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密室の恋 3

 次の日。私は部屋の隅っこでPCを開いた。
 会社のホムペ見てみると、社長の顔写真は載ってても会長のはなかった。
 小さく名前と、経歴だけ。生年月日省略。
 当たり前のように外国の大学卒なのね。すご。
 ていうか、何で社長が60代で会長が33歳なの?
 変な会社……。
 私の仕事も変だけど。
 今朝も室長に『頑張ってね』と言われた。すっごい気の毒そうな顔で。
 そんなに大変な仕事とは思えないのに……。
「市川くん」
「はい」
 呼ばれたらコーヒーいれればいいんでしょ?
 カフェのバイトのこと思えばめちゃ楽。
「どうぞ」
「ありがとう」
 なんか……。
 1人のお客さんだけ接客してればいいって感じで。
 超ラク。
 確かに神経質そうではあるけど、怒らせなければいい。
 距離置いて。それって接客の基本だもの。
 (おっさんくさくない)綺麗なお部屋で、掃除も大してしなくていいし。
 楽してお金もらってタダ飯くらって。
 タダ飯……。昨日はそうだったけど、気をつかって今日は家から持参した。
 シンクの設備が整ってるから家にいるときみたいに調理できる。鍋たくさん使う本格的なのはダメだけど。
「あの……。すみません。調理台少し使わせて頂いてよろしいですか?」
 一応断りをいれておく。
「ああ。どうぞ。好きなように使って」
「お皿とかもいいですか?」
「皿か。いいよ。食堂のものを返し忘れたんだな」
 ――白いお皿や銀のフォークがちょうどいいくらいの数揃ってる。コーヒーの器はさすが高そうなのが並んでて。
 わくわくしちゃう。
「あの」
「何?」
「……よろしかったら、何かお作りしましょうか? その、軽食程度」
 そう言うと、ちょっと驚いた顔をされた。
「……あ、すみません。どうかなと思って」
 すぐに謝る。機嫌損ねて30万パアにしたら大変だ。
「何か作れるのか」
「はい。ま、簡単なものですが。例えば今日でしたらベーグルのツナサンドとか、あとお惣菜みたいなのも……」
 ま、カフェめしってヤツですか。ベーグルとツナその他家にあるもの持ってきたの。
「……それじゃお願いしようか。外に出る手間が省ける」
「はい」
 というわけで2人分の昼食を作る。
 ベーグルにツナサラダ詰めて、野菜盛り付けて。オリジナルドレッシングかけて、ナッツ散らして。
 付合わせは野菜のスープ。無印のパウチだけどね。ここのは安くて中々使える。豆カレーは特にイケる。店でも時折出してたもの(企業秘密)。
「あの。どうぞ。お口に合うかどうか」
「ありがとう」
 サーブして、自分の席に戻る。
 静かに合掌。部屋の端と端で同じ物を食べる。
 会長はPC見たままパンを口に運んで。
 仕事人間なんだな。
 冗談ひとつ言わない。
 だけども。
 いいかも。この距離感。怒られないコツつかめそう。
 それに。
 この人見てると飽きないって言うか……。
 遠くからそっと眺める。
 PCの陰から少しだけのぞく、真剣な顔。スムーズに指動かして。長い指。端正な顔。切れ長の目。黒い髪。銀縁眼鏡。
 素敵だ……。
 私、この部屋スキかもしれない。
 会長室と言うより、インテリアのお店みたい。
 タイムレスコンフォートとかコンランショップとかそんな感じ。
 この人の趣味なのかな……。
 広くて、すっきりしてて、眺め抜群で。
 近代的過ぎず、重厚すぎず。
 この空間、マジカフェ並みにゆったり過ごせる……。
 自分が働いてるときは味わえなかった気分に浸れて。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
 綺麗に召し上がってくれて彼はそう言った。
 最高の仕上げだ。
「これを」
 と、片付けようとした私にお札を差し出す。さっと。目も見ないで。
「え?」
 私はびっくりした。
「そんな。いいです。悪いです。昨日奢っていただいたし」
 だってこれ万札だよ? 驚くって。
「……君のものだろう? 悪いのはこっちだ」
「そんな」
 会長はふっと一呼吸置いた。
「――それではこうしよう。これで材料を買ってきて明日以降も何か作ってくれ」
「えっ?」
 今度は別の意味でびっくりする。
「……外食するのもオーダーするのも面倒だと思っていたんだ。君がよければそうしてもらえると助かる。――やや任務外になるがね」
 とんでもない! 任務外って。任務がコーヒーと掃除だけじゃ申し訳なくって。
「――ありがとうございます。そ、それじゃやってみます!」
 私はぺこっと頭を下げた。
「ん。頼む」
「――リスト作っておいていいですか? お好きなものとお嫌いなものと」
「……そうだな」
 お伺いして、メモメモ……。
 ――小海老、イクラ、納豆などのネバヌル系、にんにく(これは当たり前?)がダメなのか。あと、甘い和惣菜と。好きなものは特になし。
 なんかかわいいな。
 ちっちゃい子を育ててるお母さんみたい。
 体の中からやる気が起こるっていうか。マジイヤじゃない。
 早速今晩仕入れに行こうっと。


 幾分浮かれて秘書室に戻ると、今日も聞かれた。
「市川さん、どう? 平気だった?」
 ……室長さんはいい人なんだな。
「はい」
 と答えると、
「我慢しないでね。昼休みは下りてきていいのよ」
 なんて言ってくれて。
 ――そんなどころか。超快適なんですけど。
 出社時と帰宅時に秘書室に寄って挨拶をして。
 会長室と秘書室は別のフロアなので勤務時間中は殆ど他の人に会うことがない。会長は部屋に客を入れないし。
 応接室は別にある。というか、あの人は大抵の会議や会話はPCでするみたいだ。
 ある意味隔絶された空間で私はプレッシャーを感じることなく過ごせて。
 ホントこれでお給料もらえるのかな?
 ……しくじらないよう頑張らなきゃ。
「お疲れ様でした」
 階下に下りてると、エレベーターに見覚えのある人たちが乗ってきた。
 派遣されていた職場の男の人たちだ。
「市川さんだ。よぉ、やってる?」
 途端に皆心配顔で私を見る。
「市川さん、いきなり飛ばされちゃったねえ」
 ――飛ばされたって。
「社員採用おめでとう!……って言いたいところだけど。大変なんだろう? 会長の側につくのって」
 ――知ってるの?
 室長が言ってたようなこと。
「は、はあ。ま、ぼちぼち」
 私は言葉を濁した。
「噂じゃ1ヶ月もたないって聞くよ?」
 え、そうなの?
「噂だけどね。直接俺らと関係ないじゃん? 俺ら誰も会長見たことないから」
 ――私もそうだった。
 会社デカイし、下手すると社長の顔も入社式くらいしか見ないとか?
 ――会長があんな若いってみんな知らないんだ。
 いや、年齢と言うより、社内のどこかですれ違ってもまさかあの人が会長だなんて思わないだろう。
「ん、でも、社長より若くてびっくりしました……」
 さしさわりのない程度に私は言った。
「え? そうなんだ」
「――それって普通なんですか?」
 聞いてみる。
 実際は親子ほど離れてて。そんなのありなんだろうか?
「ん――。いや。年はあんま……」
「――雇われ社長だからさ。今の社長」
 別の人が口をはさんだ。
 ――雇われ社長?
「会長は創業者の一族で……。今でも最終の決定権や権限は会長にあるって聞いてるよ。名目上は別の取締役が最高責任者になってるけど。CEOとかCFOとか」
 ふーん。
 それで忙しそうなのかな? ずっとPC見てるもの。
「まあ俺らには関係ない話だよな。そんな人にお茶出すの緊張するだろうなあ、市川さん。お察しします」
 えっ。全然。
「――市川さん、辛くなったらいつでも戻っておいでよ。どうせなら社員のまま戻ってこれればいいのにね? 課長も心配してたよ。社員がダメなら派遣の申請出したままにしておこうかって」
「ホント、ホント。またコーヒーいれてよ」
「美味かったよ。マジで」
「市川さんが持ってきたドリッパー置いたままにしてるよ。エスプレッソ沸かす小さいやつも。ウチの女子社員誰もやってくれないんだ」
「ていうか、へたくそ」
「あー。何かコーヒー飲みたくなってきた。帰りスタバ寄ってこうかな。……復帰待ってるね。市川さん」
「……ありがとうございます」
 何だか著しく見解の相違を感じ私はそれ以上の言葉を慎んだ。
 ――また戻っておいでって。
 ありがたいけど。
 派遣の申請? 派遣に戻るなんて絶対イヤだ。
 給料15万足らずと30万強の差は歴然だ。ボーナス半年つくし。
 夢の年収500万の壁突破なるか、だよ?
 戻れなーい、戻れない。こんな楽なのに戻ってたまるか。
 ――1ヶ月もたないって。
 みんな私もすぐにクビにされるって思ってるんだな。
 やめてたまるか。親にだってやっと自慢できそうなのに。

 私、きりっと気を引き締め、夜の街を食材集めに走った。
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