密室の恋3 その9

『もうほんっとにほっくりしてて、おいしかったです〜。ヒロ君のご両親にも無事食べていただき&ほめてもらいましたぁ〜。やったぁvシリコンスチーマーさまさまです♪』

 この10月に結婚を控えたみなみんさんは、『シリコンスチーマー』なる神器を手に入れて、このところすっかり料理づいている。
 失敗続きだった肉じゃがもこれのおかげで、みなみんさんいわく『プロ並み』に仕上がるのだそうだ。かつてさんざん泣きつかれ、それでも焦がしたり味付けに失敗、そのたびに近所の総菜屋さんで買ってきて皿に移し変えていた、そんな涙ぐましい努力もこれでやっと報われたんだね。
 いや、報われちゃいない。
 容器に具材と調味料入れて電子レンジでチンすりゃ勝手にできてるんだもの。
 包丁さえ握れれば誰だってできちゃう!

 あーあ、いいなぁ、そんなことでしあわせ一杯なんだ……。

 なんてつい思ってしまう。
 
 
 
 返事を書こうとしてふと、右端の時刻表示に気づいた。

 あ、もうこんな時間ーー。

 私はpcを離れ、キッチンカウンターの端のポータブルワンセグを起動した。


 ちょうどはじまったところだ。よかった。

 今日のレシピはトレビスのカルボナーラかぁ。ふーーん……。

 
 イタリアンの定番パスタ、カルボナーラのトレビス添え。

 パスタはタリアテッレ。

 さすがに本場仕込みのシェフだ。パスタも手打ちとな。

 セモリナ粉に塩を混ぜてミキシング……。そこへ卵とオリーブオイル投入。

 指が粉の中で踊ってるみたい。
 料理する男の手って素敵だ……。

 会長もかつてイセエビをさばいて見せてくれたことがあった。

 あの華麗なる手さばき。

 やさしかったのに……ああ、あんときの会長は何処へ?
 たまたま虫の居所がよかったのかな。

 
『ご家庭ではちょっとコツがいるんで中力粉使ってもらってもいいですね。なければ強力粉と薄力粉を同量混ぜて使ってみてください。生パスタはね〜、一度食べるとやみつきになりますよ。時間のあるときは是非トライしてみてください』

 アシスタントの女性が頷きながらコメントを取っている。

『トレビスは生では苦くて食べにくいんですが、じっくり煮込むと美味しいんですよ。よくリゾットにして食べます』

 といいながら、彼はチコリによく似た『オサレ野菜』の葉っぱをぶちぶちちぎる。

 そうそう、トレビスって見た目洒落てるんだけど、超にがいんだよね。

 その昔、カフェでバイトしていた頃、お客さんがよく残していた。美味しそうなんだけどありえないほど苦いのだ。


 ……だが、てっきり煮込んで使うのかと思ったら、そうじゃなかった。

『なんですがーー。今日はちょっとだけ火をいれて苦味をアクセントにします。大人の味ですね』

 彼はにっこり微笑んだ。

 彼ーー長身のいかにも優しげな青年シェフーー藤島龍平。
 通称りゅうちゃん。麻布の人気イタリアン『イゾラヴェッラ』のオーナーシェフで、確か30代半ば。
 いまや最トレンドといっても過言ではない『もて』キーワードのひとつ、独身イケメンシェフ……。
 
 

 こんな人が……私のえび料理を試食?

 マジか。

 私は次第にレシピから離れ、きたる『商品開発会(仮)』について考えていた。


 不安だ。
 
 このりゅうちゃん先生だけでもすごいのに。名前聞いてないけど料理研究家が二人……。これって無茶苦茶シビアなんじゃない??
 
 せめて試作品を提出とかに変えてくれないかなあ。会長の鶴の一声でどうにでもなるんじゃないの?
 私以外に素人さんが数名参加とのことだが、そんなの気休めにもならない。
 素人主婦の料理コンテスト時々やってるが、私に言わせりゃあの人たちはプロの領域に入りますって。
 もし質問とかされたら、何ていえばいいのかわかんない。
 あーあ、ゆううつ……。

 オーブンのブザーが鳴った。
 ブリオッシュが焼き上がったのだ。部屋中に匂いが充満している。これに気づかないほどふけっていたわけだ。
 私はミトンをつけ天板を取り出した。
 みるからにふわっふわの仕上がり。いいこげ具合。
 我ながらうまそ〜〜。
 しかし今日はここで終わりじゃない。
 これにシロップをしみこませ生クリームをトッピングしてサバランにしてご主人様にお出しするのだ。
 
 コツは生地を練らずに長時間発酵させ、あえて気泡を一杯入れるところだ。こうすると海綿スポンジみたいにキルシュやシロップを吸収してくれて、より濃厚な味が楽しめる……と私は思う。

 実は、ベトベトの生地を叩いたりこねたりするのがどうもねえ……と、ある日たまたま生地をほったらかしにしてたところ、生地は風船のごとくぶくぶく膨れ、そのまま焼いてみたら案外いけたので最近はずっとこの作り方……というのが本音だが。
 成明殿お好みのブリオッシュ。うまく食べてもらえるといいなあ……。

 朝から仕込んで焼き上げ、更に冷やすという手順を踏まなければならない。ゆうに3時間はかけている。
『会長の気が変わりますように……』などなど色んな念を込めながら……生クリームの上に自家製ミントの葉をのせ、まさしく『念入りに』仕上げいよいよ会長に献上するのだ。

「失礼します」

 昼食を外で済ませて来たであろう会長はお仕事に没頭中。PCから少しも視線を離さず、「ん、そこにおいといて」

「はい」

 私は邪魔にならないようそろっとプレートを置いた。飲み物は先日のグミを冷凍して作ったスムージーだ。

「失礼します」

 なるべく音を立てないよう、しずしずと引き上げる。

 今日もダメか……。心の中でため息。

 このところ三日連続だ。口聞いてくれないのである。

 ああ、やっちまったぜい。

 そんなに気に入らなかったのか。

 ちょっと順番逆にしただけじゃないですか。

 なんかさあ、子供じゃないんだから!

 ……信じがたいが、思い当たるのはあれだけなのである。


『秘書に配った残りもんを出した』


 そういうつもりじゃないんだけど、まあ、そのとおりだ。
 
 プライド高……。だから疲れるんだっつーの。会長も気晴らしにブログでも始めれば? 

 とぶつぶつ顔にも出てしまいそうだ。実際出ていたかもしれないが。
 
  
「ああ、キミ」


 デスクから遠く離れたドアの一歩手前で足が止まった。

「はい」
「すまんがコレ、包むなりしてくれないか。外で食べようと思うんだ」
「車でお出かけですか?」
「いや。外で食べるのさ」


 そと?


 私はさっき置いたばかりのパンとスムージーを引き取り、キッチンに戻った。

 外で食べるって。何なんだろう。ひょっとしてまた金に物言わせて屋上に何か造らせたのかな。

 いつのまに? 今流行の屋上緑化とかそういうの? 

 私は『そと』の概要がよくわからないながら、テイクアウトの準備を進めた。

 まずスムージーをステンレスのボトルに移し変える。私物だが飲み物を持ち運ぶハコはこれしかないのでまあよかろう。
 そしてサバランを崩れないよう紙ナプキンでくるみ、紙の簡易ケースに入れ、ボトルとともに竹で編んだ『湯かご』なるものに入れる。

 地元のダチが道後温泉を旅行した折、お土産で買ってきてくれたものだ。長めのもち手つきの丸い小ぶりの竹篭で、茶筒を入れておくのにちょうどいいのでキッチンで使ってるのだ。紙袋もあるけどこっちの方がかわいいよね?
 GWあけのことだ。

『かなに〜〜御土産あるんだ〜〜何かは見てのお楽しみ』


 いきなり何かと思えば。語尾にハートマークがいっぱいついたメール送ってきた。


『道後温泉でさ〜、これ持って温泉街ぶらつくんだわさ。浴衣着て、タオルと貴重品いれてぶらぶら湯めぐり。おんなじようなカップルが歩いてたりしてなんかいいんだよね〜、やっぱ情緒がさ』

 ……何のことは無い、彼氏ができたこと自慢なのである。

 ちょっと前まで、

『温泉なんてばばくさっ。高いしやだ』なんて一人反対してたくせに。

 みやげはこれ以外にも緑色の洋風まんじゅうやそうめんなど、えらく気前がよくて、ああ、恋は人格を変えるのね、なんてしみじみ思ったものだ。

 ち、どいつもこいつも。

 その『しあわせ』湯かごにふた代わりの手ぬぐいをかぶせて、簡易ランチボックスの完成だ。



「お待たせしました」

 私は籠を差し出した。会長は立ち上がっただけで、持とうとはしない。

「キミも来なさい」

 ……使用人か。私は。

 さっと向き変えて歩き出すので、籠持ってお付の人のように後をついていく。

 
 屋上ピクニック?
 違和感ありまくりだが、これで機嫌直してくれるのならいい。
 天気いいし。

 でも上は風がきついだろうな……。


 会長はエレベーターの昇降ボタンを押した。

 私はあれ? と覗き込んだ。

 会長が押したのは△じゃなく、▽の方だ。
 

 
 

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密室の恋3 その10

 うちの会社のある新宿駅西口一帯は、誰もが認める全国有数のオフィス街だ。でかいビルがたち並び、緑地帯が隙間を埋めるように整備されている。都庁の奥には広い中央公園もあり、いつもサラリーマンのおじさんやカップルやその他もろもろ人が行き来してる。会長によると、その昔存在した浄水場の跡地を区画整備したものであるらしい。
 だから一つ一つが巨大なんだね。
 その巨大ビルのひとつであるわが社。重役専用エレベーターを下り、社員さん行き交う中誰にも挨拶されることなく会長は玄関の外に出た。
 すがすがしい風……。しかしちょっと微妙。これじゃホントに『そと』じゃないですか。まさか、新宿中央公園で食べようって言うの? 竹篭が非常に恥ずかしいんですけど。紙袋の方にしとけばよかった……。
 敷地が広いので隣のビルに行くにもちょっと歩く。その間ずっと続く緑地帯。その切れ目、ちょっとだけスペースが広くベンチが置いてある手前で、会長は立ち止まった。
「待たせたかな」
 ベンチから伸びる足だけ見えた。
 私はドキンとした。
 それは、数日前、都庁の脇で見かけた高広くんのに似ていた。

 え、まさか。

 もしかして、もうすでに?

 どきどきしつつ会長の後ろからその人影を伺った。

「やあ、こんにちは」

 現れた『彼』は。

「はじめまして。藤島龍平です」

 
 えーーー?

 りゅうちゃん。
 
 さっきまでテレビに出ていた……りゅうちゃんが……目の前にいる。

 私は二度びっくりして、思わず、籠持った手が震えた。

「ど、どうも。市川香苗と申します」

 ぎゅっと握りなおし深く頭を下げた。会長の声が背中上から聞こえる。

「突然すまないな。一度面通ししておいた方がいいと思ってね」
「どうも、すみません、僕も無理言いまして」

 はいーー?
 ピクニックじゃないの?
 ちょっと待て。
 では、このサバランは……?
 一人分しかありませんけど??


「キミ、中の菓子を出して」

 ヤッパリ……。
 

 私はぶるぶる震えそうな手および上半身を極力抑え、抵抗しても無駄なのわかってるので、なるべく自然に彼に手渡した。「どうぞ。つまらないものですが」

「へー、サバランか。めずらしいね」

 いきなり食べるわけはなく。じろじろ眺め、座りなおした後、彼はさわやかにほおばった。「いただきまーす」

 マジりゅうちゃん。
 う・そ・でしょ。
 さっきまで生放送出てたのに。
 赤坂からここまでやってきたの……。

「んーおいしいです」
「あ、ありがとうございます」

 やっぱどこから見てもりゅうちゃんだ。
 どうしてこんなとこに? 会長と、どういうご関係?

 というかその前になぜこんなところで食べさせる??

 言っておくがここは緑地帯の中の休憩所のような場所であって、決して公園ではない。
 御影石調のベンチがでーんと置いてあるだけだ。
 季節柄、木々が生い茂り、丸見えというほどじゃないが、無論囲いなどない。
 こんなところで、有名人にものを食べさせていいものなのだろうか?
 いや、有名人とはいえ、かなりのイケメンとはいえ、いい年したおっさーん……。

 私はそろーりと辺りを見回した。
 ほっ。
 幸い、怪しげな視線を向けてくる輩はいないようである。

 それにしたってえび料理の前置きにこの試食って意味があるのだろうか。
 サバランて……フランス菓子なのですよ。ご存知でしょうが。

「あんまり見かけないよね」
「え、ええ。ですよね……」

 そこの会長が好むものですから、ええ。会長は、木によっかかって腕組みして見ておられる。


「ふうん。オーケー。なんとなくわかった。味覚、合いそうだ」

 プロっぽく味を確認するように頷きながら食べた後、彼はボトルを傾けた。

「このスムージーもいいなあ。すっぱいのがちょうどいい。何これ?」
「グミ……なんです」
「へえ」

 新宿産ですよ。

「ふーーん。サバランかあ。僕も今度やってみようかな」

 りゅうちゃんはあごに手を当てて口をきゅっと結んだ。

「イタリアっていうとティラミスとか、あっち系多いでしょ。たまにこういうのやってみてもいいかもね。よかったら、レシピ参考にさせてもらっていい?」

 そんな、めっそうもない。
 私は上下左右区別なく首を振った。

「いやいやいや……。いいヒントになるんだよ。市川さん、和食も得意らしいし、味付けの基本がしっかりしてるね」

 ぶるぶるぶる……。とんでもない。誰が言ったんだ、そんなことっ。

「楽しみだなあ。海老の献立。僕も何品か候補立ててるんだけどさ」

 りゅうちゃんはさっと立ち上がった。

「驚いたかな? 今ちょっと時間が取れなくてさ。ふっ、そもそも、こんなことになるなんて……。レセプションの会場で、会ったんだよね。どこかで見覚えあるなあ、この名前……あ、小坊んときの! そうか、九条くん……」

 それで思い切って聞いてみたんだよ、とりゅうちゃんは目をきらきらさせていった。「だめもとで当たってみるもんだなあ」

 えーー……。
 しょうぼうっていうと、小学生?
 ということは、この人も学習院〜〜?
 高学歴シェフ……。

「ごちそうになりました。あ、よかったらこれ。僕の新刊なんだけど。差し上げます」

 彼は忙しいのだろう。時間にすると微々たるものだった。さいご、私に本を差し出した。

「楽しい試食会にしようね」

 ばちっとウィンク。「それじゃ、九条くん、また」「ああ」

 さらっと会長に挨拶して、駅の方へ歩いていった。



 真昼の夢だった、まるで……。

 私は空になった籠にいただいた本を入れた。帰る準備だ……。

 全く、何かと思えば。

 何が『そと飯』なんだか!

 でもまあ、よさそうな人でよかったのかな、りゅうちゃん。テレビのまんまだが……。
 とにかく私は会長に逆らえないのでいい方に持っていくしかないのである。クヤシー。
 
 会長の胸の携帯が鳴った。

「なんだ? 次の? ああーーー」

 すぐ切れそうにない。
 ふと視線をはずすと、隣の緑地帯でシルバー人材センターとかかれたベストを着けたおじいさんが木の剪定をしていた。大きなビニール袋に切った小枝を詰めている。そして、一枝だけ、中にいれずに握っていた。

「おじさーん、それ、もしかして、月桂樹?」

 見覚えのある枝ぶり。近づくと匂いでもうわかった。私が聞くと、おじいさんは、「おお、そうだよ。これ風呂に入れるといい匂いがするんだよ」

「すみません、もしよかったら捨てる前のひとつもらえませんか?」

 恥ずかしげもなくお願いした。おじいさんは快く、「ほらほら、もっていけ」うちわほどの大きさの枝をくれた。

「ありがとう」

 わーい、ローリエだー。
 これだけでうれしくなる私。
 ローリエって、よくシチュ−とかにいれる葉っぱのひとつね。
 料理にも使えるけど、普段使いにも有効なのだ。
 たとえば、枝ごとクローゼットにかけておくとゆるい防虫剤になる。
 実家では米びつにいれて同じく虫除けにしている。
 実家の近所に生えてて、ぶちぶち取ってきては使っていたのだ。なつかし〜な〜。
 おじいさんは仲間を呼んで、ふくろいっぱいの葉っぱをトラックに乗せていた。
 私はきれいに剪定された月桂樹の木を見上げた。
 あ、あれ。
 料理用にきれいなのがほしい。
 と、腕を伸ばした。
 おじいちゃんがきれいに切り揃えちゃってて、もうちょいのところで葉っぱのところまで届かない。
 あーん、残念。おじいちゃん、もう一度こっち来ないかなー。

 
 伸ばした手にすっと別の手が重なった。

「あ」
「何をしているのかと思えば」

 会長だ。
 会長の手は私の頭の上の枝を捕らえた。

「これかな」
「は、はい」

 いいのかな……。って、今更何を。ぶちっと小さな音がして目の前に枝が差し出される。

「す、すみません、が、がいろじゅを……」
「ふ、いいんじゃないか。一応ここはわが社の敷地だ」

 そ、そうなのー? ちょっと離れてるけど。知らなかった。
 てか、さすが、筆頭株主。我が物顔なのね。

 会長が取ってくれた小ぶりの枝。私はそれをさっきのものとは区別して、手ぬぐいにくるんで籠に収めた。

 優しいじゃん……。
 ちょっとだけほっ?

「……少し時間が空いた。キミ、よければ茶でも飲んでいくか」

 
 
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密室の恋3 その11

 新宿西口といって浮かぶのはダントツ東京都庁。
 異論はない。そして商業施設でいえばやっぱここだろう。

 パークハイアット。

 その41階、ピークラウンジ。
 
 わお、昼間っからラッキィィィーーーー……。

「いらっしゃいませ。いつものお席になさいますかそれとも……」

「同じでいい」「かしこまりました」ここを常宿としてる会長は面が知れてるのだろう。丁重に案内されたのは窓際の……スモーキングシートだ。どこへ行こうとなぜかいつも待たされることはない。女性客中心にかなり混んでるようなんですけど。……まあいい。

「好きなものを頼みなさい」
「はーい」

 ここへ来てオーダーするものといえば……決まってますよね!

 私は迷わず告げた。

 ケーキバイキングと並ぶ乙女の夢。

 −−−自家製スコーンや季節のスイーツを盛り合わせた英国風「アフタヌーンティー セット」とペストリーシェフ特製の季節のケーキをワンプレートに盛り合わせた「スイート ハイティープレート」(HPより引用)−−−

 −−−の、アフタヌーンティーセットだ。わーーい。


「悪い。吸わせてくれ」

 一方会長はコーヒーを注文し、お店の人が差し出した小さなケースからタバコを取り口にくわえる。同じく差し出された小さいけどずっしりとした重みが伝わってくる鉄と木製のライターに火が灯り、すぅっと細い煙がのぼる。
 
 さまになってるぅーー。

 ……これって田舎の小娘の悪いところね。これだけ嫌煙の波が広がっていても、いまだにタバコ=かっこいいと思ってる節がある。
 いや、実際かっこいいし。
 会長が煙草を吸うところはじめてみた。
 煙草といっても一般的な白い紙巻のあれじゃないのですよ。
 細長い薄茶色の、どこからどこまでがフィルターなのかわからない、映画の中で外人のオッサーンがくわえてそうなシロモノ。こころなし香りが違う……。

 フーーーーッと長い息を窓に向けて吐き出す。煙が午後の光のどこかへ消えていく。

 ……煙を吸い込む装置でもあるのかな。違うか。焼肉屋じゃあるまいし。

「すまんな。なるべくキミに煙がいかないよう努力する。ニコチン含有量は低い」
「いえいえ、お構いなく」

 私は言った。「うちじゃ、皆ところかまわず吸ってますよ」

 そう。都会では分煙だの受動喫煙の危険だのよく耳にするが、田舎ではまだまだなのだ。
 だーれも気にしてない。
 おじいちゃんや親戚のおっさん、チェリーやらオールドピースやら昔のキツイ煙草をスッパスパだもん。しかもフィルターのところを切り取って、直に吸うのである。ヘビースモーカーにもかかわらずぴんぴんしてる80、90のおじいさんもごろごろ。そんなだから、もしかして煙草の害って都会の空気との混合汚染によるものなんじゃないの? なんて思えたりもするのだ。
 地元に帰ると誰も禁煙なんて言わないしやってない。

「吸うときは何も考えず吸っちゃった方がいいですよ」
「フ、そうか」

 かっこいいなーー。
 頬杖ついて見てると、会長はちらっと窓の外に目を向けた。

「まるで城だな」

 うちの会社がすぐそこに見える。更に代々木のドコモタワー……。いつか、夜景を眺めた、東京の絶景。ちょっぴり痛い思い出とともに頭に浮かぶ。あのとき以来かな。

「日頃いかに狭い範囲で動いているか、こうして眺めるとよくわかる。狭い空間で、視野もおのずと狭まる……。そんなところで下した判断が果たして正しいといえるのだろうか」

 お、自覚はあるんだね。
 そうそう、もっと表に出ましょうよ。私は心の中で頷いた。

「……籠という字は何故竹冠に龍と書くのだろうな」

 眺めながら独り言みたいに呟いた会長の言葉の意味がわからなくて、私はえっと小さな声を上げた。

「二つあるな。龍、竜。籠といえば鳥、虫、魚……。それが……何故、竜……龍なんだろう」独り言なのだろうか。会長はふっと笑った。煙が乱れた。「……キミのその籠を見てふと思ったんだ。意味はない」ちらと私の横に視線を流した。

 籠? あっ……。
 私は傍らに置いた籠をつい引き寄せた。
 すっかり忘れちゃってたけど、このかご!
 やだーー……。
 無包装の本と小枝と手ぬぐいの包み、ドリンクボトル。どこの山に行って来たんですか〜? と問われそうな『いでたち』でここに来たんだった……。
 そりゃあ温泉街なら『情緒』もあろうが……。新宿の、高級ホテルのバーで。
 私は誰の視線も届かないよう奥にそれを押し込んだ。ハズカシー。

「何に使うのか知らんが、その枝、今の時期害虫が潜んでいるかもしれないよ。後でよく確かめておいた方がいい。案外このあたりは湿気がたまるんだ」
「はあ」

 何の害虫だろう? これは虫除けにするのだが。

「椿や、山茶花や、うちの家でも庭師が毎年駆除に大変だよ」
「そうなんですか」

 庭師とな。どんだけ豪邸に住んでるんだ。

「蛾の幼虫がついていたりするだろう」

 ……ちゃーどくがーね。お茶の葉や庭木につく。うんうん、知ってるわ。
 うちの家の周りもいっぱいいますよ。私は抵抗力ついちゃってますけど。
 梅雨前と秋のお祭りの頃に見かける、茶色のとげで覆われたいかにも毒々しい毛虫である。
 触れるだけじゃなく知らずに通りがかってその粉が体についただけでひどい湿疹とかゆみにおそわれる。かけばかくほど全身に広がって大変なことになるのだ。
 しかし。自然界にはそんなのにもちゃんと天敵が存在するもので。
 あの厄介者のスズメバチの一種がそうなのである。
 なんと毒の塊のようなチャドクガの幼虫を食っちゃうというのだからどんだけ強力な消化酵素持ってるんだか。
 まさに毒をもって毒を制す、である。
 まあ田舎じゃそういうのみんな知ってるのでスズメバチの巣を見つけてもすぐに駆除に回したりしないのだ。
 オレンジ色のショッカーみたいなグロテスクな外観ではあるけれど、とりあえず刺激しなければ襲ってこないのでみんな見て見ぬ振りしてる。
 松江市は島根の県庁所在地だが、賑わっているのは城のあたりと温泉街、あとショッピングモール周辺くらい、うちの実家の近辺は山間部と大差ないのだ。
 そんな田舎の虫事情……。
 
 いや、そんなことより私は『庭師』がひっかかるのである。
 この人の実家って、お屋敷?
 我が郷里の『足立美術館』が頭に浮かぶ。
 島根の観光コースにはたいてい組み込まれてるおじちゃんおばちゃんご用達美術館だ。展示品もさることながら喫茶室から眺める庭園がそれは見事な……。
 会長……そんなお屋敷で育ったのかな。庭師って……。

「失礼します」

 そうこうしてる間に注文の品がやってきた。
 豪華3段トレイにのったスコーン、サンド、ケーキ。
 きゃ〜〜。これ見て頬ふくらませない女子はいないって。

「いただきま〜す」

 サンドからしてピンク色〜〜。かわいいっ。ぱくっ。うまい〜〜〜。
 調子よくフォークがすすむ。なんといってもおかわり自由ですから!
 好きなだけスイーツを食べられる。これ以上の至福はない。断言しよう。

「会長はお食べにならないんですか?」
「私はいいよ。これと思うものがあればキミが作ってくれ」
「はあ」

 またそんな。こういう店ってどこそこのバターとか外国から空輸した有名チーズとか使ってて、しかも作ってるのは一流パティシエ。食べなきゃ損なのに。

「ふ、キミは美味そうに食べるな。見ていて気持ちがいい」

 相変わらずうまそうに煙草を吸う会長が言う。
 煙を吸うのが目的だったのかな。
 窓の向こうの自分の会社を意味深に眺めながら……。
 自分は『城』に缶詰になった『籠の鳥』とでも言いたいのだろうか。
 しかし。
 会長には『籠』ごとき狭い空間であっても私には『夢の城』だ。
 かなうことなら夜は猫になって住み込んじゃいたいくらい気に入っちゃってるのだ。
 そんな私の城、本当にあと1年足らずで退去しないといけないのかなあ?
 全く想像つかないアメリカでの生活……。
 どうなっちゃうんだろう。

 仮に、フライト恐怖症克服したとして、ずっと同じ暮らしが維持できるものだろうか。

 もしもしもし……会長の気が変わっちゃったりしたら??

 けっこん。

 今は可能性ないみたいなこと言ってたけど、アメリカに行くと状況変わるかもしれない。
 アメリカ時代は普通に彼女もいたみたいだから……。
 そう、万が一ってこともありうる。
 アメリカは広いのだ。会長みたいな変わりもののオッサーンがいいって女性も現れるかもしれない。
 
 ナイスバディのおねーちゃん。会長と対等に物申す女性。セクシー光線ビシバシ放ち、あっという間に深い関係に。
 そしてある日こういうのだ。
 
『ねえ、あなたの健康、私が管理したいの。あの子、やめさせちゃっていい?』

 ……ねえ、それってありえなくはない?

 あっさり承諾。私は遠いアメリカの地で無職……。
 言葉も通じず、料理の腕もたいしたことなく、元の貧乏生活に逆戻り……。

 うぅぅ〜〜〜。
 一気に体が冷えた。

「ん? どうした」

 私の悪い癖。すぐに顔に出るところ。
 きっとそんな顔して見つめていたんだろう。

「時々感じるんだが……。キミは何かためているな。普段言いにくいことであれば今言いなさい」

 しかし。
 ここは以前痛い思い出話をさせてしまった場所でもある。
 私はまずフォークを置いた。そして慎重に言葉を探った。「あ、あの、実は」
 
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密室の恋3 その12

 落ち着いて落ち着いて。目を合わさないように。彼の煙草をひっかける長い指を見ながら言ったのだ。

「結婚? 私が?」

 男らしい節の際立つ、それでいてしなやかな指は、いったん胸の位置で静止して、彼は煙草を灰皿に置いた。

「何を今更。私は結婚なんてしないよ」
「でも……」

 ちらりと上目遣いに覗くと、会長は大きく足を組みなおし重心を左側の肘掛に寄せた。あきれた顔をして、

「キミも言ってくれるね。いずれ結婚してキミをお払い箱にする? 私がそんなことをする男に見えるか?」
「す、すみません」

 だって、わからないじゃん。恋は突然落ちるものだ。

「キミは社則を読んだだろう?」
「は? え、ええ」
「一度契約を交わした社員はそう簡単に解雇できない。我が社だけじゃない、今は大抵どこもそうなってるんだ。不当に解雇なんてすればこっちが訴えられる」
「はあ……」

 そっか……。バイトや派遣と違うんだね。私、経験上そういうのイマイチわからないからさ。ちょっと安心?

「それに」

 会長は腕を崩し置いていた煙草の灰を灰皿の縁で払い口にくわえた。少しだけ顔をしかめてせわしく吸い込むとワンテンポ置いてふうと吐き出す。紫煙が彼の上半身を一瞬覆った。


「私がキミを解雇するわけないだろう。せっかくうまくいきかけてるのに。台無しになるじゃないか」

 指の先で持ちかえると煙草を灰皿に押しつぶした。つい、もったいないなと思ってしまう。まだ相当残ってるのに。

「私は結婚しないよ。断言してもいい」

 腕組みをしてまっすぐ視線をこっちに向けた。

「恋愛事は向いてないんだ。見ていてわからないか?」

 ……まあ、そんな気はしてるけど。
 私もどっちかというと恋愛体質じゃない。
 それなのにこんなこというなんて変かな?
 よくわかんなくなってきた。

「……私のことより、キミはどうなんだ」
「え?」
「私よりキミにそういう相手が現れる確率のほうがよほど高いと思うが」

 
 そんな。

「まだ若いのだから。そうだろう?」
「そ、そんな人、いませんよっ」

 会長、知らないから、私のダメ男遍歴……。私が勢いよくテーブルを叩いたものだから、会長は面白そうに微笑んだ。煙草持ってないのに、持ってるみたいに右手をふりかざして、すぐに下ろした。

「だから将来可能性がある……。そういう話をしてるんだろう? 私としてもキミが突然『結婚退職』なんてことになったら困るんだが」

 けっこんたいしょく?
 ちょっと……話をすりかえないで。
 
「そんなこと、ぜーーっっっ……たいありえないです! 私は今の仕事がいいんです! 男なんかとデートするよりよっぽど楽しいんだから」
「私もそうだよ」
「え」
「私もそうだ。……女性と付き合って、最初はいいんだ。だが、だんだん……あるだろう? 束縛だったり、他の男との比較だったり、ちょっとした駆け引き……。そういうのがイヤなんだ。我慢できなくて切ってしまう」

 腕組みしてちらっと窓の外に目をやる。遠い目で記憶をたどってるのだろうか。
 それは……マヤさん?

「キミといる方がはるかに有意義だ」

 そうだろう? といわんばかりの強い視線。腕を伸ばしてケースから新しい煙草を出した。
 真鍮の透かし彫りのクソ高そうなシガレットケースである。
 ところで何故こんなのが出てくるんだろう? まるでキープしてるがのごとく。
 もしかして、お店のオリジナル銘柄とかあるのだろうか。
 どうしても煙草がやめられないセレブなおじさん向けに出してる……とか。

「キミと私は利害関係が一致している。私はもう女を抱く気はないし、キミは男と街を歩くよりこまごまと……身奇麗にして料理を作ってる方が楽しいんだろう?」

 にっと女の人みたいに微笑んで私の顔を覗き込む。固まってるとおやという表情になった。

「失礼。昼間だったな」

 姿勢を正してまた煙草に火をつける。ふっと窓に煙をぶつけた。

「それでいいんじゃないか? とにかく私がキミを解雇することはないから安心してくれ。それでも万が一……と不安がるなら、キミと個人契約を結んでもいいな」
 
 こじんけいやく?

「もし仮にキミの想像する事態になったらそれ相応の違約金を払うよ。それこそキミが安心して暮らせるだけの額を。約束する」

 ちょっと……。それって。

「今すぐにでも、弁護士を呼んで正式に文書化してもいいよ。いちいちそんなことで不安がられたのではたまらんからな」

 会長は実にうまそうに煙草を吸いながらそう結んだ。
 ありがとうございます、とも言えず私は黙り込んだ。
 ち・ん・も・く。
 こんなとき……やることといえばできるだけ自然を装うのみである。
 つまり、目の前にあるものをひたすら食らう。
 てかてかのフォークをマカロンに突き刺すと中のクリームがむにゅっと出てきた。

「実際快適な環境にあるんだ。今の仕事をスムーズに終わらせるために……キミは私に最低限の食事を出してくれさえすればいい。あとは何をしてもいい。必要なものがあればそのつど買ってあげる」

 何をしてもいい……って下におすそ分けしたら怒るくせに。なんかもやっとするなあ。
 エアーもやっとボールをぶつけてみる。
 じっと見つめられて、見つめ返すとふっと微笑。何かを含ませた視線である。私が会長の彼女なら『何? 何か言いたいの?』と尋ねるところだ。

「いや。付き合ってる男がいないのなら、キミの携帯の待ち受け画面の男は誰なのだろうと思ってね。……家族ではなさそうだ」

 どきーーん。しししし、知ってたの?
 私の携帯……いつ見たんだろう。
 私ときたら無造作に会長の目の前で取り出していじってたことがあったかもしれない。タクシーの中とか。
 見られてたんだ?
 白バラくん……。

「ち、ちちちがいますよっ、やだなあ、会長ったら」

 別に冷汗流すことなんてないのである。
 けれども私はあせりまくって、口からでまかせにこんなことをほざいていた。

「あ、 あれ、あの人、地元でちょっと話題の人なんです。あの、よくあるじゃないですか、待ち受けにしとくと幸せになるよーっていう画像とか。そそそそれなんです よ! だって、ほら、素敵でしょ? だから、みんな入れてますよ! 私みたいな、彼氏いない子とか、ちょうどいいの!!」

 なんて。実際携帯ふりかざして。我ながらひどい。
 でも地元の人というのはあってるわ。
 超美男子の彼。松江のお隣米子出身。名前は忘れた。
 

「ふふ。そうか」

 会長はさほど気にせずといった具合に紫煙をくゆらせる。私は携帯をポケットにしまった。どきどきして、指がスカートの裏地に引っかかってしまいそうだ。「そっ……」

「そうですよ! 会長もそういうのいれてみたらどうですか?」

 あーあぶねえ。焦るのも変だけども、もっと変なことに『あとで消去しとかないと』などとちっとも思わないのである。
 麗しいから消しちゃうのもったいないといえばそうなんだけど。
 幸せになる待ち受け。まんざら……口からでまかせでもないような? 一応ね、ハッピーをもたらせてくれた功績だってある。

 私は気まずさをごまかすのもあってひたすら食べまくった。そうして大方食べ終えるころ、お店の人がやってきて会長の傍で腰をかがめた。

「九条様。お車が到着しました」
「ん」

 会長は煙草をもみ消した。

「さて。出かけるとするか。キミはどうする? まだここにいてもいいが」

 いえいえ、一緒に帰ります、私は急いで最後のスコーンを飲み込んだ。ぬるくなった紅茶で流し込む。
 ああ、こういうとこが庶民だ。残して去ることができないのである。
 一方会長はコーヒーを半分ほどしか飲んでなかった。

「ありがとうございました」

 おじぎだけされてキャッシャーをスルー。ツケなの?? 私は籠を両腕で抱えて隠しながらエレベーターを待つ。
 ああ、吹き抜けが気持ちいい。
 私思うの。
 六本木ヒルズとか、ミッドタウンとか、東京に名所は山とあるけど女の子であればまずはここでしょ。
 この雰囲気。
 都会の空中庭園、天界の温室、空にそびえるガラスのピラミッドだ、まるで。
 乙女……のころあいは過ぎたけど、気持ち乙女な女の人で結構混んでいる。会社のようにリフトをほぼ独占……とはいかない。
 狭い空間に乗り込むと感じる。おばさま、おねえさまがたのチラチラ視線。
 会長はそれらを全く無視して、上から私の籠を持ったあたりを見つめていた。
 ドアが開いた。マンションのエントランスホールのようなモダンなつくりのロビーである。あんまりホテルっぽくないと私は思う。そこのモダンオブジェを通り過ぎたところで、会長は歩を止めた。籠をひょいと持ち上げる。
「月桂樹か。あんなところに生えているんだな。こんなに持って帰って冠でも作るのか?」中の月桂樹の葉に顔を近づけた。
 い、いえ、と口ごもる私にすっと籠を返して、「……ダフネーとアポロンのようにならないといいが」それはまた独り言のように聞こえた。

「お疲れ様です。会長。実はーーー」

 外に出るといつもの運転手さんが帽子を取って頭を下げ、会長に耳打ちした。
 広い無機質な車寄せにとまる黒いピカピカのレクサス。ドアマンさんもなじみな風にそばについている。

 彼が会長だって知ってる数少ないうちの一人だね。あとは掃除のおばちゃん、ガードマン、守衛さん……。
 そしてこの隣のホテルの従業員……。
 つくづくヘンな会社だ。そこまで正体隠す必要があるのだろうか。

「これから直接箱根に行くことになった。今日はもう帰社しないからキミは帰っていいよ」

 振り向いて言われて私は籠を抱えたままおじぎをした。

「いってらっしゃいませ」

 ほんの一瞬香る青臭い生葉の匂い。それはよく知るローリエの香りじゃなかった。

 部屋に戻ったのは4時前だ。月桂樹を入れたまま籠をカウンターの定位置に戻した。

 つい、おかえりと声かけてやりたくなる。籠自体は可愛いのだ。

 軽い気持ちで持ち出したのはよかったが……。
 
 よく考えたら浮きまくってたに違いない。会長はスーツだからいいけどさ、私なんて制服にこれ。あの子勤務中に何? みたいな。
 ああ、もやもやもやもや……。

 サバランが本に化けて、わらしべ長者か。
 

 そのりゅうちゃんの本をぱらぱらめくると、はらりと小さな紙切れが床に落ちた。

『今日はごくろうさま。よかったらレシピ交換しませんか?』

 きれいな手書きでそう書かれていた。メアドと、何かのURLとともに。


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