スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -

密室の恋3 その6

 思い立ったら即行動ーー。
 私のとりえね。
 こればっかりは今も昔も変わんない。
 脳細胞より手足が先に動いちゃうわけだ。まあ、考えが浅いといえばそうなんだけど。
 気持ちのいい五月晴れの朝。いつもより10分早くアパートを出て、新宿方面へ歩く歩く。
 会長に言わせると、『徒歩通勤なんてとんでもない!』とのことだが、ち〜っとも『とんでもなくない』ですよ。
 この沿線だけでどれだけ店があることか。電車で通り過ぎちゃうなんて私にはもったいない話である(電車の中はそれはそれで別な楽しみがあるのだが)。
 すぐ前を歩いている大学生と思しきおにいちゃんが、コンビニにふらっと入っていく。
 朝飯調達するのかな。服装も髪型もきめきめだけど朝飯食らう手間隙はかけないのね。
 歩きながらコロッケパンでもかっくらうのかな。withコーヒー牛乳。
 ぷっ。
 そんな妄想しつつ歩いてると駅なんてすぐ。
『コレ、甲州街道なんだ』なぁんて田舎モノにはちょっとした発見であるその道を(どう見ても普通の道路なんだけど!)幡ヶ谷駅の反対側に抜け、こじんまりした雑居ビルの中のカフェや街道沿いの茶屋ならぬメシ屋をチェックしてるといつしかたか〜いビルが左手に見える。ごちゃっとした生活感溢れる通りにいきなりそびえたつ、何だか草原に一本立ちしてる木みたいなそのビル、オペラシティをすぎればもう会社に着いたも同然。
 ちなみに途中代々木方面に曲がればユニクロ御殿なんてのもあったりして、東京の隠れた名所を楽しめたりするのさ(ま〜、その場合はひたすら長〜い塀を眺めるだけだが)。

 さて、本日目指すのはそのほぼ中間地点にある病院だ。
 ばっちり電車目線に看板が出ていて知っていた。
 いざ来てみるといたって普通の総合病院。
 ちょっと年季の入った……。そしてやっぱり混んでる。こういうところに密かに名医がいたりするのかな〜なんて思いつつ初診受付の番号札を取る。

「心療内科ですね。あちらの非常口を目指してまっすぐいかれましたらレントゲン室の手前で右に折れてください。その突き当りに窓口がありますのでそちらでお待ちください」

 言われたとおり、昭和な雰囲気満載の廊下を進む。
 レントゲン室前で右折、やや暗い、ドラマに出てきそうな通路の先で、ぱっと視界が開ける。
 明るい日差し。
 ガラス張りのサンルームのようなテラスのような空間の向こうには病院というよりちょっと裕福なお宅の庭先、といった風情の裏庭(?)が広がっていた。
 そこの脇にある小さな窓口で診察券を渡すと少し待つように言われ、これまた昭和な古い革張りのベンチに座って庭を眺めた。
 りすなんか駆け抜けていきそうな、丈の長い芝がいい感じだ。
 だが。
 外来患者は私しかいない?
 あっちを見てもこっちを見ても誰か来る気配はない。
 しーーんて。私は席を立った。
「あの〜、ちょっと外を見させてもらっていいですか?」
 年配の看護士さんに言うと「どうぞ〜」と高い声が返ってきた。
 遠慮なく。ガラガラ……と重いガラスの引き戸を開けたとたん、スーッと風が通る。
 こぎれいに手入れされた庭だ。
 結構な街中のはずなのに割と静か。
 それは、芝生を囲む木立のお陰だろうか。
 小鳥のさえずりなんかも聞こえる。
 木には実がなっていた。
 近づく前に何の実か私にはわかった。
 田舎でもおなじみの、グミの実だ。
「おっ、なつかし〜い」
 私は思わず近寄って、細い小枝をひとつ摘んだ。
 グミなんて田舎で当たり前の風景だが、ここ東京で見たのは初めてだ。
 ちゃんと実になるのね。
 つい、ぶちっと一粒もいだ。
 なつかしいな〜、どんな味するのかな〜、東京のグミは。
 行儀の悪いことに口に放り込んだ、そのときだ。
「ほほほ、お味はどうですかな」
 木の陰からぬぅっとおじいさんが現れ、私はぎょっとした。
 はずみで、グミをのどに引っ掛けそうになる。
「ぐ、ぐふっ」
 完全に花盗人……。な私は気まずく、目をそらした。「す、すいません」
「いやいや、構いませんよ」
 おじいさんはほがらかに笑って首を横に振る。
「珍しいでしょう。この木は戦前からあるんですわ。誰も食べなくてねえ。世話してやるのも僕だけなんですよ」
 グミの木なんて世話するものなのか……?
 田舎の伸び放題な野生のグミを想像して私は思った。
 その間ひそかに実が胃に落ちてほっとする。
「東京で見たのは初めてです」
 胸をこつこつ叩きながら私は言った。
「でしょうなあ。僕も他では滅多に見ません。これねえ、ジャムにしてもいけるんですよ」
あ、そうそう。おばあちゃんが作ってた時期があったな。「前は子供にやったりしてたんですがねえ、この頃はグミなんて皆知らんからいちいち説明せんといかんのですわ」「なるほど〜」お菓子売り場に並んでるグミがそのまま木に生ってるとでも思うのかな。「畑でもないし、気味悪がってね、食べりゃうまいのにねえ」おじいさんはひょいと一粒口に放り込む。
 もぐもぐもぐ……。なんともかわゆい仕草で、つられて微笑む私。
「まあ、ごゆっくり」
 おじいさんは仙人みたいな笑みを浮かべ庭の向こうへ消えた。片手にグミの実で一杯の籠を抱えていた。
 何だか和んでしまった私は名前を呼ばれるまでそのまま庭でぶらぶらして過ごした。


 しかし。
「こちらへどうぞ〜」
 名前を呼ばれ、診察室なる部屋に通された私はまたまたぎょっとした。
 さっきの仙人が白衣を着て、レトロなドクターズチェアに腰掛けていたからだ。
「はいはい。さきほどはどうも〜」
 先生だったの〜? 早く言ってよ!
「今日はどうされましたか〜?」
「は、はい。実は」
 私は遠慮がちに『病状』なるものを説明した。
「飛行機、乗れるようになりますかね……。今月出張命令が出てまして。すぐに治したいんです」
「そうねえ。薬あることにはありますがねえ。こういうのは大抵自律神経の問題なんですわ」
「はあ」
 ドクターは顔を近づけた。
「他に何かダメな乗り物は?」
「いえ、特に」
「狭いところがダメ、とかは」
「いいえ」
「いつ頃からですかねえ?」
 すらすらカルテにペンを走らせる。
 回転イスが回るたび、きゅきゅと音がした。
「色々考えすぎて余計緊張してしまうんですなあ」
「はあ」
 うーんと顎に手をやって考え込むような動作をしたあと、ドクターはまじめな顔で言った。
「ところでお生まれは? 東京?」
「は?」
 そして何故かそれから……。
 およそ飛行機とは関係のない話を始めた。
「へ〜、島根ねえ。じゃあ、桑の実なんかも自生してるんじゃない」
「ええ」
 なんつーローカルな。
 ただの世間話……?
 内心首を傾げつつ、やり取りしているうち私は全然関係のないことを思っていた。

 その声誰かに似てるなあ……。

 オタクっぽいというか妙にまじめくさいというか、どこかで聞き覚えが。

「まあ、薬は出しとくけど、あんまり緊張しないことよ」
「はあ」
「リラックス、リラックス」
 結局それから大して進展もせず、「じゃあ、お大事に〜」何故かグミをどっさりもらって、私は病院を後にした。


 よくわからない診察……。これで3360円はどうなの?
 何となく不安が漂うが、薬もあることだし、とりあえずは昨日より更に前進?
 なんて、小さいことを気にしないのも私のいいところだ。
 再び新宿方面へと歩く。どんどん近づく高層ビル群。
 オペラシティを過ぎるとぐっとそれらしくなる。
 新宿西側の摩天楼。テレビでおなじみのビル、ビル、ビル。
 その代表が都庁だ。
 ああ、いい天気〜。
 さすが絵になるなあ。こうして見るとガウディの教会っぽい?
 いつも見てるのに、あんまりきれいで、ふと親に写メでもするか、と思い立つ。

『どうよ、都庁だぞ』

 てね。
 コレ見て少しは娘を見直せよ。
 このすぐ先にある大企業さまで、ちゃあんと働いてますよ。
 せ・い・しゃ・い・んで。
 通勤時間はとっくに過ぎ、はとバスが回ってくる時間でもなく、私はのんびりアングルを探る。
 腰をかがめて、頭を横に傾ける。
 さわさわ風がそよぐ。
 不意に、さっきのおじいちゃんの声が耳に甦った。

『リラックス、リラックス』

 リラックスて。
 これ以上リラックスしてどーしろと?
 この上なく楽させてもらってるんですが。

「あー」

 と、そこでいきなり解明。

 あの声……。
 バカリズムにそっくりじゃん。

 顔はじーちゃんでも、声は。

「ぷふっ」

 私は吹き出した。

「あははは……。やーだ、かわいー」

 箸が転がってもおかしい年頃……なんてとっくに過ぎちゃってるが、何だかとまらない(早く撮れっちゅーの)。
 その系統ツボなのか。
 やっぱある意味当たり? あの病院。

「よかったらお撮りしましょうか?」

「はっ」

 それは青天の霹靂……。
 いや、そんなおどろおどろしいものじゃない。
 どちらかというと、天のお声?
 どっちでもいい、突如ふって沸いたその声に私はあたふたと姿勢をただし、きょろきょろ見回した。
 どこ〜?
 ぐるっと、180度二往復してぴたっと止まる。
 目線の……上だ。
 石造りの壇上にその人物は立っていた。

「よっ、元気?」

 見上げるなりどきっとして、携帯落っことしそうになる。

「高広くん」
密室の恋3 | comments(0) | trackbacks(0)

密室の恋3 その7

 まー今日はなんて日だろう。
 バカリズムの次は王子様ボイスときたもんだ。

「こんなところで撮影とは優雅だねえ。仕事は? 休み?」

 高広くんはすたっと歩道に飛び降りた。
 相変わらずの美声。このルックス。
 ラフなカーキのジャケットに薄い色のチノパン、足下にはスニーカー覗かせて……。
 あの時とは全然違うスタイルだ。

「あ、あはは」

 笑ってごまかす私。『心療内科帰りですぅ〜』なんて言えないし。

「き、今日は遅番で。高広くんこそ」

 遅番て。バイトみたいな言い方をついしてしまう私。まだまだ癖が抜けてない。

「オレは仕事だよ。午後からだけど」
「そ、そうなんだ」

 ホスト? と聞きそうになって口をつぐんだ。確か……あのお店やめたんだっけ。今何してるんだろう。

 って、のんきにフツーの会話しちゃってる場合じゃない。

 私ははっと気づいた。

「ま、まさか、会長に会いに??」

 すぐそこだもん、うちの会社。

 いよいよ……?

 ノン。私の問いに高広くんは首を横に振った。

「違うの?」

 何も言わず、すぐそこの街路樹に手をかけてこっちを向く。
 じっと見つめて……間があいて。
 こうされるとただ見てるしかないじゃない。ドラマのように。
 しんみりしたBGMが流れてきそうな雰囲気の中、高広くんは小枝をぽきんと手折る。
 意味深に口の前に持っていってぱしぱし当てた。まるで画面の中の俳優みたいに。
 ……まあやるのは二枚目限定だが。

 しかし雰囲気はそう長くは続かないのであった。
 すぐそばにはとバスが停まり、おじちゃんおばちゃんたちが降りてきたのだ。

「下からでもええ眺めやなあ。富士山もばっちりやな。今日は天気がええさかい」
「南港の借金タワーとどっちが高いんやったかいな」
「どうやろか。展望室は45階ゆうてかいてあるなあ。まあ借金なら負けへんわ」
「ほんまや」

 ギャハハハ……。関西弁のおばちゃんたちのでかい声が響きまくる。これもお決まりの何とやらか?
 大阪のおばちゃんたちは素でドラマの演出的存在だからな。ぷっ。
 空気が程よくかき乱れ、私は手に持っていた携帯をバッグに入れた。
 そのときに何も気づかなかったのが、まあ私らしいといえば私らしいのである。
 一方、高広くんは枝の先についてる小さな葉っぱに唇を寄せて、「フッ」

「感動のごたいめ〜〜ん、ってやつか」

 チラッとうちの社屋を見上げて言った。

「その気ではいたんだけどな。感動するかどうかはともかく。舞台は山口……」
「へ?」
「けど、いつのまにか宇部便はあんたの名前にさしかわっていた」
「えっ。……って、まさか、また……」

 私は目を丸めた。

「俺も山口に行く予定だったんだ」

 しばし、高広くんとみつめあう。言葉なんてどっかへ吹っ飛んじゃって。
 ひゅうっと五月の心地よい風が二人の間を通り抜けていった。

「わざわざ仕事入れてさ、あーあ、予定狂ったぜ。だから今調整中なの」

 彼はまた木の枝に手をかけた。「す、すみません……」

 つられて頭を下げる私。
 ぽきっと枝の折れる音と高広くんの笑い声が重なった。

「あんた、兄貴の代理人もかねてるの? また随分信頼されちゃってるなあ」
「い、いや、そんな。信頼なんて……」

 単純に『フライト恐怖症』克服のための処置なんだが。
 そのことをこの人に言っていいものだろうか。

「えっと、別にそんな……」

 言葉が出かけてのどにつっかえる。

「あ、あれじゃないですかね? 会長、エビ嫌いだから」
「エビ?」

 高広くんは「はあ?」と一気に表情崩した。

 またまた、妙な沈黙が。

 何を言ってるんだ、私は。

「エビ? あははは、何だそりゃ」
「その、エビの養殖場の視察、だから……」

 ちょ、企業秘密……。てほどじゃないか。でも、言っちゃっていいの?

 高広くんは笑い続ける。

 やだ、はずかしー。ホントのこと言っちゃえばよかった?

「エビかあ、なるほどなあ、兄さんやっぱりまだエビだめだったんだ」
「は?」
「いや、こっちの話。……ふうん、そうか。まあ、頑張ってよ」
「は、はあ。どうも」
「これから出勤?」
「はい」

 私はそこで、右手の荷物の重みに気付いた。

「あ、これ、よかったらどうぞ……」

 病院でもらったグミの袋ごと差し出した。
 高広くんは驚いた顔をした。あのときみたいに。

「て、こんなに? 食えないよ」

 さっと手を伸ばして袋の中からひょいとひと房つまみ出した。「面白いもの持ち歩いてるなあ」

「も、もらい物で。会社で分けよかなって」
「へえ」

 高広くんは目の前にグミを持ち上げてしげしげ眺めた。この構図。こうしてみるとグミもきれいに見えるから不思議だ。

「ははっ。パンの次はこれか。また何か起きるかな」

 私が不思議そうに見上げると、高広くんはグミをポケットに入れた。

「化けたんだぜ〜。あのパン。隣の席の女にさ、分けてやったらえらい喜ばれてさ。『まさに今これが食べたかったんだ』てさ」

 何の話? 私は意味不明に頭を小さく振った。

「その女が実は香港の金持ちのお嬢でさ。一仕事舞い込んだんだ。あんたのおかげかな」

 高広くんはにいっと微笑んで顔を近づけた。「ちょ、何……」

「妙な縁だよなあ。あんたって兄さんだけでなく俺にも何かしら引き寄せるパワーがあるみたいだ」

 私はポカーンと口をあけて、バランス崩してよろけた。すかさず、腕を引っ張られてどきっとする。

「お返しに……つっても何もないが。これでも食ってよ」

 さっきと反対のポケットから小さな包みを出して見せた。オレオクッキーのパックだ。

「え、いいよ、別に」
「あ、そう? まあいいじゃん。俺もう朝飯食ったし」
「朝飯? クッキーが?」
「そう。俺、朝は菓子って決めてるんだ」

 へ〜〜〜〜。朝スイーツ? しかし、クッキーとは。かなりチープ。

「調子いいんだ、あれこれ食べるよりは」
「そうなんだ」
「まあ、また寄るわ。じゃな」

 軽く手を上げると高広くんは駅方面に歩いていった。
 ぼーっと後姿を見つめる。

 高広くん……。
 春にあったときの華やいだ雰囲気が消えて、えらくカジュアルだ。
 上も下もユニクロで売ってそうな……。

 私はしんみりと彼の姿が消えるまでそこにいた。

 朝食がオレオだなんて。
 服はユニクロ……。

 もしかして、生活に困ってるんじゃ……。

 お兄さんはブランド志向なのに。

 いや、んなわけないか。
 だって、ポーンとブランドバッグ買ってくれたし。

 MIU MIU……。

 バッグイメージが頭に浮かんで、私ははっとした。

「あ〜〜〜、そうだ、バッグ! 私のバッグはどうなったの〜?」

 それって、もっとも聞くべき用件だったかもしれない、私にとっては。

「やだもーー、バッグ返しに来たんじゃないのかよ」

 駅に向かってつぶやいた。

 何しに来たんだ〜〜? 私のバッグ、返せーーー!

 まぁったくーー。

 あんの軽い調子。

『あ、バッグ? どこやっちゃったかなあ、あははは……』

 それで済まされちゃいそう……。

 ブルブル、冗談じゃない!

 ったく、堂々と会社の『ふち』をうろついちゃって!

 ……会長に告げ口してやろうかしらん。

 実は『足元』にいたというオチに会長はどんな反応するだろうか。

 驚くとこちょっと見てみたいなあ。ククク……。

 なんてこと思いつつ着替えを済ませ秘書室に寄ると室長から、「今日は会長お昼過ぎまでいらっしゃらないから」と言われる。

 え、いないんだ。

 ちょっぴり拍子抜けして上に上がった。
 がらーんと広い会長室。
 キッチンに立って、高広くんにもらったオレオと、グミのレジ袋をカウンターに置いた。
 ああ、これおすそ分けしてくればよかった。
 そのつもりでいたのにすっかり忘れてた。

 中身をコランダーに出して、鮮やかな赤い実とオレオのちっちゃい袋を見てると何となくレシピらしきものが浮かんだ。

 ネットで見つけてチェックボックスに入れといたレシピ……。


 貰ったオレオは小さなミニサイズのパック。
 コレじゃ足りないので買い足しに私は再び外に出た。

 よくテレビでみるように、新宿のこのあたりは雑多な駅前と違って整然としたオフィス街だ。コンビニも揃っていて、大抵のものは調達可能。タカシマヤまで足を伸ばせばグルメな食材が満載……。
 今日の場合、オレオなんてどこにでもあるから近場でOK!
 おなじみのコンビニだ。
 あった、あった。ポピュラーな18枚入りのパックだ。
 1パック……じゃ中途半端だから2パック買おう。
 ついでに買い置き、もう1パック……。

 ……別に、遊んでるわけじゃないんだから!
 勤務中に優雅に菓子なんか買って……って。
 ……コンビニの店員にはそう思われてるかもしれないけど。

 まあ、いい。
 私は用を済ませ、会社に直帰。

 高広くんに貰った小袋と買ってきたオレオを並べてパシャ。


 クリームチーズを練ったところに砂糖、卵をまぜまぜ、バニラエクストラを垂らす。
 あま−いにおい。ああ、しあわせ〜。

 貰ったプチオレオを砕いて一緒にあわせる。
 真っ白い生地に黒い粒粒が広がって。

 グラシン敷いた型にオレオを一枚ずつ入れて、生地を流す。
 ひっくり返してみれば、かわい〜オレオの『顔』が透けて見えるってわけ。

 いいアイディアよね!

 このレシピ見つけてすぐに保存したの。

 でも、中々作る機会がなくって。

 理由その1。
 会長にオレオなんて出しにくいから。

 なんとなく会長にとっては駄菓子?的に思えて……。

 秘書室に配るにはちょうどいいよね。
 きっと喜んでくれるに違いない……。

 いや、だから、決して遊んでるわけじゃないって。
 お仕事、お仕事……。

 温めておいたオーブンにセットして、美味しそうな匂いが部屋に溢れる。

 しあわせ……。

 この匂いも分けて差し上げたい気分だ。

 

 焼き上げたほわほわのケーキを冷蔵庫で冷やして、頃合を見て下に持っていった。
密室の恋3 | comments(0) | trackbacks(0)

密室の恋3 その8

 すっかりスイーツ男子と化した春日さんと大いに盛り上がり、秘書室をあとにしたのは2時間後だった。

『ほ〜、グミってもんがちゃんとあるんだね〜。俺、ガムの進化形だとばかり思ってたよ』

 うんうん、素直な反応。しかもそれ新宿産だよ。知ったら驚く? フフフ。
 春日さんはグミをもぐもぐさせながら『古い言い伝え』のひとつにチャレンジした。
 ーーさくらんぼのへたを舌でうまく結べたらキスがうまいーー
 てやつだ。ぶっ。
 何度もチャレンジして、持っていったグミは殆ど彼の胃の中へ消えた。
 結局できなかったけど、

『ちょっと酸味がきついっすな。これジュレにして何かにアレンジできないかな』

 ふむふむ。
 なるほどねーと私はレシピを思い浮かべながら上のフロアに戻り、部屋のドアを開けた。
 てっきり誰もいないと思っていた。
 ひろーい部屋の向こうの窓際に会長がもたれかかっていた。
 視線がバシンと合って、反射的に背筋がのびる。

「あ、お、おかえりなさいませ」
「……」

 会長は何も言わず、まず首を動かした。
 その先を目で追う私。
 えーと、ソファ? を指してるんだろうか。

「そこに座りなさい」

 と、会長はふかふかの応接セット、1人がけのソファーに腰掛ける。

「は、はい」

 私は遠慮がちにその正面の恐れ多くも3人がけの座面に腰掛けた。
 会長はすぐにはじめずに、ゆったり足を組んだ。
 何なんだろう……。珍しく緊張らしきものが体を巡る。
 それに……。
 このソファ、座り心地はいいんだけど、いささか大きいのよね。
 私のサイズだと若干足が緊張する。
 つまり油断すると足が浮いちゃう。
 どっちかというと、あの横のマカロン風オットマンの方がよかったりして……。
 足に力を込めて『女優座り』しなきゃいけない。
 慣れない姿勢にスカートのすそ引っ張ってると会長が口を開いた。


「君に出るよう指示した商品企画会議の件だが、その席で試作品を何品か出すことになった。それで、先日君が出したしんじょがあっただろう? あれを用意しておいてくれ」

 えっ?
 食べる側じゃなくて?
 声に出さずとも表情はわが心の中を表していただろう。
 しさくひん?

「……フードコーディネーターと専任の社員、それと料理研究家? と言うのか? それが2人、○○のシェフが1人、メンバーはそんなところだ。ああ、あと一般人数名、これは選定中だが。一緒に参加してほしい」

 なんじゃそりゃー。
 ○○のところでさらにびっくり。
 それ、テレビによく出てる超有名店じゃんーーー。

「えーー」

 さすがに声に出して叫んだ。「ちょっ、ちょっと」

「いきなり食べてもらうんですか?」

 そういう有名人に?
 恐れ多いって!
 
「そうだ。実は今、彼とも会ってきたんだよ。君の事をどこかで聞いたらしい。ぜひ一度食してみたいと言われてね」
「え〜〜〜〜」

 びつくり。
 私は構わず目を丸めた。
 なによそれ? 知り合いなの?

 ○○のシェフ……。
 それはそれは奥様受けがよさそうな、今はやりのイケメンシェフだ。
 フレンチイタリアンの貴公子ーーその彼の姿をテレビで見ない週はないと言っても過言じゃない。
 で、会ってきたって何?
 何だよ、その交友関係。

「い、いや、でも。あれってただのしんじょですよ。ハハハ……」

 とにかくやめてくりー。
 私は両手のひらと頭をぶるぶる振って拒否の意志を伝える。

 が、そんなの通じっこない。
 会長は腕組みして足も組みなおしてえらそうに続ける。

「……数種類の小エビを使っていただろう? そういうメニューがほしいんだよ。特に、国産物にこだわった。和食メニューであれば尚更いい。コンセプトにぴったりなんだ」

 ……年寄り向けかい!

「できれば、山口産の海老を使ってほしい。現地に行くとわかるが、車海老と地物も数種扱っていたはずだ。試食会は君の視察後に行う。私はあれでいけると思う。プロアマ両方の感想を拾ってきてくれ」
 
 ……試食会になっちゃってるよ、オイ。
 何だよ〜。いっつもこう勝手にテキパキテキパキ……。
 少しは私の話も聞いてくれ!

「……以上だ。すまんが何か一品出してくれ」

 けろっと。言いたいことだけ言っていつもの上司様に戻る。
 私はうんともすんとも言わせてもらえず、「はい」とだけ答えてキッチンへ下がった。



 私は見ていた。
 オレオのカップケーキ……。会長がそれを食すさまを。
 無論頭の中は言葉で一杯だ。
 反論できずに抑え込まれた単語の数々……。

 ちっくしょー、このやろー。
 ホイホイ私の存在を他人様に知らせるんじゃねー。
 堅物の会長が珍しくコックを仕入れた、なんて聞いたらどうしても色めがねでみるでしょーが!
 おお、それはさぞかし腕の立つ……なに、女性ですかな? ほほ、それはそれは……。とか。
 や〜〜〜だ〜〜〜。
 気に入ってもらってるのはうれしいけど、会長以外の客(?)は、ここに来る超限定のVIPだけにしておいてよ。
 そういう契約なんですからねっ。

 って、むかむか〜!

 ちぇ、しれっとオレオなんて食べちゃってー。
 それ、あなた様の弟くんにもらったのですぞ。
 ついさっき。そこの路地で。
 もしかしたらまだいるんじゃないの? その辺に。
 帰ってくるときいなかった?
 たまにはきょろきょろしてみたら?
 こんな近場なのに。冗談だろ!
 どうして会えないんだろう。不思議……。

 カップケーキごときを会長はきれいにフォークで切り分けて口に運ぶ。
 ああ、坊ちゃんなのね。
 オレオが崩れてぼろぼろ……なんて絶対にありえない。

 見てるうち、その姿がだんだん、高広くんに重なる。
 顔のつくりは似てないけど、やっぱ兄弟、仕草が似てる。
 何でもない指の動きとか、全体のラインとか、髪の感じが……。

 動くたび、ふわっと髪が揺れる。
 ワイルドなTAKAHIROヘアー。
 会長、髪が伸びて偶然高広くんと同じような髪形になったのよね。
 会長はダークブラウン、弟くんは明るめの……。
 似てるなあ。
 兄弟そろって変わってるし……。
 だけどまだまだ知らないところがいっぱい。


『会長! 弟さん、見ましたよ』

 見たんですよ、ここでーーー。

 言っちゃいそうになるじゃないですか。
 バラしてもいいって高広くんは言った。
 一度去ってまた現れて。
 山口行きも知ってた。
 つまりヒロくんだってお兄さんに会いたいんでしょ?
 あ〜、決して口がかたいとはいえない私だ。
 こんなマル秘情報、心にしまっておくのはムリムリムリ……。

 う〜、ムズムズする〜〜。

 実際。私は唇を合わせてじれじれしていた。もしもそこで私が口をあけていたなら、この先の展開は大幅に変わっていたかもしれない。しかし……。
 持ってたカップをテーブルに置き、じっと私の目を見つめて、会長は言ったのだ。「君はーーー」


「……君は時々忘れてるようだが、君の役割はこの部屋の庶務全般だ。『私が命じたこと』をこなしてもらうためにここにきているんだ。確かに、私がいないときは何をしていてもいいと言った。が、基本業務は『この部屋での仕事』だ。秘書室の雑用じゃない。しっかり心得ておくように」

 ひぃ〜。

 これは不意打ちといってよかろう。
 きっつい目。その眼光に耐えれず私は視線を泳がせた。
 いつぞや高広くんの口から聞いた『会長室専任社員』。その一字一字がおどろおどろしく頭の中メリーゴーランドする。
 かいちょうしつせんにん。
 って、まさに、私もそう思ってましたけど?
 出張料理人はちょっと……、いや、かなりイヤなんですけど?
 見解の相違?
 てか、もしかして、秘書の人に菓子持っていったのバレバレ?
 何だ、この殺気は。

「す、すみませんっ」

 私は普段の倍ほど深く頭を下げ、そのまんま戻せなかった。
 ドクンドクンしてるのが鼓膜の奥まで響く。

「本末転倒では困るよ。いいね」

 ほ、ほんまつ……?
 そ、それ、ちょっと意味が違うくない?
 恐る恐る顔を上げると、会長はオレオを目の前に持ってきてふりふりしていた。珍しく手づかみだ。いや、そんなことより何より、顔、笑ってない。心なしかちっちゃくみえるオレオ……。

「これもそうかな。秘書室に差し入れしたのか」

 ガーーン。
 やっぱバレてるーー。

「まあ、万人受けしそうだな。見た目もいい」

 って、パクッ。
 し、知らないしーー。
 ええ、ここんとこしょっちゅうですね、時には秘書さん(春日さん)に催促されちゃったりなんかしてーー。
 あー、でも言えないーー。
 言うとあの人たち怒られちゃうから、きっと。
 ヒーー。

「申し訳ありませんっ。今後、会長の許可をいただいてからにいたしますっ」

 私は再び深々と頭を下げた。とにかく平謝りしかない。庶民の定番。やっぱり、『お上』にははむかえないのだ。

「……そこまで厳しく言いたくないんだがね。君が秘書室の連中とうまくやってくれるのは私としてもありがたい。ただ、『順序』が『逆』になっては困る。……そういうことだ」
「はいっ」

 会長、怒ってる……?
 わわわわ、そうだよね〜。でも決して『残り物』じゃないんです〜、そのオレオはっ。
 ええ、決して……。

「ベリーのたぐいは食べにくいな。次からはジュースにするなりしてくれ」

 と、今度は付け合せのグミをつまんで。近づいてよ〜く織地を見ないとそれとはわからないエルメスのネクタイの前でくるくる回して。
 まあそのブランドロゴは飲み屋の席で隣り合って飲んでた折気づいたのだが。
 あの時近かった距離が今は果てしなく遠く感じる……。
 
 ええ、決して。その顔は笑ってはいなかった。

「はっ、ははー」

 私はどこぞの悪代官の手下のように、再々度ふかーく首をたれた。
 
密室の恋3 | comments(0) | trackbacks(0)

密室の恋3 その9

『もうほんっとにほっくりしてて、おいしかったです〜。ヒロ君のご両親にも無事食べていただき&ほめてもらいましたぁ〜。やったぁvシリコンスチーマーさまさまです♪』

 この10月に結婚を控えたみなみんさんは、『シリコンスチーマー』なる神器を手に入れて、このところすっかり料理づいている。
 失敗続きだった肉じゃがもこれのおかげで、みなみんさんいわく『プロ並み』に仕上がるのだそうだ。かつてさんざん泣きつかれ、それでも焦がしたり味付けに失敗、そのたびに近所の総菜屋さんで買ってきて皿に移し変えていた、そんな涙ぐましい努力もこれでやっと報われたんだね。
 いや、報われちゃいない。
 容器に具材と調味料入れて電子レンジでチンすりゃ勝手にできてるんだもの。
 包丁さえ握れれば誰だってできちゃう!

 あーあ、いいなぁ、そんなことでしあわせ一杯なんだ……。

 なんてつい思ってしまう。
 
 
 
 返事を書こうとしてふと、右端の時刻表示に気づいた。

 あ、もうこんな時間ーー。

 私はpcを離れ、キッチンカウンターの端のポータブルワンセグを起動した。


 ちょうどはじまったところだ。よかった。

 今日のレシピはトレビスのカルボナーラかぁ。ふーーん……。

 
 イタリアンの定番パスタ、カルボナーラのトレビス添え。

 パスタはタリアテッレ。

 さすがに本場仕込みのシェフだ。パスタも手打ちとな。

 セモリナ粉に塩を混ぜてミキシング……。そこへ卵とオリーブオイル投入。

 指が粉の中で踊ってるみたい。
 料理する男の手って素敵だ……。

 会長もかつてイセエビをさばいて見せてくれたことがあった。

 あの華麗なる手さばき。

 やさしかったのに……ああ、あんときの会長は何処へ?
 たまたま虫の居所がよかったのかな。

 
『ご家庭ではちょっとコツがいるんで中力粉使ってもらってもいいですね。なければ強力粉と薄力粉を同量混ぜて使ってみてください。生パスタはね〜、一度食べるとやみつきになりますよ。時間のあるときは是非トライしてみてください』

 アシスタントの女性が頷きながらコメントを取っている。

『トレビスは生では苦くて食べにくいんですが、じっくり煮込むと美味しいんですよ。よくリゾットにして食べます』

 といいながら、彼はチコリによく似た『オサレ野菜』の葉っぱをぶちぶちちぎる。

 そうそう、トレビスって見た目洒落てるんだけど、超にがいんだよね。

 その昔、カフェでバイトしていた頃、お客さんがよく残していた。美味しそうなんだけどありえないほど苦いのだ。


 ……だが、てっきり煮込んで使うのかと思ったら、そうじゃなかった。

『なんですがーー。今日はちょっとだけ火をいれて苦味をアクセントにします。大人の味ですね』

 彼はにっこり微笑んだ。

 彼ーー長身のいかにも優しげな青年シェフーー藤島龍平。
 通称りゅうちゃん。麻布の人気イタリアン『イゾラヴェッラ』のオーナーシェフで、確か30代半ば。
 いまや最トレンドといっても過言ではない『もて』キーワードのひとつ、独身イケメンシェフ……。
 
 

 こんな人が……私のえび料理を試食?

 マジか。

 私は次第にレシピから離れ、きたる『商品開発会(仮)』について考えていた。


 不安だ。
 
 このりゅうちゃん先生だけでもすごいのに。名前聞いてないけど料理研究家が二人……。これって無茶苦茶シビアなんじゃない??
 
 せめて試作品を提出とかに変えてくれないかなあ。会長の鶴の一声でどうにでもなるんじゃないの?
 私以外に素人さんが数名参加とのことだが、そんなの気休めにもならない。
 素人主婦の料理コンテスト時々やってるが、私に言わせりゃあの人たちはプロの領域に入りますって。
 もし質問とかされたら、何ていえばいいのかわかんない。
 あーあ、ゆううつ……。

 オーブンのブザーが鳴った。
 ブリオッシュが焼き上がったのだ。部屋中に匂いが充満している。これに気づかないほどふけっていたわけだ。
 私はミトンをつけ天板を取り出した。
 みるからにふわっふわの仕上がり。いいこげ具合。
 我ながらうまそ〜〜。
 しかし今日はここで終わりじゃない。
 これにシロップをしみこませ生クリームをトッピングしてサバランにしてご主人様にお出しするのだ。
 
 コツは生地を練らずに長時間発酵させ、あえて気泡を一杯入れるところだ。こうすると海綿スポンジみたいにキルシュやシロップを吸収してくれて、より濃厚な味が楽しめる……と私は思う。

 実は、ベトベトの生地を叩いたりこねたりするのがどうもねえ……と、ある日たまたま生地をほったらかしにしてたところ、生地は風船のごとくぶくぶく膨れ、そのまま焼いてみたら案外いけたので最近はずっとこの作り方……というのが本音だが。
 成明殿お好みのブリオッシュ。うまく食べてもらえるといいなあ……。

 朝から仕込んで焼き上げ、更に冷やすという手順を踏まなければならない。ゆうに3時間はかけている。
『会長の気が変わりますように……』などなど色んな念を込めながら……生クリームの上に自家製ミントの葉をのせ、まさしく『念入りに』仕上げいよいよ会長に献上するのだ。

「失礼します」

 昼食を外で済ませて来たであろう会長はお仕事に没頭中。PCから少しも視線を離さず、「ん、そこにおいといて」

「はい」

 私は邪魔にならないようそろっとプレートを置いた。飲み物は先日のグミを冷凍して作ったスムージーだ。

「失礼します」

 なるべく音を立てないよう、しずしずと引き上げる。

 今日もダメか……。心の中でため息。

 このところ三日連続だ。口聞いてくれないのである。

 ああ、やっちまったぜい。

 そんなに気に入らなかったのか。

 ちょっと順番逆にしただけじゃないですか。

 なんかさあ、子供じゃないんだから!

 ……信じがたいが、思い当たるのはあれだけなのである。


『秘書に配った残りもんを出した』


 そういうつもりじゃないんだけど、まあ、そのとおりだ。
 
 プライド高……。だから疲れるんだっつーの。会長も気晴らしにブログでも始めれば? 

 とぶつぶつ顔にも出てしまいそうだ。実際出ていたかもしれないが。
 
  
「ああ、キミ」


 デスクから遠く離れたドアの一歩手前で足が止まった。

「はい」
「すまんがコレ、包むなりしてくれないか。外で食べようと思うんだ」
「車でお出かけですか?」
「いや。外で食べるのさ」


 そと?


 私はさっき置いたばかりのパンとスムージーを引き取り、キッチンに戻った。

 外で食べるって。何なんだろう。ひょっとしてまた金に物言わせて屋上に何か造らせたのかな。

 いつのまに? 今流行の屋上緑化とかそういうの? 

 私は『そと』の概要がよくわからないながら、テイクアウトの準備を進めた。

 まずスムージーをステンレスのボトルに移し変える。私物だが飲み物を持ち運ぶハコはこれしかないのでまあよかろう。
 そしてサバランを崩れないよう紙ナプキンでくるみ、紙の簡易ケースに入れ、ボトルとともに竹で編んだ『湯かご』なるものに入れる。

 地元のダチが道後温泉を旅行した折、お土産で買ってきてくれたものだ。長めのもち手つきの丸い小ぶりの竹篭で、茶筒を入れておくのにちょうどいいのでキッチンで使ってるのだ。紙袋もあるけどこっちの方がかわいいよね?
 GWあけのことだ。

『かなに〜〜御土産あるんだ〜〜何かは見てのお楽しみ』


 いきなり何かと思えば。語尾にハートマークがいっぱいついたメール送ってきた。


『道後温泉でさ〜、これ持って温泉街ぶらつくんだわさ。浴衣着て、タオルと貴重品いれてぶらぶら湯めぐり。おんなじようなカップルが歩いてたりしてなんかいいんだよね〜、やっぱ情緒がさ』

 ……何のことは無い、彼氏ができたこと自慢なのである。

 ちょっと前まで、

『温泉なんてばばくさっ。高いしやだ』なんて一人反対してたくせに。

 みやげはこれ以外にも緑色の洋風まんじゅうやそうめんなど、えらく気前がよくて、ああ、恋は人格を変えるのね、なんてしみじみ思ったものだ。

 ち、どいつもこいつも。

 その『しあわせ』湯かごにふた代わりの手ぬぐいをかぶせて、簡易ランチボックスの完成だ。



「お待たせしました」

 私は籠を差し出した。会長は立ち上がっただけで、持とうとはしない。

「キミも来なさい」

 ……使用人か。私は。

 さっと向き変えて歩き出すので、籠持ってお付の人のように後をついていく。

 
 屋上ピクニック?
 違和感ありまくりだが、これで機嫌直してくれるのならいい。
 天気いいし。

 でも上は風がきついだろうな……。


 会長はエレベーターの昇降ボタンを押した。

 私はあれ? と覗き込んだ。

 会長が押したのは△じゃなく、▽の方だ。
 

 
 

密室の恋3 | comments(2) | trackbacks(0)

密室の恋3 その10

 うちの会社のある新宿駅西口一帯は、誰もが認める全国有数のオフィス街だ。でかいビルがたち並び、緑地帯が隙間を埋めるように整備されている。都庁の奥には広い中央公園もあり、いつもサラリーマンのおじさんやカップルやその他もろもろ人が行き来してる。会長によると、その昔存在した浄水場の跡地を区画整備したものであるらしい。
 だから一つ一つが巨大なんだね。
 その巨大ビルのひとつであるわが社。重役専用エレベーターを下り、社員さん行き交う中誰にも挨拶されることなく会長は玄関の外に出た。
 すがすがしい風……。しかしちょっと微妙。これじゃホントに『そと』じゃないですか。まさか、新宿中央公園で食べようって言うの? 竹篭が非常に恥ずかしいんですけど。紙袋の方にしとけばよかった……。
 敷地が広いので隣のビルに行くにもちょっと歩く。その間ずっと続く緑地帯。その切れ目、ちょっとだけスペースが広くベンチが置いてある手前で、会長は立ち止まった。
「待たせたかな」
 ベンチから伸びる足だけ見えた。
 私はドキンとした。
 それは、数日前、都庁の脇で見かけた高広くんのに似ていた。

 え、まさか。

 もしかして、もうすでに?

 どきどきしつつ会長の後ろからその人影を伺った。

「やあ、こんにちは」

 現れた『彼』は。

「はじめまして。藤島龍平です」

 
 えーーー?

 りゅうちゃん。
 
 さっきまでテレビに出ていた……りゅうちゃんが……目の前にいる。

 私は二度びっくりして、思わず、籠持った手が震えた。

「ど、どうも。市川香苗と申します」

 ぎゅっと握りなおし深く頭を下げた。会長の声が背中上から聞こえる。

「突然すまないな。一度面通ししておいた方がいいと思ってね」
「どうも、すみません、僕も無理言いまして」

 はいーー?
 ピクニックじゃないの?
 ちょっと待て。
 では、このサバランは……?
 一人分しかありませんけど??


「キミ、中の菓子を出して」

 ヤッパリ……。
 

 私はぶるぶる震えそうな手および上半身を極力抑え、抵抗しても無駄なのわかってるので、なるべく自然に彼に手渡した。「どうぞ。つまらないものですが」

「へー、サバランか。めずらしいね」

 いきなり食べるわけはなく。じろじろ眺め、座りなおした後、彼はさわやかにほおばった。「いただきまーす」

 マジりゅうちゃん。
 う・そ・でしょ。
 さっきまで生放送出てたのに。
 赤坂からここまでやってきたの……。

「んーおいしいです」
「あ、ありがとうございます」

 やっぱどこから見てもりゅうちゃんだ。
 どうしてこんなとこに? 会長と、どういうご関係?

 というかその前になぜこんなところで食べさせる??

 言っておくがここは緑地帯の中の休憩所のような場所であって、決して公園ではない。
 御影石調のベンチがでーんと置いてあるだけだ。
 季節柄、木々が生い茂り、丸見えというほどじゃないが、無論囲いなどない。
 こんなところで、有名人にものを食べさせていいものなのだろうか?
 いや、有名人とはいえ、かなりのイケメンとはいえ、いい年したおっさーん……。

 私はそろーりと辺りを見回した。
 ほっ。
 幸い、怪しげな視線を向けてくる輩はいないようである。

 それにしたってえび料理の前置きにこの試食って意味があるのだろうか。
 サバランて……フランス菓子なのですよ。ご存知でしょうが。

「あんまり見かけないよね」
「え、ええ。ですよね……」

 そこの会長が好むものですから、ええ。会長は、木によっかかって腕組みして見ておられる。


「ふうん。オーケー。なんとなくわかった。味覚、合いそうだ」

 プロっぽく味を確認するように頷きながら食べた後、彼はボトルを傾けた。

「このスムージーもいいなあ。すっぱいのがちょうどいい。何これ?」
「グミ……なんです」
「へえ」

 新宿産ですよ。

「ふーーん。サバランかあ。僕も今度やってみようかな」

 りゅうちゃんはあごに手を当てて口をきゅっと結んだ。

「イタリアっていうとティラミスとか、あっち系多いでしょ。たまにこういうのやってみてもいいかもね。よかったら、レシピ参考にさせてもらっていい?」

 そんな、めっそうもない。
 私は上下左右区別なく首を振った。

「いやいやいや……。いいヒントになるんだよ。市川さん、和食も得意らしいし、味付けの基本がしっかりしてるね」

 ぶるぶるぶる……。とんでもない。誰が言ったんだ、そんなことっ。

「楽しみだなあ。海老の献立。僕も何品か候補立ててるんだけどさ」

 りゅうちゃんはさっと立ち上がった。

「驚いたかな? 今ちょっと時間が取れなくてさ。ふっ、そもそも、こんなことになるなんて……。レセプションの会場で、会ったんだよね。どこかで見覚えあるなあ、この名前……あ、小坊んときの! そうか、九条くん……」

 それで思い切って聞いてみたんだよ、とりゅうちゃんは目をきらきらさせていった。「だめもとで当たってみるもんだなあ」

 えーー……。
 しょうぼうっていうと、小学生?
 ということは、この人も学習院〜〜?
 高学歴シェフ……。

「ごちそうになりました。あ、よかったらこれ。僕の新刊なんだけど。差し上げます」

 彼は忙しいのだろう。時間にすると微々たるものだった。さいご、私に本を差し出した。

「楽しい試食会にしようね」

 ばちっとウィンク。「それじゃ、九条くん、また」「ああ」

 さらっと会長に挨拶して、駅の方へ歩いていった。



 真昼の夢だった、まるで……。

 私は空になった籠にいただいた本を入れた。帰る準備だ……。

 全く、何かと思えば。

 何が『そと飯』なんだか!

 でもまあ、よさそうな人でよかったのかな、りゅうちゃん。テレビのまんまだが……。
 とにかく私は会長に逆らえないのでいい方に持っていくしかないのである。クヤシー。
 
 会長の胸の携帯が鳴った。

「なんだ? 次の? ああーーー」

 すぐ切れそうにない。
 ふと視線をはずすと、隣の緑地帯でシルバー人材センターとかかれたベストを着けたおじいさんが木の剪定をしていた。大きなビニール袋に切った小枝を詰めている。そして、一枝だけ、中にいれずに握っていた。

「おじさーん、それ、もしかして、月桂樹?」

 見覚えのある枝ぶり。近づくと匂いでもうわかった。私が聞くと、おじいさんは、「おお、そうだよ。これ風呂に入れるといい匂いがするんだよ」

「すみません、もしよかったら捨てる前のひとつもらえませんか?」

 恥ずかしげもなくお願いした。おじいさんは快く、「ほらほら、もっていけ」うちわほどの大きさの枝をくれた。

「ありがとう」

 わーい、ローリエだー。
 これだけでうれしくなる私。
 ローリエって、よくシチュ−とかにいれる葉っぱのひとつね。
 料理にも使えるけど、普段使いにも有効なのだ。
 たとえば、枝ごとクローゼットにかけておくとゆるい防虫剤になる。
 実家では米びつにいれて同じく虫除けにしている。
 実家の近所に生えてて、ぶちぶち取ってきては使っていたのだ。なつかし〜な〜。
 おじいさんは仲間を呼んで、ふくろいっぱいの葉っぱをトラックに乗せていた。
 私はきれいに剪定された月桂樹の木を見上げた。
 あ、あれ。
 料理用にきれいなのがほしい。
 と、腕を伸ばした。
 おじいちゃんがきれいに切り揃えちゃってて、もうちょいのところで葉っぱのところまで届かない。
 あーん、残念。おじいちゃん、もう一度こっち来ないかなー。

 
 伸ばした手にすっと別の手が重なった。

「あ」
「何をしているのかと思えば」

 会長だ。
 会長の手は私の頭の上の枝を捕らえた。

「これかな」
「は、はい」

 いいのかな……。って、今更何を。ぶちっと小さな音がして目の前に枝が差し出される。

「す、すみません、が、がいろじゅを……」
「ふ、いいんじゃないか。一応ここはわが社の敷地だ」

 そ、そうなのー? ちょっと離れてるけど。知らなかった。
 てか、さすが、筆頭株主。我が物顔なのね。

 会長が取ってくれた小ぶりの枝。私はそれをさっきのものとは区別して、手ぬぐいにくるんで籠に収めた。

 優しいじゃん……。
 ちょっとだけほっ?

「……少し時間が空いた。キミ、よければ茶でも飲んでいくか」

 
 
密室の恋3 | comments(2) | trackbacks(0)