密室の恋3 その24

あっきが戻ってくると 彼氏は何か買ってくると言って建物の方に向かった。私たちはテラスに座ってそれを見ていた。
「めっちゃいい人じゃん。いいなあ、あっき」
「えへへ、でしょ。いつもあんな感じ。この人怒ったことないんじゃないかってくらい穏やかなんだ」
「へぇー」
なんて唸っちゃうよね。そんな人いるんだ。
「車で遠出してもさ、見る景色が違って見えるんだよね。あれ、こここんなだったっけ? こんな店あった?とかさ。ゆったりしていられるの」
うーん。それは、前彼との比較かな。前彼はチャキチャキしてて面白い人ではあったが、ツーといえばカー、つまらんボケは許さへん、て感じだったわ。関西人じゃないけど。
一方現彼氏は遠くでお馴染みのものを買ってくれてるようだ。
「頭の中流れる音楽が変わった。悲しい曲がどこかへ消えて思い出せなくなったの」
「ふうん?」
「リクエストなんでもいい、言うてもやっぱこれやろ。な、ハイ」
「わーい、ありがと」
みかんのソフトクリームだ。
「きゃー安定の美味しさ」
「久しぶりだわー」
ドライブでだれた体にはコレでしょ。甘ったるくなくてシャキッとするんだよね。
「しまなみでも食べたよねー、みっくん。ジュースも美味しかったなー」
ハイハイ‥‥。みかんソフトを食べているにもかかわらず手を握って。ラブなひとたちだよ。何なのこのワザ‥‥。


西の果て下関の手前、美祢インターが近づいてきた。
「うわ、なつかし」
「よく遊んだよね〜この辺。あと、秋吉台とかさ」
つい私が呟くとあっきが振り返った。山口のこの辺りはかつて私たちの『庭』だった。
「なつかしーねー、あのころ‥‥若かったわあ。うちらも年取ったなあ」
「なんや、年寄りみたいに。ほんの 5、6年前やろ」
彼氏が笑いながら言った。
「ちがーう、私、高校出てすぐ免許とったもん。やから、10年近く前。練習にって高速使わせてもらいました」
そう。帰省すると地元友とドライブ。私は乗せてもらった口だ。
「おなじみ宍道湖一周もね」
「そうっ、そうそう。初ドライブはそれだよねー、うちら山陰の民は」
「あはっ、そうなんや。俺らで言う琵琶湖一周みたいなんがあるんやな」
あっきの初車。それは小さな中古の軽だった。おっかなびっくり(ヤンチャ系)女子旅。ヤンチャな男子にちょっかい出されたこともしばしば。それが今はこんな素敵な彼氏の運転で。感慨深いわ。
「俺の初ドライブは九州やったわ。虹の松原もええで。ほんま車あると誰もじっとしとらんねん。思い立って小倉に飯食いに行ったり、訳もなく阿蘇の蕎麦街道抜けたりな。なかなかおもろいで。景色が違うねん。今度連れてったるわ」
「わーい」
この彼氏。何がいいって独特のこのイントネーションが心地いいねん。神戸と福岡と広島のいいとこ取りしたような、柔らかい関西弁なのだよ。間違っても任侠系じゃおまへんで。当時上京したての私にはクソ田舎としか映らなかった風景の筈なのに‥‥のどかで優しい‥‥何だかジブリの世界にいるようだ。




「えー、ここ?」
ナビの案内通りに到着した場所は‥‥海と川の混じるだだっ広い空き地というか草っ原というか‥‥コンクリートの門構えらしきものの前に車は止まった。
ここでしょうね。奥にビルが見えるわ。
「どうもありがとうございました。あっき、わざわざ寄ってもらってありがとー。またメールする」
「うん。こっちこそ。久々会えて楽しかった」
「じゃあ、彼氏さんとごゆっくり」
と、ニコリ。行こうとした私の腕をあっきが引っ張った。
「かーな、東京のカレ、今度紹介してよっ」
えっ‥‥。
「じゃあねえ、バイバイ」
るんっと振り返り、車に戻った。
違うんだって。
反論する隙もない。
荒地の向こうから人々が現れた。
「遠路はるばるようこそ! お待ちしておりました」
中年のおじさんたちが、にこにこ手を合わせてやってきた。
途端に空気が変わった。
荷物を置いて古ぼけたビルの向こうに広がる敷地を案内してもらう。コンクリのブロック塀がちょこちょこ連なり何かの跡地のようだ。
「今はこんなですが、昔は立派な計画もあったんですよ。遊園地になる予定でした」
「はあ‥‥」
そういえばそんなこと書いてあったな?
顔に出さないように記憶を辿る私。
おじさんたち四人。長い昔話が続いた。
「‥‥それはもう私どもの悲願でして。会長様にお声をかけていただいて生き返った気持ちです」
ちょっと会長、こんな小娘に重すぎやしませんか。私は 精一杯口角を上げ頷いた。
「あのう、すみません。これ‥‥目を通しておいてもらえますか」
「はい」
「事業計画書というか、要望書なんですが」
と資料を渡された。
「明日の視察まで是非お目通しを」
視察‥‥。息を吐き、受け取ったオレンジの表紙に視線を落とした。
なんだこれ。

『(仮)オエビランド 開発事業実施計画書』って書いてあるぞ。
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密室の恋3 その25

「うー、なんて書こう」
 
ビジネスホテルのような一室に通されて、壁際のコンソールにてタブレットをつないだ。
とりあえず報告、だよね。
社内クラウド‥‥はめんどいからメールで失礼。

『無事到着しました』

すぐに返信が。お、今PC中か?

『ご苦労様。今日はゆっくりしていなさい」

『会長、こんなのもらっちゃったんですがどうすれば?』

ちゃちゃっと(仮)オエビランドの画像を転送。
言葉考えるよりこれの方が早い。

『目を通す程度でいいよ。君は君の視点で思ったことを報告してくれ』

はあ‥‥。さらっと言ってくれちゃって。

『君がいつもブログに書いている調子でいいんだよ。施設の様子を撮って送ってくれてもいい、君がそれについてどう思うかそういう普通の感覚が欲しいんだ』

ブログねえ‥‥。それならお安い御用だ。
けど、一応社員だし。
ただのモニターなら好き勝手言えるのに。
んん、て、ブログ!? 
そういえば会長も我がブログの読者だった!
ひー、恥ずかしー。

『ブログブログ言わないで下さい(ていうか読むなよ)!わかりました。次は明日以降ということで』
『OK。楽しみにしてるよ』

PCの向こうでニヤついてる顔が浮かんだ。
毎度のことだけどなんかくやしーわ。
手のひらで踊らされてる感‥‥。



「ここは夕日が綺麗なんですよ」

車は海岸線に出た。

「うわ、キレイー」

海も空もオレンジの世界。光の束が降り注いでる。割と有名なこの辺の夕日スポットである。
いやめっちゃすごいじゃん。こんなに夕日らしい夕日はそうそう見ないよ。山陰に住んでると宍道湖の夕日が見れていいねえなんて言われるが宍道湖ばっかり見てるわけじゃないから!
高いパームツリーの醸し出すリゾート感。一帯が綺麗に整備されていて人も結構いる。

「さあ、どうぞどうぞ」

そこの小洒落た建物で私はおもてなしされるようだ。
入り口に人が立っている。

「はじめまして。高田です」

若い男の人が名刺を差し出した。おじさんの内の一人と同じ苗字‥‥。「僕が案内します」ドアを開け私は席にエスコートされた。
中は貸切で夕日を望むテーブルは品よくセッティングされている。

「ワインをよろしいでしょうか」

給仕さんに丁重にお辞儀されて。
ワオ、もちろんですとも!
お任せのワインがグラスに注がれる。

「乾杯!」

素敵〜。
こんなレディーな扱い久しぶりかも。
いや‥‥初めてかもしれない。
会長と一緒の時を除いて。

「全部うちのエビなんですよ。今日は特別に調理してもらいました」

高田さんが隣に座って説明を始めた。「車海老とジャガイモのコンフィです」
その周りにおじさんが三人。

「ウチのイチオシなんですよ。どうですか?」

どうって美味いに決まってるじゃん!
鮮度抜群ピチピチのエビをコンフィ!揚げ物や炒め物とは全然別の味。低温オイル蒸し煮よね。この調理法考えた人すごいわ。

「美味しいです」
「よかった。こちらもどうぞ。レモンをたっぷりかけて」

スクイーザーをぎゅっと絞って、すくもエビのフリットへ。熱い衣から爽やかな香りがふわーと上がって、ハーたまんない〜。

「養殖のメインはちょっと品種が違うんですが、どうです、これ、歯ごたえよくないですか?」
「ええ」

すくもエビは会長に出したことがあるわ。
白っぽくてモチっとしててしんじょやがんもに混ぜてもイケる。
そんなに海老海老してないのでエビ嫌いにもオススメ。

「きれいですねえ」

窓の向こうの夕焼けにうっとり。いよいよクライマックスよ。

「ここは人の手が入っていいんですけどね」

海じゃなくて九州に沈むの。低い山並みに差し掛かり光り輝いたかと思うと急激に明度が落ちる。オレンジからグレーへ。高田さんの口調も少しトーンダウンした。

「養殖がやっと軌道に乗りそうなんです。でもどうにも不安が拭えなくて。それだけでこの先やっていけるかどうか‥‥」

そうよね。
あの廃墟のような有様じゃね。
そのための設備投資なのだ。

「計画書見ていただけました?全体的な見直しをということでしたのでー」
 
おっと、きたな。

「は、ハイ」
「どうでしょう?  我々の希望はそういうところでして」

会長に取り上げてもらえるかってこと?
わかんないよ。私には。
てか、オエビランドて。
ざっと見たところエビの釣り堀のある複合施設といったところだが。
会長はエビが嫌いなんですよね‥‥特に小エビが。

「‥‥のように大人から子供まで楽しめるスポットにしたいんです」

気持ちはわかる‥‥でもちゃんと言っとかないと。
私の専門はそれじゃない。

「申し訳ありません。私は管轄外なのでお答えできません。施設の件につきましては後ほど担当の者が改めてご挨拶に伺うと思います」

そっちに言ってくりー。多分まともな人が来るだろうから。
はあ、管轄外なんて初めて口にするわ。

「そ、そうでしたな!市川さんは会長様へお料理をお出しされているんですよね。申し訳ありません。ついペラペラ余計なことを」

おじさんの一人が口を挟む。

「い、いえ」
「何でも重役会議や重要取引での会食もこなされているとか」

そ、それは。間違いじゃないけど。

「私らには雲の上の出来事ですな」
「そんなことは」

一体どういう風に伝わっているのだろう。多分おそらくおじさんたちが想像してるよりだいぶゆるーい感じだ。「え、そーなん?」高田さんがキョトンとした顔で見てる。
あーもう認めちゃえ!
どんな経路を取ろうともそうなっちゃったんだから。会長のお墨付きよ!
私は会長料理人&ブロガー!
ヘイヘイ、ちょいと失礼ーー。
私は携帯を取り出し、料理にカメラを合わせた。
カシャ。
やっぱこれよ。いつもの。
じゃんじゃん持ってきてくれい。

「お、おお、ではとにかくエビを食べていただかないと」

大皿がやってきた。
伊勢海老だー。
言うこと言ってすっきりしたわ。いただきまーす。

「全国的には全く知られてませんがね、近辺のホテルにもう10年以上下ろしてます」

うんうん、わかるわ。伊勢でなくともイセエビは育つ!
うまければ良いのだ。
湯引きした肉のプリプリ甘いこと。
思い出すなあ‥‥会長に捌いてもらったっけ。
ガーリックシュリンプもつまむ。
おじさんたちに囲まれているのに気にせず手掴みだ。

「天使のエビってあるでしょう?アレを狙って改良中なんですよ。どうでしょう?」

天使のエビ。ニューカレドニアかどっかのめちゃ高いエビ?聞いたことはあるけど食べたことはないなあ。会長、エビが嫌いなんだもん。

「いいんじゃないですか。あれって高いですよね」

知らないけど言っちゃう。

「ええ。価格はもっと抑えられますよ」

そうなんだ。うまうま〜。
図表をさっと出された。ナニナニ?
エビの種類別全国市場相場だって。

「このエビを量産できればご提示いただいた食品加工に回せると思ってるんです。どうでしょう。海老チリやグラタンに程よいサイズでーー」

きた。
それよ、それそれ。私に任されたお仕事。
このエビ使ったメニューを考えるのかー。
なんか楽しそうじゃん?

「バナメイやブラックタイガーのようなインパクトがほしいんですわ。味には自信あります。実際いくつかのレストランでの実績も上がってきてます」
「そうですか。何たって国産ですものね」

みんな頷く。それが強みよね。よし、頑張るぞー。

「ウナギの養殖も始めたんですよ」
「ウナギ?」
「日生のシャコウナギはご存知ですかな」
「いえ」
「児島湾のシャコを食べて育ったウナギですよ。これが実に美味いんですわ」
「へえ」

なにそれ。うまそう‥‥。日生って岡山ね。

「ケ◯ミンショーでやったっちゃよ、高級魚で全国から食べに来ると」

高田さんが身を乗り出した。
興奮するとお国言葉が飛び出すものだ。
山口人の場合は語尾にちゃをつける。
久々に聞くわ。

「あれをうちでも育てたいっちゃ。ウナギの味が違うんよ」

わざわざ食べに行ったのかな。
ウナギ美味いよね〜。
‥‥会長のブラックリストにあったかも?

「画像使わせてもらってもいいですか?  実は私ブログやってまして」
「ええ、是非。実は私もやってましてな‥‥見ませんか?日生のウナギ」

シャレオツなレストランでおじさんにスマホ見せてもらう‥‥。
立派なウナギの姿とうな重‥‥美味しそうっ。

「これとこれ‥‥ああ、穴子の天ぷらもうまいんだ」

ふんふん。おじさんは揚げ物コッテリ好きか。
天ぷら、そういえば‥‥

「お昼にミノの天ぷらを頂いたのですがとっても美味しかったです。ご存知ですか?」
「おー広島の?知っちょるよ、ビールに合うんよねえ」
「わかるー」
「タレ付いちょるやろ。俺は塩がすきっちゃ。あれは揚げたてやないとあかんけどな」
「うんうん。皆さんいつもエビや鰻食べれていいですね」
「やー、いつもやないっちゃ。こんなん贅沢品すよ」

やっぱ私の本業は食い物‥‥料理があればなんとかなる!
リゾット、パエリア、生海老、海老チリ‥‥出てくる出てくる、居酒屋か!
和洋折衷、美味しいものに囲まれてし・あ・わ・せ〜。
ラストはシンプルにアイスときた。

「かき餅にアイス付けて食べると美味しいんですよ。会長にも時々お出しします」
「煎餅か?えびせんならあるっちゃ。持ってきましょうか?」

高田さんのセリフと同時に人が動いてさっと出された。
薄いピンク色の揚げ餅。お花の形してカルディの花せんみたいよ。「道の駅にも出しとるんよ」
アイスをのっけてパクリ。サックサク〜。甘いアイスにしょっぱいエビ風味がベストマッチ。この甘辛ミックスって言うんですか?これももはや定番よね。「どうぞ」高田さんにもおすそ分けして。会長の普段のランチ画像を見せてみる。

「へええ、会長さんはハイカラなもん食べられるんですねえ」
「こりゃ誠二、会長さんはまだお若いんじゃ。そうですよね?」

おじさんにチャチャ入れられて。
ふうん、この二人、やっぱり親子だったんだ。
そういえば‥‥なんとなく似てるわ。
 

部屋に戻り とりあえず画像をクラウドに保存。
土産にもらったおせんべいぽりぽりやりながら眺める。
エビエビエビ‥‥見事にオールエビだ。

「これ普通にお店で食べたらいくら位するのかなあ」

素朴な疑問が。
一万くらい?
やっぱ出張の醍醐味はこれよね。完全おごりの接待!
ウナギも美味しそうだったな。
日生のウナギ‥‥検索して‥‥マジでシャコ食いのウナギなんているんだ、さぞかし贅沢な食肉を蓄えているだろう。会長甘辛いタレは苦手そうだから‥‥天ぷらにして山椒塩を添えれば和ランチに出せるかも?
おじさんにもらった画像も保存しとこう。何かに使えそう‥‥
は、いかん、ブログじゃないんだ。つい、せんべいが進んでいつもの調子に‥‥やめられない、止まらない。
本番は明日だ。
その後ちゃんと編集しますから、それまでこれは見ないでね、会長‥‥。

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密室の恋3 その26

雲ひとつない真っ青な空にいつの間にか飛行機雲が流れていた。
かなり高い。
この白い線のはるか延長にまします我が君‥‥
今日は千葉でゴルフか。
しれっと週末ゴルフに予定変更。本当は会長が来るはずだった私の出張‥‥
なんかもやっとするんだよね。ひょっとして、してやられたり?
イヤイヤそんなことは‥‥
ゴルフったって接待だし、つまんないに決まってる。
スーツじゃない会長みてみたいなあ。どんなふうにプレイするのだろう。nice shot なんて言ったりするのかな。
「いつ飛行機が通ったのかな。もしかして戦闘機?」
ふと思いついて言ってみた。広島の近くに米軍基地があったはずだ
「え、岩国の?いや、ここは滅多に通らんよ。多分福岡ー東京とかそんなんでしょう」
ふーん。そうなの。
「東京の人には珍しくないでしょう。そこの空港から飛んでる便もすごく少ないですよ」
と、高田さんは遠くに見える空港を首で指した。
「戦闘機‥‥見てみたいな」
「見たいですか? 時間あったら岩国連れて行きましょか? 運良ければ見れるよ」
「え、いいんですか?」
「もちろん、もちろん。詳しいヤツに聞いときましょうか、出没ポイント。えーとあれどこやったかな、夏‥‥海で泳いでたら真上を横切っていったことあったな」
「へえ」
岩国か。それもいいなあ。また広島経由で帰ろうかな。
でも飛行機‥‥。帰路のことを思うと頭が重いわ。
こっそり新幹線で帰っちゃおうかな。時間かかるけど東京終着だから寝ちゃってもいいし。
「市川さん、足場気をつけて」
「はい」
ビルの裏に出た。広い緑地のずっと向こうに丸い池が連なっている。
えーあれがそうなの?コンクリートのプールを想像していた。
「エビというよりまりもがいそうですね」
私は言った。
「まりも?ここ山口っすよ」
ははっと呆れ顔で返された。
ごめんなさいね、幼稚な発想で。
「ここの景色スターウォーズのセットにちょっと似てませんか」
「え、どこが?」
高田さんはキョトンとしてゆっくり顔を回した。そしてほう、と頷いた。
「あーー、砂丘っぽいところがね。ファントムメナスでありましたね。土塀というか門みたいなセット。見えなくもないけど」
無理して褒めてくれなくてもいいですよ、と苦笑。
お世辞じゃなくて何故かスターウォーズが浮かんだのよ。
「何、そういうの好きなん?」
いや、全然。
‥‥実は私はスターウォーズを観たことがない。具体的な話されてもわかんない。予告編程度の知識しかない。ファントムメナス?何それ星の名前?というレベルだ。スターウォーズどころかアバターもトランスフォーマーも観てないし。『‥‥それでも日本人?』て友達に呆れられたくらい、SF苦手人間だ。関係ないっしょ、とにかくダメなの!宇宙にジェット機飛ばす意味がわかんない、宇宙船型なんてもっと駄目、いやいや海じゃないんだから船はないだろー、てな具合に全く入っていけないの。ガンダムとかロボットアニメもダメね。 宇宙空間になぜロボットが?大気圏とかどうやって突破するの?などとそっち系のオタである兄に疑問をぶつけたところ、『ロマンのないやつ』と一瞥された。‥‥オタクに言われたくない!ロマンじゃなくてロマンチックでしょ。それは大好物よ。
「テーマパークでこういうとこあるじゃないですかー」
言い方を変えよう。ディズニーランドのカリブの海賊とか、USJとか冒険物のね。
「スターウォーズ?テーマパーク?へー、高いところで仕事してる人は見所が違いますね」
え?
「50階、でしたっけ。見る世界が違うんでしょうね。俺も一度拝んでみたいなあ」
そそそんな。バベルの塔みたいに言わないで。
「スターウォーズか」
変なこと言っちゃった‥‥私は仕方なく角度を変えて全景をカシャカシャカシャ‥‥。
思いの外いい景色だったから。崖をグリーンが滝のように覆っていてワイハ〜の離島と言えなくもない。向こう岸ではカラオケ大会でもしているのかな。歌声がガンガン響いて、『♪ぼくーらーいーまーーはしゃぎすぎてるーなつのこどもさー♪』山Pのモノマネみたい。プ。なんてのんびりしてるんだ。
「昔、遊園地を誘致してた頃の話じゃバイオパーク?っていうんかな、植物園併設の遊戯施設みたいなもんだったらしいんよね。水族館やらサファリやらはみんな他に持って行かれて」
それが一体どんな変貌を遂げるんだろう。私の報告にかかっているのかな。まさかね。私の担当はエビの料理よ。
「まあ、今更遊園地を、なんて思ってませんけどね、ははは‥‥」
それでもどう転ぶかわからないよ‥‥ 本当にうちの会社は。
「高田さん!」
私は声を上げた。
「はい?」
「明日のことは誰にもわからないんです。駄目元です、思ったことは形にしましょう!」
「はははい」
ちょっと何言ってるかわかんない‥‥だけど私は続けた。
「私だって‥‥今はたいそうな肩書き頂いてますが、元々は派遣だったんです。それが(なんだか知らないけど)今ここにこうして来てます。これってすごいことなんです。だから、高田さんもあきらめないで夢はでっかく持ってください!うちの会社(変だけど)請け負ったものを途中で投げ出すようなことは絶対ないです(会長がそうだから)! 話もちゃんと聞いてくれます(威圧的だけど)」
「そ、そうなんだ。市川さん、派遣だったん」
「ええ」
なんだか随分余計なことを言っちゃったが。 高田さんは目を丸くして唸った。
「へええええー、すげーなー」
コーヒーのおかげだってこと言うと別の意味のスゲーになるんだろうな。まあ言わないけどさ。
「ここだけの話ですよ」
「は、はい」
あんまりスゲースゲー言われても中身はないのだから。おじさんたちには言わないでね。
「じゃ、自慢のエビたちを見てもらいましょう」
遠くに見えてたエビの養殖池に到着した。
「いっぱいいるー」
食用プラス観賞用、品種改良用‥‥昔は子供に分けてあげてたりしたんだって。近所の子供の遊び場だったらしい。危ないので今は立ち入り禁止だと。
「どうです、立派でしょう」
伊勢海老‥‥この不思議な形。甲殻類とはよく言い表したものだ。SFチックなボディ、ちっちゃいバルタン星人というか。実はこの池は異空間につながっていて、エビたちは地球乗っ取りのために送り込まれた先遣隊なのだ。食べられることによって使命を果たす。血液に体液に細胞にじわじわ浸出するアルファーエビエキス、やがて誰もそれと気づかないうちにまんまと体を乗っ取るのだ。hahahahaーー。と、こんな新解釈ストーリーはどう?宇宙空間でどんぱちするよりわたしにはしっくりくる。
「この辺でちょっと休みますか」
一通り見て回って少し休憩、おじさんたちは次の準備をするため建物に戻っていった。
飛行機が空港に着陸していく。瀬戸内の波は穏やかでキラキラ揺れている。
ホントぼーっと過ごすのにぴったりな場所だ。
おじさんたちゆるゆるした視察で拍子抜けだろうな。会長が来てたらこうはいかないわ。
「‥‥市川さん、昨夜親父と話したんやけど、よかったらうちに来ませんか。ご馳走しますよ。大したもんないけど」
「えっ、いいんですか」
「ええ。お袋がいい肉が手に入ったけん、天ぷらしようか? って。ほら、昨夜言ってたでしょ、ホルモンの」
え、嘘、ラッキー!私はウンウン頷いた。
嬉しいー天ぷら大好きー。人の家で食べるのは久しぶりだわ。
「ええ、実は水曜日まで休暇取ってるんですよね」
「へーじゃあのんびりできるじゃん。飲みすぎてダウンしても泊まっていけばいいっちゃ」
「え?」
「いける口でしょ、市川さん」
高田さんは手をくいっとやってウィンクした。
バ、バレてた‥‥?ハハハ。「あ、お袋、あのさ、昨夜の話ーーー」携帯でおうちに連絡を入れた。
「今日は暑いねえ。喉乾きませんか」
「ええ、すこし」
「俺、飲み物持ってきますわ」
高田さんが離れて、私はテクテク池のほとりを歩いた。中でエビがちょろちょろ動いてる。携帯をかざし、写メろうと構えて、あっと驚いた。
ーー青いエビがいる。
さっと他のエビの下に隠れた。
ホントに?
脱皮した殻がそう見えたのかな。
池を覗き込んだ。
ーーいた。
確かに青い!
ズーム!
あー、イマイチ弱いわー。あっきの彼氏のスマホが羨ましいわ。逆光でよく見えない。
ブロガーのサガなのか‥‥私はケータイの画面に引きずられるようにズンズン足場の悪い縁に身を乗り出してしまった。「わっ‥‥」
足がグニュっと泥土にはまり、体のバランスがどこかへ飛んでいった。
「わわわわわーーーー」
ザッパーーーン‥‥
そのまま豪快にダイブした。
「うわっぷ‥‥」
何ここ結構深いーーー
「た、たすけ‥‥」
何とか顔を出して縁に手を伸ばすが届かない。
「たすけてーーー」
叫んだ。
エビが体に当たってチクチク痛い。
ひぃーこっちくるなーーー!
「だれかーーー」
やだやだやだやだすっごい数いるじゃん!
コ、コワイッーーーー

たすけて

なるあきくん‥‥
























 

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