨日のりゅうちゃんの穏やかな笑みの向こうにあるものがほんの少しのぞいた気がした。
「初等科の途中で両親が離婚して、母親の地元の福島に移ったそうだ。私も母親が福島の出身でね、それで話が続いたんだよ」
「そうなんですか」
会長は夕べは箱根にお泊りだ。出社は昼前になるだろう。または、直接出先に向かうか……。
相変わらず多忙だ。一泊4、5万の高級旅館に泊まっていいなぁ〜なんてとても思えない。
相手はおじさんばっかり。どんなにすばらしい料理もおいしさ半減だよね。
さて、甘酒にトライ。
まずご飯を炊いて、水と麹菌を混ぜておく。様子を見ながら温度を調整して数時間後に分解されて甘酒になってるそうな。どんな味なんだろう?? 麹というとうちではお味噌を仕込むときくらいしかつかってなかったはず。麹漬けより粕漬け。とことんのんべ〜の家系なのよね……。
炊き上がるまでの間、拭き掃除でもしようかとキッチンから出た。
「あ、いらっしゃったんですか」
いないとおもっていた人がいた。「おはようございます」しかしいつもと様子がかなり違う。ソファに横たわって、メガネかけて、手を額に当てて、足を無造作にセンターテーブルにかけている。
「ん〜〜〜〜〜〜。飲みすぎた。悪いが水もらえるか? ボトルのままでいい」
「は、はい」
私は急いでキッチンへ引き返した。
うちの会社はミネラルウォーターというとエビアンかヴィッテルなのだが、その500ml入りボトルを2本トレイに載せて、いつもよりかしこまって会長に手渡した。
すぐにラッパのみ。
きつそう、成明くん……。いつも見てるから何となくわかるのだ。
もう1本をテーブルにおいて、キッチンに戻る。
さっき聞いたばかりのカルピス。ショットグラスに原液を景気よくついで、すだちを絞った。
それをトレーに載せ、2本とも飲み終えふかふかのソファに横たわる彼のそばに恭しくひざをついた。
「よろしければお飲みください。少しは楽になられるといいのですが」
彼はゆっくりとグラスと私の両方に視線を合わせ、ほんのちょっと顔を曇らせた。
「腰を上げてくれ。キミにそんな小間使いのような格好はしてほしくない」
「カフェでの基本姿勢です。お客様に直接お取りいただくときこうしていました」
「……わかったよ」
静かに息を吐き、上体を上げるとソファに座りなおして彼はグラスを手に取った。くいっと一気に飲み干し、
「ん。すっきりするな」
まばたきして、トレイにグラスを置いた。私はそおっと腰を上げた。
「ああ、あのくらいでダウンとは情けない。もう年だな」
彼はすっと手を胸のポケットに回し、タバコを取り出した。
あっと思うより何より、私は彼のその手を制した。
「タバコはまだおやめになったほうが。お昼に差し支えます」
「ん……」
タバコを元に戻し、肘をひざに置いて首をもたげた。
アルコールの分解が間に合わずに体を巡っているのだ。何はともあれまず加水分解。水が大量に必要だ。
さらに糖分。クエン酸。とりあえず理にかなってる。さすが、同年代シェフ。
彼はしばらくそうしていて、ソファの背もたれによりかかった。心地よさそうに上を向いて大きく息を吐く。
ああ、腎臓のあたりが痛いんだろうな。成明くん。会長じゃなかったら、背中を揉んであげるのに。
つまるところそれが一番気持ちいいのだ。人に擦られることで気休めにもなる。「楽になった」
「キミは気が利くね。通いつめた旅館の仲居でも中々こうはいかないよ。水とありきたりに錠剤飲まされるくらいだ」
と彼は微笑んでこっちを向いた。
「ウコンの錠剤でしたらお食事の早い時間にお飲みくだされば翌朝の状態がかなり違うと思います」
ウコンは飲む前に体に入れておいたほうがいいのだ。
「そうか。じゃ、次はそうするよ。もう一杯くれ」
「はい」
よかった。体質に合いそう? りゅうちゃん、感謝。
カルピスの買い置きにも感謝だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
今度はゆっくりグラスを傾けて流し込む。幾分、顔色がよく見えるのは気のせいじゃあるまい。
「ああ、生き返るようだ。何とか持ちこたえそうだ」
そう。さらに悪いことにこのあとまた会食なのだ。
銀座のレストランの個室で会食&会議。汐留のT不動産社長、デザイナーの御堂さん、国交省のお役人サマ、どっかの県知事……と、お若い御堂さん以外はつい顔を引き締めずにいられない面々だ。また地方のでかい開発事業でも決まったのだろうか。誰かかわりに出れないのかな。毎日これじゃ体がもたないよ……。いったいどんな接待なんだか。
「こんな甘いものが効くんだな。キミらしいと言うか」
「いえ。あの、藤島さんに教えていただきました」
彼は調子が戻ったのか再び胸のポケットに手を入れタバコを取り出した。一本くわえたところで口から離し、「藤島くんに?」
「はい」
「彼とメール交換したのか」
「ええ」
「そう。早いね」
シュッと火をつけて煙を吸う。
「はあ、あの、試食会のことで色々伺っておこうと思って……」
ほとんど雑談だった気がするけれども。
「フ、そんなに気負わなくていいよ。実はもうライン動かす日取りも決まってるんだ」
と横を向きいつものクールな調子でタバコをふかす。
「地方は早急に職と金を欲しがってるからね」
昨日と違う。市販のタバコ。
ショートピース。うちのおじいちゃんと同じ銘柄だ。
「確実に売れそうな品と料理人のネームバリューと、一般人の口コミ。それが欲しかったんだ。彼は運がいいといっていたがね」
りゅうちゃんに関していえばホントにそうだよね。
「会長のお知りあいだなんて。偶然再会されたそうですが、よくわかりましたね」
「いや。私はわからなかったよ。彼は、苗字が違っていた」
あ。そうなんだ……。瞬間、昨日のりゅうちゃんの穏やかな笑みの向こうにあるものがほんの少しのぞいた気がした。
「初等科の途中で両親が離婚して、母親の地元の福島に移ったそうだ。私も母親が福島の出身でね、それで話が続いたんだよ」
「そうなんですか」