密室の恋3 その22

「かな、かなったら!」


「えっ?」


「どうしたの? さっきからずっとケータイ見て」


「あ、ごご、ごめん」


「もう頼んじゃったよ。かなはどうする?」


「えっ? あ、と、とりあえず同じので」


「あとでまた追加すればええやろ」


 彼らが案内してくれた店はあっきのアパートからすぐのごく普通の『中華料理屋』だった。
 いつもの店、なんて言うからお好み焼きかな?と思っていたのだが。広島だし。
 別にそれはそれでいいのだが、私ったらずっと携帯とにらめっこしていたらしい。

 感じ悪いよね。


『平気で携帯をいじってるし…いい度胸してるな』



 胸に寒い風が吹くと同時につい先日会長に言われたセリフが頭をよぎる。

 ヤバ。


 これだ。これがダメなんだー私。


「ごめん、つい」


「ふふ、彼氏から?」


 ドキ。


「ち、ちが」


「いやーん、超かっこいいじゃん!」


 開けっ放しの私の携帯を覗いてあっき。

 四人がけの小さなテーブル席に女二人並んで向かい側に彼氏、という構図なのだ。

 し、しまった、高広くんの画像…


「えー? 彼氏もどこかお出かけ中?」


 画像タイトル


『いざリゾートへ\(^o^)/』


……。


 ちがう…ちがう…ちがーーう!!


「ち、ちがうの! この人はえーと、会社の上司の弟さんっていうか」

「え?」


 あっきは目を丸めた。


「かな、前付き合ってた人じゃないんだ?」


「え?」


 今度は私がきょとん、だ。


「あ、そ、それは、も、もうだいぶ前に…」


「あ、そうなんだ、ふうん」


 そ、そうか。私の彼氏事情、知らなくて当然だ。

 私、東京に出てきてからの男関係、殆ど地元の子に知らせてない。

 いるかいないかくらいで。

 まだ付き合ってる頃、ちょっとその事はなしたくらいだから、そのままだと思われてても不思議じゃない。


「へー、それで今は会社の人の弟さんといい感じなんだ?」


 えっ?


「いや、そうじゃなくって、これは…えーーっと」


 しどろもどろに否定してると最初の一品がやってきた。「ハイ、お待たせしました」


「きたきた」

「えへへ〜、これこれ。かな、どうぞ」

 天ぷら盛り合わせだ。

 うまそー。

 でも天ぷら? 中華料理屋…だったよね?

 とふと疑問に思ったが、箸が動くほうが早い。


「いただきま〜す」

 揚げたての天ぷらのにおいごと、ぱくっと口へ放り込んだ。

「おいし〜。これ何?」

 まず衣は当然ながらさっくさく。中のものはこりこりして…肉汁といってよいのか…それが口の中いっぱいに広がって…じゅわわーー…

 なかなか噛み切れない?

「白肉天だよ〜」

「シロニク?」

「ミノミノ。焼肉でよく食べるじゃん? あれあれ」


 あっきも食べながら説明してくれる。


「ミノー?」

 私は焼肉の網にミノがのっかってる図を想像してみた。

 炭火の上で汁が下に落ちてはじゅーじゅー焦げてくミノ。

 あれはあれでうまいが、天ぷらにするとこんな味になるんだ。

 ほぉ〜〜〜。


「こりこりしてるでしょ」

「うん。ミノの天ぷらなんて初めて食べた〜」

 あっきはうんうん頷いて、

「前はさー中華って言うと麻婆とかエビチリとか頼んでたんだけどー最近はここへ来てこればっかりなんだー」

「うんうん、美味しい〜〜。ありがとっ」

「よかった〜。おやじメニューもたまにはいいでしょ。こっちは豚天ね」

 あっきご満悦。

 これ食べさせたかったのかな。

 豚天の方も美味である。

 中華料理屋さんのメニューでこんな…ご当地グルメってやつだろうか。

 よく言われることだが、おっさん御用達のこういう店にこそ逸品が潜んでいるものだ。


「なあ、いけるやろ」

 彼氏も満足げである。

「俺もこれここ来て初めて食うたんや」

「へーそうなんだ」

「広島じゃポピュラーなんやな。この前居酒屋にもあったで」

「ビールに合いそうですね」

「お。いける口? 飲んでもええよ」

 いえいえ、一応仕事なんで。と首を振ると彼氏は笑った。

「最初は白肉て何や? 思うたけどな」

 白肉。

 ミノか。

 これは何やら使えそうなメニューである。

 男が好きそうなメニュー、いわゆるゲテモノ系。

 それに男ってやっぱ揚げ物好きだからさ。

 今度会長室で若手の子集めてプレゼンの前練習やるって言ってたからその時のつまみにどうだろうか。

 ミノに天ぷら粉つけて揚げればいいんでしょ?

 などと。

 つい職業病だろうか。

 頭が勝手に料理の手順をシミュレートするのだ。

 フムフム…

 くちゃくちゃ口を動かしつつ固まる私の前をあっきの手がよぎった。


「みっくん、携帯かして〜」

「ん」

 すんごい早業で何やらいじくると、「もしも〜し、あたし・・」おなじみの八宝菜やレバニラも届いて彩り豊かなテーブルの上にスマホをかざした。「ランチなう〜」 次に隣の私に向け、「今日はかなも一緒デース」

 なになに?

 ビデオ通話か。

 とっさににこっとする私。

 ピースまでして。

 慣れとは怖いものだ。

 あっきは立ち上がると彼氏のそばに寄った。


「これから山口にいってきまーす。角島でいか買ってくるね♪」

 と、ケータイの前で彼氏と頬寄せ合ってにっこり。

「やだ〜。向こうもランチだって〜〜」

 ケータイから何やら音声が漏れる。

 懐かしい松江訛りの言葉だ。

 あっきは楽しそうにやりとりして、携帯を置いた。

 どうやら相手は親らしい。

「あっき、なに〜? おばさんと?」

 私は尋ねた。


「そうそう。お母さんスマホにしてさ〜。みっくんのと同じだからしょっちゅうやりとりしてるのー」


 え、もうそんな仲なの…

「みっくんと一緒にいるとこ見せたらお母さんすんごい喜ぶんだよね〜」

 なるほど。

 彼氏かっこいいから…

 落ち着いた感じだしおばさんも安心なのかな。

 前彼のようにちょっぴりやんちゃ系とかじゃなく…

 見ていて安心を覚える彼氏? フフ。

 などとつい母親の立場で考える私である。

 なんとなくわかる気がする。

 安心というか得体の知れない不安を感じなくて済むというか…やっぱ男も見た目よね。

 それに。

 人前でいきなり携帯かざして。

 なんて別に私だけじゃないじゃん。

 彼氏も全然怒んないし。

 ていうか楽しそう。


 何この差…ブツブツ…。

 誰にぶつけるでもない不満がフツフツと湧いてくるのである。


「俺も親父にこれ見せたんや。そしたら『ミノか。そういえば昔どこかで食った覚えがあるで』言い出してな。探してきとんねん。大阪の店らしいわ」


 とスマホをいじりながら彼氏。

「へえ〜」

「気に入っとるみたいや。こないだもお袋連れて行ってきてん。その店じゃミノ天いうらしいけどな」

「そうなんだ〜」


 ハイ、文句なし。

 もうひと皿追加〜。

 オシャレには程遠いが『きたなトラン』ほど薄汚れてもなく、実になんでもない普通の店だったが。

 その後皿うどんやラーメンも追加し、私はとっても満足したのだった。

 新レシピげっとぉ〜〜。
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密室の恋3 その23

「遠いなあ……」

山口を中心とした道路図を改めて見上げてため息が出た。
何が遠いかというと広島市と広島空港の距離だ。
こんなに離れてたんだ。
よくもしゃあしゃあと迎えに来させたな、私。
しかも全部高速だ。
広島空港〜広島市に入ったところで一旦市街地へ降りて昼食。再び高速へ……山口〜宇部。そこで高速を降り私を下ろしてまたまた高速……目的地の長門湯本温泉へ。
うわー。全然『ついで』じゃないじゃん。高速降りたりのったり……走行距離何キロになるんだろう。ひーー……。
「あともう少しやな」
彼氏がやって来た。
ランチ後山陽自動車道をひたすら下り、下松サービスエリアでちょっとひといき中の私たちである。あっきはトイレに行っている。
「どうもありがとうございました。わざわざ迎えに来ていだいて」
今更ながら再度感謝の意を述べる。何この変わり身の速さ。こんなに親切な人だって思わないからさ……。ひたすら頭を下げるしかないの。彼氏は全然気にしてない様子だ。むしろかしこまってお礼を言われたことにちょっとびっくりしてる感じ。
「遠いなあって思って」
「え、何が」
何もかも。こうして地図見ると自分がありんこ程度の存在だってのがよくわかる。私は車を保有するどころか免許すら持ってないのだ。会長のように金持ちでもないし。はあーー……。
「明日は実家に帰ろうと思ってたんだけど……バス出てたかな」
「バス? 松江まで? バスはないやろ」
やっぱそうか。ぼんやりバスで帰ろうなんて思っていたが。東京に戻ったほうが無難かな。
「なに、帰るん? バス乗り継ぐんやったらJRのが断然早いやろ。特急が走っとったはずや。スーパーおきやったかな」
スーパーおき(笑)! なんてローカルな響きなんだ。
「そんなのありましたかね」
「あるで。鳥取行きか、米子止まりか。明日遅いん?」
「うーーん、3時くらいかなあ」
「夕方新山口発がなかったかな。2、3便あったと思うで。そんなかからんはずや。4時間切るで」
……それは確かに早いな。しかしそれでも4時間弱。笑っちゃうわ。おーい何が『キミにとっては庭だろう』なの。会長…。
「夕日見れるんちゃう? 日本海の。益田〜松江……ぎりぎり見えへんやろか。山口線が時間かかるねん」
「夕日かあ」
そういえばそんなもん見れるんだあ。ずっと海岸沿いだからね。しかし恐ろしいほど何もない沿線だ。
「山陰本線て絶景続きやろ。地元のもんにはそうでもないんか? 俺なんぼでもシャッター切ってしまいそうや」
そうかあ。夕日なんてあんまし見ないなあ。ノリで出雲まで初日の出を見に行くくらいだ。観光ポスターでよく見る『宍道湖に沈む夕陽』あれもじっくり見たことないかも。うち沿岸部じゃないし。
「津和野で時間潰してもええかもな。うまい駅弁あったやろ」
「駅弁?」
「ああ。ちらし寿司のような……炊き込みのなあ」
へええ。なんか美味しそう。でも……。
「津和野かあ……」
私が大きなため息をつくと彼氏は笑った。
「なんやなんや……つまらんか? 津和野」
「まだ山口の方が時間潰せそう」
そう返すともっとおかしそうに笑われてしまった。「あっきも同じ反応やったで」彼氏の目尻にシワが寄る。もちろんおっさんのシワじゃなくて素敵な笑いジワだ。その笑顔チョー素敵だ。
ちなみに私の男のチェックポイントのひとつに髪の色と質感がある。この人みたいな感じだとホントベスト。深いこっくりした栗のような色で耳のところでぐりっとうねってる。この格好良いカール具合。直毛を耳のところでまっすぐ切りそろえてるのはあまり好きじゃないのだ。髪の色も真っ黒よりはブラウンだ。今の会長の髪の色から気持ち黄色が増した、美容室でカラーしてもらうときに見せてもらうカラーサンプル一束分くらい明るい感じ。イケメンて髪の色も重要よね。
「君ら津和野に冷たいな。同じ小京都仲間やん」
彼氏はそんな私の品定めなど気づくわけもなく苦笑した。
小京都……ねえ。
「道後に行く前にな『津和野はどうや』きいたんや。そしたら、『津和野に何しに行くん?』言われたわ。即答やったで」
そっか。でしょうね。あっきもむやみやたらルンルンしてるわけじゃないんだ。
「津和野……立派な島根の観光地やろ。女の子好きそうやけどな」
そう。津和野は山口だと思われがちだが、島根県なのである。
山陰の小京都? SLやまぐち号? それがどうした。悪いが私も同様の返事をするだろう。
山あいの小さな町である。昔ながらの古民家が数多く残っていて、道ばたには鯉が泳いでたりする。
たしかに風情はある。だが実際古民家が実家な私(笑)には津和野で一体何をするの? なのだ。
正確には古民家なのは実家のおじいちゃんとおばあちゃんの住んでる母屋だが。
いまだに囲炉裏(笑)かまど(笑)井戸(笑)健在で、そんな家近所にごろごろある。
つまり松江市の外れもいいところなのですよ。
そういう家に住んでてわざわざ同じようなところに旅行に……同じような民家にお金だして泊まろうなどとは思えないのである。
さすがに最近はかまどは封印してるが。
代わりに電子レンジなる文明の利器が登場し、それと囲炉裏で暖房も料理もこと足るという。
まあついつい(笑)なんてつけてしまうが、中々捨てたもんではないのだ。
滅多にないけど断水時とか停電のときとか威力を発揮。同じ敷地の我が家族も助かるのである。
囲炉裏に食材を突き刺しておけば30分後には炭火焼ができてるしね。
天井すすだらけだが害虫寄けにもなってるし。
真冬でも囲炉裏に火を起こしておけば家全体があったかい。
がらんと広いのでごろごろするにはうってつけである。

『またこんなところで寝とる。ねこみたいなやっちゃ』

なんてよく足で蹴っ飛ばされそうになったもんだ。
私のニャンコロ属性はそんなところから来ているのかもしれない。
タクシーで会長によしよしされてる自分の姿を思い浮かべてそう思った。

「お寿司かあ……美味しそう」

たまにはJRの旅もいいかも……なんて思えてきたりもして……。
この人うまいね。仕事何してるのか聞いてなかったが、JRの人じゃないよね?
会長もこんな風に言ってくれればいいのに。

『津和野に美味しい駅弁があるだろう? それを食べながら夕日を見ていれば3時間少々の旅なんてあっというまだよ。益田からずっと綺麗な海岸線が続くんだ。停車中にシャッターを押すと旅の記録にもなるだろう。カメラは断然一眼レフだね』

なあんてね。
ナイナイ。
そもそもスーパーおきなんてローカル中のローカルな列車知りもしないだろう。

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