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密室の恋3 その16

 えーい、言ってしまえ! ドキドキついでだっ!
「私、見ました、弟さん。会長とマツキヨで待ち合わせした、あの日です!」
「え?」
 目が合って、ほんの少し間が空いた。
「どこかな?」
「新宿です。あっち側。弟さん、ホストクラブで働いてたんですよ!」
 言っちゃった!
 胸がドキドキなんてもんじゃない。鳩になった気分。
 だけど彼の表情はさほど変わらない。
 ……あれぇ?
「おやおや、それはそれは」
 くすくす笑い出す。「キミ、そんな店にも出入りしてるのか」ゆっくり立ち上がった。
 −−は?
 握手するみたいにすっと手を差し出してきたかと思うと、きょとんとしている私の手を掴みすごい力で引き寄せた。
「きゃっ」
 もろに胸にぶつかって、別の意味で心臓がどきんと鳴った。
 ちょ、なに?
 ぎゅっと腕を回されて。
 私のすぐ目の前に高そうなネクタイピンが光ってる。
「や、やめ……」
 ああ、ダメ。胸がぴとっとくっつけられて。
 やめろぉおーー。ドクンドクンしてるの丸わかりじゃん!
「キミは案外男好きだよね。体の方は男慣れしてないのに……。店で私といるとき、よく物色してるな? 男を見てるんだろ?」
 えーーー?
 なにそれ?
 話をそらすなーーー。
 ぶっしょくて。
 女の子はみんなイケメン好きですけど?
 見ちゃいけないの??
 やだ、ドキドキとまんないじゃん! 
 ちょ、離してーーー。まだ午前中っ……。
「平気で携帯をいじってるし。いい度胸してるな。私もそれなりに女性と付き合ってきたが……今までそんな女は一人もいなかったぞ。キミが初めてだ」
 え。汗。そんな……。携帯いじり? それってデフォでは? 何がそんなにいけないの??
「キミは素朴で明るくてほっとさせられる反面、タンポポが綿毛をあちこちに飛ばすように移り気なのが玉にきずだな」
 なんじゃ、そりゃー。
 たんぽぽだなんて、どーせ、垢抜けませんよっ。
「ホストクラブか」
 ぐぐっと私の肩に回した手に力がこもる。男の力だ。かないっこねーー。うっ、いたっ……。
「キミもそんな店に行くんだな。高広に似た男がいたのかな? 弟は、『中身はともかく』、外見はかなりいいからね。それ風の男は歌舞伎町に大勢いそうだね」
 −−−中身はともかく??
 って、ちがうっちゅーに! 本人なんだって! 妙な勘違いするなーーー! つーか、離してよっ!
「ち、ちが、ご本人ですよ? あの、そ、そーだ、吉永さんに聞いてくださいっ! 吉永さんも証人です!」
 絶対覚えてるはずだ。
「吉永くん? 彼女に誘われたのかい? あのあたりはキミらにとってはパラダイスだろうな。フフ。一体何をして過ごすんだ?」
 ちょ、だから違うんだって! 今ここに吉永さん呼んでくりっ! 離せええーーー。
「キミは面食いかい?」
 はあ?
 ぎゅうっと抱きしめられた隙間を広げるように、私は必死で顔を上げた。
 きっと興奮して真っ赤だ。でもそんなこと気にしちゃいられないわ。
「な、なにをおっしゃるんですか。違います。本人なのっ」
「藤島くんや弟のような男がタイプなのかな?」
 えっ……。
 かぁぁーーーっと頭に血が上った。
 何この斜め上発言。
 そんな……。そんな風にとられちゃうの? 何故ーーー。
 おじさんってば、何を誤解してるんだ?
「違いますっ」
 私はもうありったけの力を込めて彼の胸を押した。
「ば、ばかにしないでっ。本人なんだからっ」
 情けないことに。
 馬鹿にしないでと言いつつ、いかにもばかっぽい発言しかできないのだ。
 しかしそれでも踏ん張る私。
「本当ですっ。しょっちゅうこの辺うろついてるの」
 ああ、あのとき高広くんを写メってたらーーー! 米子の彼のことも疑われなくてすんだのに。悔やまれるぅーーーー。
「わかった、わかった」
 くっ。何その子供をなだめるようなポーズ。ひたすらくやしい……。「じゃ、その旨を興信所に言っておこう」
 この金持ち、金の使い道間違ってるぞ。一体どんな探偵雇ってるんだか。
 案外私みたいな素人をバイトで使ってるようなとこに頼んだ方が見つかったりして?
「そ、そうですよっ、会長が山口へ行かれたらどうですか?」
「私が? 何故」
「ま、待ち伏せしてるかもしれませんよ?」
「フ、私はダメだよ。もう別の予定が入ってる」
 完全に上から目線……。聞いてよ、もう。
「まあ、私の行動が筒抜けだろうというところは鋭いね。キミのいうとおりかもしれない。弟は、そこら辺の技術者とはスキルが違うからね」
「だから、たまにはこの辺歩いてみてくださいよ……」
 いるんだって。会社の近くでばったり。ねえ、それが一番自然でしょ? 高広くんもそう思ってるかもしれないよ?
「まあね、灯台下暗しと言うからね」
「そうですよ……。気分転換にもなりますよ。ね?」
「ハイハイ」
 だが、勢いを失った私の発言は更に軽くあしらわれ、ぜんぜん違う方向に持っていかれるのだ。「そうそう。山口で思いだした」
「宇部の施設の資料を渡しておこう。まあ、向こうでまた説明があると思うが、機内ででも目を通しておいて。報告書だからといって気張らずになるべくキミの言葉であるがままを伝えて欲しい。もしまとめるのが面倒なら、画像をそのまま社内クラウドに上げるか私のPCに送ってくれればいい。あと、キミ用のボイスレコーダーが秘書室に置いてあるからそれを使ってくれ」
 と、さっさと封筒を出してきて渡された。
「はあ……」
 何、この流れ。毎度毎度、馬鹿にしすぎだって!
 確かに報告書なんて書いたことないけど、一応短大卒業してるんだよ? レポートの類くらいできるって。
 そりゃまあ、会長からすればそんなものスクラップブックに毛が生えた程度だろうけどさ。ブツブツ。
「あくまでもキミの目線で撮ってきてくれ。ブログの要領でね」
 えっ。
 更にとどめをさされて、私は言葉を失ってしまった。ヤツはしたり顔だ。くやしぃぃぃ〜〜。
「会長、お車の準備ができました」
「ん。よし」
 またタイミングよく室長が呼びに来るし。もうお出かけの時間かよ。
「ふ、じゃ、行ってくるよ」
 ちらっとこっちを見やって。すっかりいつもの調子に戻ってしまった。回復はやっ。
「……あの、お帰りは。何かご用意しておきましょうか」
「そうだな。では飲み物の用意でもして待っててくれ」
「はい……」
 バタンとドアの向こうに消える。
 馬鹿にされてもこけにされても。
 そんな言い方されると胸がきゅんとなる私。
 −−−待っててくれ。
 このひとことにやられる。
 ふぅん、じゃあ、仕込んだ甘酒で和スイーツでも作っとこうか……。なんて頭の中じゃレシピ浮かべてたりして。
 彼も彼なら私も私だ。

 あーあ。
 もっとうまく立ち回れないものかな。
 一人残った部屋で、彼がいつの間にか外してたメタルフレームのメガネとピースの小さな箱を黒いレザーのトレーに載せ会長の机の上においた。
 輝きが違うオールメタルフレーム。間違ってもJINSとかで5990円で売ってる代物じゃないのだ。
 これかけて来たってことは、夕べ芸者遊びにでもつき合わされたのかな……?
 大変だねえ。
 がんばってね、なるあきくん。
 弟と再会する日は間違いなく近いぞ。
 



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密室の恋3 その17

『いよいよ出張ですかぁ〜。翼の近くに座ると酔いにくいって聞きますけどね』
『飛行機酔いの人に飛行機出張だなんて酷ですねー。新幹線でいけないんですか?』
 うんうん、そうだよね。飛行機ダメーな人間が何故わざわざ飛行機なんぞに乗らなきゃならんのだ。
 ……アメリカ行きの前座だ。仕方ない。はあ。
 自信ないなあ。たかだか1時間のフライトに耐えられない私が10時間以上の拘束に耐えられると思うの?
 もーー、会長、あんたのせいなんだからねっ!
 と、わがブログを前にブツブツ
 いよいよ明日に迫った初出張。
 高広くんのことよりもアメリカ行きよりもまず突破しなきゃならない最初の一歩。
 あーあ、憂鬱。
『私も〜乗り物全般弱かったですけど、新幹線で旅行するときーー彼氏に手を握ってもらってたらいつの間にか乗り物酔いなおってました。それって今の旦那なんですけどね』
『へー。確かに手を握ると安心しますよね』
『今でもデートするときはお手手つないでますよ♪』
『らぶらぶですね!』
『そういえば私も手をつないでるなあ。うちの場合は子供より旦那の方が行方不明になる確率が高いので迷子防止に握っていたらだんだん習慣になったw』
『彼氏がぎゅってしてくる〜。指絡めるヤツでしょ』
『恋人つなぎね。最近多いよね。腕組んでるだけだと、するっとどっかいっちゃうから、うちのヤツ。ちゃんと握っておかないと(笑)』
 −−−ふーん。あれって恋人つなぎって言うんだ。
 小さなため息を漏らす私。
 いつものことだが、うちのブログは食べ物系であるにもかかわらず、何故か各客人のラブラブ自慢合戦になる。本人たちはただの報告程度にしか思ってないのだろうけど。コメント欄がチャット会場にへんしーーん。独身既婚問わずらぶらぶな状態の女の子ばかり集まる。
 ブログ主の私がフリーなのに……。この状態って、ナニゴト……? 女の子が長時間カフェでだべってるみたいに話が続く続く……。ぐーたんぬーぼかよ。
 ゆるカフェというタイトルがそうさせるのだろうか。
 ゆる過ぎるわ……。
『確かに多いですね〜。日本もやっとグローバルスタンダードに近づいてきたのかな』
『手のひら合わせると案外相性わかるしね。冷たい手とかあったかい手とかじめっとしてたり乾いていたり人によって違うし』
『キスよりもまず手よね』
『こないだ映画館で握ってたらいつの間にか眠ってたな〜』
 いいなぁ。
 私も……。
 また復活してくれないかなあ。恋人つなぎ……。
 全然そんな気配なくなっちゃったもん。いい感じだったのに……。
 はっ。
 何思い出してるんだ、私ったら!
 もやっと感触がよみがえって、ふけってしまいそうになった。
 ああー、ダメダメ、不謹慎、不謹慎。
 みなさんのは旦那さん及び彼氏さん。
 私は単なる部下なんだから。
 ああ、ぶるぶる。
 でもね……。
 いきなり意味不明に抱きしめられるより、手握ってくれる方がいいよね。安心するもん。赤ちゃんが抱っこされて安心するのと同じ原理なのかもしれないわ。
 おっきくてあったかい成明くんの手……。何よりも落ち着くの。
 飛行機酔いだなんて打ち明けなきゃよかったかな。
 会長の隣で手をつないでもらってればよかったりして……?
 どうせファーストクラスとかだろうし。
 いらないこと言わなきゃよかった……。
 そうすればこんな出張なんて行かなくて済んだのかも。
 ああ、涙の出張。用意だけは着々と進む……。
 先日、例の病院にも行ってきた。で、もらってきた安定剤と軽い睡眠導入剤。『とにかくね、たかが1時間程度なんだから、うんうんうなってもすぐすぐ。きれいなお姉さんに介抱してもらえてラッキーくらいに思わなきゃ。切羽詰っちゃダメ』おじいちゃん先生は気楽に言ってくれるし。
『他に症状出ることある? 例えば閉所恐怖症とか、高所恐怖症とか』
『いいえ。全然平気です』
『ジェットコースターは? 乗れる?』
『はい。それも大丈夫』
『そうねえ。飛行機に関してだけ神経が緊張するんだねえ。緊張しないで、リラックス、リラックス。これ見てみて。神経ってのは大雑把に分けて2種類あるの。交感神経と副交感神経。あれしなきゃこれしなきゃって常に緊張してるのが交感神経。それを和らげてやるのが副交感神経。この絵あなたにあげるから、イメージしてみなさい。ピリピリとがった神経をやさしく包み込む感じをね。あなた年頃の女の子なんだから得意でしょ、イメージング』
 と、更に理科の実験室に必ず一体はある人体模型をそのまま2次元に写したような解剖図をくれたのだ。『もうグミも終わっちゃって何もあげるもんないのよ』などと付け加えて。
 大丈夫なのか、あの医者……。
 こんなグロいもん貰ってどうイメージしろと……?
 ただきしょいだけなんですけど。


「あの、それでは明日行ってまいります」 
 いよいよ定時が近づいて。一応上司様に挨拶を済ませておこうと彼の前に立った。
「土曜は宿に入るだけだから夕方でいいよ。日曜に施設を見て回って、月曜日は宿にとどまるなりキミの好きにしなさい。水曜までゆっくりしておいで。料理はまあエビ尽くしになるだろうがね」と送り出しの言葉を賜る。「広島に寄るんだな」
「はあ」
 室長に言って、羽田ー宇部便を広島便に変更してもらった。広島住みの友達に打診すると快くドライバー役を引き受けてくれたのだ。例の道後土産の子だ。彼氏の車で迎えに来るという。いいの? いいのだ、どーせ、早く紹介したいのだろうから! まったくどいつもこいつもらぶらぶでよいこと! 帰りは未定。ていうか、本当に宇部と松江の距離を知っているのか、この人。とても気軽に迎えに来て〜なんていえない距離なのだが。しかも平日。とりあえず長距離バスででも実家に戻るしかないか。
「服装は……普段着でいいんでしょうか」
「ああ、キミがいつも着てるようなものでいいよ」
 向こうの人と挨拶するみたいだけど、それってスーツじゃなくてもいいのかな。スーツったって、リクルートスーツしかないけど。あれじゃいかにも新入社員だ。黒いジャケットに白シャツ、シガレットパンツ、こんなところか。ユニクロのがあったはずだ。あれでいいかなあ? こういうとき重くのしかかるのが、会長室専任社員の肩書きだ……。
「……気になるのなら、買ってあげようか?」
 心のうちを見透かされたみたいにニヤニヤして言われて、ついかっとなってしまった。
「け、結構ですっ」
 ちくしょー。「失礼しますっ」
 ちょっとちょっと、からかわれてないか? ここんとこ。
 クヤシー。絶対飛行機克服してやるっ。
 いや。
 逆に、飛行機乗れないままのほうがよかったりして……?
 この人の思い通りにはなりたくないわっ。
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密室の恋3 その18

『空港なう〜』

『そっか、いよいよなんだ〜。それにしても飛行機乗れない子に飛行機出張ですか。宇部なら新幹線通ってるよね?九条くんSだなあ。専属シェフの女の子に商品企画とか地方視察とか。あ、ごめん、SってスパルタのSね(笑)』
『アハ。そうなんです〜〜泣泣。薬貰ってきたんですけど不安で不安で』
『乗り物酔いって意外と多いよね。イタリアにいい薬あるんだけどなあ。トラベルガムっていうんだけど』
『ガム?』
『うん。ミント系のもっとキョーレツなヤツ。ビリビリくるよ。でも、日本では見たことないなあ。眠気覚ましのガムにもそんなのあるよね?ガムで気をそらす、音楽聴いてリラックス、アイマスクつけて寝ちゃえー!でどうですか』
『んー。そうします。ガム、ちょっくら探ってみます』
『お気をつけて。幸運を祈ります』


 きゃ〜〜〜。このやさしい文面。癒される〜〜。
 神経の緊張とやらがほぐれた気がするわ?
 りゅうちゃんと朝いちのチャット。
 さすがイケメンシェフ。女の子の気持ちわかってる〜。
 会長もちょっとは見習ってよね。同い年なんだから。

 ガラケーを閉じてふうと小さくため息。
 あああ、ここに来るの、高広くんに会って以来か。
 ええ。ついに来ました、出発の日。私は今羽田空港にいるのだ。

 ビッグバードの名にふさわしい、世界のどの空港にも負けていないぴかぴかの建物、グルメな店店店……。
 でも全然ときめかない……窓の外に見えるあやつらのせいで……。
 あの金属製のにっくき胴体!
 私にはあの機体がでかいバッタに見えるわ……。
 おっと、見ちゃダメ。ガムガム、ガムを探すのだ。酔い止めは一応飲んでおいたが。念のため。
 

 売店は割りとフツウ……ガムって最近買わないけどたくさんあるのね。えーと、ストロング系……。

「あれえ? 市川さんじゃん」

 でかい声と同時に背中をたたかれ、私は振り返った。

「佐野さん!」

 びつくり。前の職場の人だ。

「何? 市川さんもお出かけ?」
「ええ。出張」
「へえ。俺、岡山なんだよ。友達の結婚式。市川さんは?」
「広島です」
「何? みやげ物でも?」
「いえ。ガムをちょっと・・」
「そう。よかったらお茶しない?」

 えっと一瞬思ったがまた緊張にかられるのもいやなので従うことにした。「は、はあ」

「すみません、ちょっとこれ買ってきます」

 一番効きそうなストロングハード系のガムを購入。

「えっと、出発ロビーにもあったよな。そこでどう」
「ええ」
「いやぁ〜、会社で会わないのに、妙なとこで会うもんだね」

 ホントにね。

「俺おごりまーす。市川さんにコーヒー入れてもらったお礼」

 お言葉に甘え、チェックインしたあと中のスタバへ。私はお決まりのカフェラテを注文してもらった。
 窓際の下のフロアが見渡せるカウンター席に座る。この席、はじめて来るが中々の眺めだ。

「その後どう? 市川さん」
「え、まあぼちぼち」
「俺らの部署、あのあとちょっとした修羅場だったんだよ。コーヒー入れる入れないで女子ともめてさ」
「って、どういう……」
「ついつい調子よく『コーヒー入れてーー』連発しちゃうわけよ、俺ら。そしたら女子どもがきれちゃってさ、『私らコーヒーなんか入れるために働いてるんじゃない!』とかわけわかんない主張するわけ。課長交えて話し合いまでしたんだよ」
「えーーー、それは、すみませんでした」
「あはは、市川さんがあやまることないじゃん」

 さわやかに笑う。この佐野さんもそうだけど、前の職場、若い人が多くて雰囲気はよかった。
 女の人は……ひそかに私、嫌がられてた? なんかそんな感じが今したんだけど。

「で、今は男が交代制で入れてるの。俺、けっこううまく入れれるようになったんだぜ?」

 え、男が交代?

「何とかの巧妙ってヤツ? 市川さんは順調らしいじゃん。そうそう、うちの会長、まだ30代だったんだな。俺しらなかったよ」

 ! どきーん。

「新年度に事業計画発表されたじゃん? あんとき知ったんだよなー。課長にバカにされたけど。呼び名は会長だけど実質CEOみたいなもんだって。もうじきグループ統合するじゃん? それまで現経営陣で引っ張って、来年あたりごっそり入れ替わるらしい。会長はそういうの専門の人なんだってね。そのためによその企業にいたの辞めて戻ってきたって」

 へーやっぱそうなんだ。
 その事業なんとか。私も聞いたはずだけど何故耳に残ってないんだろう?
 ていうか、会長の顔くらい知っとけ! 最初から正社員の人は。

「ふふふ、その会長に気に入られるなんて市川さんすごいじゃん。コーヒー好きって聞いたけど、マジな話なんだね。ねーねー、どんな人?」

 えっ。
 それを今ここで言わすか?

「うーー、そうですねえ……」

 口ごもってると彼は勝手に話をつないだ。
 どうやら別に返答なんて求めてないらしい。
 ちなみにでかいアイスキャラメルマキアートを飲んでる。この人ラテアートのオーダー一番多かったんだよね。乙女男子か。

「俺思ったんだけどさ、そんなにコーヒー好きならうちの社内にこーいう店入れてくれてもいいと思わない?」
「は?」
「スペース空いてんじゃん? ねえ、市川さんさー、それとなく会長に言うとかできねーの?」

 ええーー?
 なるあきくんに?
 うちの会社にスタバをもってこいと?
 ……いいかもしんない。

「お、面白いですね」
「だしょ? 汐留のT不動産にはスタバあるんだよね。これがかっこいい店なんだわさ」

 へーそうなんだ。知らなかった。

「自分で入れるのもいいんだけどさー、やっぱ店で飲みたいときってあるじゃん?」

 まあ、そうよね。
 うちの会社のすぐ近くにもスタバあるけどね。

「そうですね」

 彼はにっと笑って顔を近づけた。
 おのずと身を引く私。飲みかけたところだったのでずずっと音がした。

「ねー? 市川さんいい感じらしいじゃん? いつだったか、『お付きの人』にお姫さま抱っこされて医務室に運び込まれたんだろ?」
「えっ」

 今度はごっくんとえらい大きな音が響く。
 むろん私の体の中でだ。
 ニヤニヤ笑う佐野さん。
 ちょっ……お付きの人ぉ?
 『お姫さま抱っこ』!?

「うちの会社3月で派遣社員の扱い辞めたじゃん? それまで医務室の受付にいた派遣社員のおしゃべりなおばちゃん。そのおばちゃんが言ってたんだ。『すんごいイケメンが女の子抱えてきて、びっくりした!』がっつり韓流らしくてさ〜、そういうの目がないわけよ。しばらくあちこち触れ回ってたよ〜。『ちょっとぉ〜、会長室の秘書さんらしいわよぉ〜。おとこまえっ』」

 なんだと!?
 そのとき。
 頭の中で何かと何かが結びついた。
 いつごろからかなんとな〜く気になっていたちらちら視線。
 なんだろう? と思いつつやり過ごしていた。
 もしかして、これ? 
 これが原因だったんだー!

「すげえじゃん。お姫さま抱っこなんて〜。会長付きの人かな? 市川さん、がんばれーー」

 お・ひ・め・さ・ま・だっ・こ!

 オイオイ、いい年の男が恥ずかしげもなくそんな単語使うなー!
 ていうか、お付きの人って何?
 そんな人、いた?
 会長室には基本会長と私しかいないんですけど。
 つまり、お付きの人なんて存在しない。
 もしかして。
 なるあきくんをお付きの人だと思って言ってるの?
 30代の会長は別にいることになってる?
 まあ、あの風貌で会長とは誰も思わないよね……。
 いや。
 ちょっと待て。
 記憶をたどる私。
 およそ半年前のあの日。
 私、気がついたら隣のホテルのベッドに寝かされてたよね?
 えーと?
 てことはなにか? 私、あのとき、なるあきくんにお姫さま抱っこされて運ばれたの〜〜?

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密室の恋3 その19

 おひめさまだっこ……だと!?

「それにしてもすごいよなあ、やっぱ見てる人は見てるんだねーー。秘書室の男って相当エリートなんだろうなあ。お茶って女の子のたしなみだよね。……実はさ」

 目の前で調子よくしゃべる佐野さんの胸元が、なぜかなるあきくんのそれに重なった。

 あ、あ、あ……あの胸に抱えられて?


 わあああーーマジか?


 オーマイガー!


 会長室で抱きしめられた感触がよみがえって、いきなり胸がボンと火を噴いた。
 それが体中に引火。
 そう。よく特撮でやってる、あんな感じでボンボン派手に暴発したのだ。

 あの日。
 どうやって52階から11階の医務室まで移動したんだろう? 確かに疑問には思っていた。

 お姫さま抱っこ。なんて結婚式の余興、もしくはハネムーン先での花嫁むけのパフォーマンス、くらいの認識だ。
 やるとしてもよほどテンション高いヤツか、おっさんのジョークか、そんなところだろう。

 少女の願望か何か知らないが、まだ現実を知らないうちはいい。
 実際問題、特に衝撃度、はずかし度において、

 お姫さま抱っこ>>>>>その他もろもろ

 だよね?

 それが……よもや会社でやられるとは!?

 よほど手段がなかったのだろうか。
 エレベーターのボタン押すときどうしたんだろ? 秘書の人に出くわさなかったのかな? 特に何も言われてないけど。それにそのあとは? ホテルまで……。まさかまた抱えられて?
 うわ、ちょ、マジやめて。
 いや、担架を呼ぶより手っ取り早いか。
 いやいや、そういう問題じゃなくて。

 会長自ら?

 それがポイントなのだ。

 うわぁぁぁ〜〜。ハズいどころの話じゃないっ。もっと早く知れよ、わたしっ。


「……その話聞いてさ、長谷部のヤツがつい言っちゃたんだよなあ、女相手にさ……。そっから全面戦争が勃発したわけなのよ。

『すげーなあ、やっぱ女子は基本『料理』だよなあ。掃除とかもさ。市川さんってさ、棚の整理とか給湯室の掃除とかさりげなくしてくれてたじゃん? 気が利くってああいうのを言うんだよ。彼女いなくなってまた乱れちゃったじゃん。家事全般基本が身についちゃってるんだよなあ。お前らも見習えば? てかさ、女子は一度スタバやマックでバイトすべきだよ、ウン。お客様の立場に立ってコーヒー入れて、テーブル磨いて。バイトしながら基本が身について、一石二鳥、手っ取り早いじゃん。お前らもひょっとしたら市川さんみたいになれたかもしれないよ?』

言いすぎじゃね? 内心そう思ったんだけどさぁ、もう出ちゃったもんはどうしようもないじゃん? 誘発剤っつーか着火剤っつーか、オレマジ戦争ってこんなどうでもいいことで始まるんだ〜って実感したわ。すごかったな〜女子の反撃。いやもう女子じゃなかったな、ありゃ〜。ウンウン……」


――失礼な! お前らこそクロネコや佐川でバイトしてこいや! 女一人抱きかかえるどころか、ダンボールひとつまともに運べねーくせに。たかが資料室から資料持ってくるのにぜいぜい息切らしやがって、耐久力なさすぎだっつーの!

――何だと! ちょっとコーヒー入れてくれてもいいって話だろ。はしょりすぎ。

――だーかーらー。お前らに奉公するために入社したんじゃないって言ってんだよ。ねー? 課長、そうですよねー? 茶なんて飲みたいやつが飲みたいときに各々いれればいいからって、そう言いましたよねーー?

――あ、ああ。

――ちょ、課長、ばしっと言ってやってくださいよ。

――う、うん。


 オーバーに、彼らになりきって、佐野さんの話は相当長く続いた。時間はたっぷりあったのだから。
 だけどそれらは耳を素通りしていくだけで、私は多分相槌すら打ってなかったと思う。
 いや。それだけじゃない。
 その後どうやって搭乗したのか、席についてどうだったとか、いつ富士山越えをしたのか……などなど全然覚えてない。
 ただひたすら体が熱くて、頭の中はなるあきくんの姿で一杯で、匂いまで蘇ってすっかり別世界の住人だった。
 よくこれで広島までこれたものだ。
 きっと全てANAの人が誘導してくれたのだろう。
 ストロングミントガムも睡眠導入剤も口にすることはなかったのだ。

 ああ、今知った。
 恐怖を克服するにはそれをはるかに凌駕するパニックに陥ればいいのだ。
 まさに毒をもって毒を……式である。

「かな〜〜。久しぶりっ!」

 私を異次元から引き戻してくれたのは懐かしい同郷の友の声だった。
 ぽんと肩をたたかれ、あれ、ここどこ? 
 そこが広島空港であることに気づくまで数秒かかった。


「あっき」
「大丈夫〜? なんかぼーっとしてない? そういえばかな飛行機ダメじゃなかったっけ?」
「う、うん。何とか平気」
「そう。よかった」

 かなりの荒療治だが。
 絶対誰にも口にできないわ。


「うふふ、彼氏のみっくん。後藤くんで〜〜す」

 友達(=あっきという)は、早速隣の彼氏を紹介してくれた。
 その彼氏に目を合わせて更に私は目を覚ますのである。


 うわ、カッコイ〜〜〜……。


「ども。後藤です」

 ちょこんと軽く会釈して、長めの前髪から覗く目がすごく穏やかでやさしそう〜〜な。
 普通にかっこいいカジュアルな服装。程よい長身。
 ……あっきの今までの彼氏とは全然違う。
 この子、やんちゃ系の男とばかり付き合ってた印象があるが……。
 私もそうだけど、元彼にあまり恵まれてなかったんだよね。
 そのせいですれちゃってた感は歪めない。
 歌がメッチャうまくて、こうだくみと椎名林檎歌わせたら右に出るものなし。十八番はこうだくみの『めちゃくっちゃすきやっちゅーねん』て歌(タイトル忘れた)。本人かと思うほどうまい。お母さんが三味線の先生で小さい頃から祭りのお囃子や民謡系歌わされてた。声が太くてこぶしがきいてる。

「どうする? 先に昼にするか? 店調べとんのやろ?」

 おっと思った。久々に耳にする関西弁だ。

「うん。ね、かな、おなかすいた?」
「え? うーーん、まだ……」
「そう。ねー、みっくん、やっぱいつものいっちゃう?」
「そやなあ……」

 この素敵彼氏、あっきの長文メールによると、
(長いので要約だけ)
 神戸出身の年はひとつ上。大学は九州大学(何気に高学歴……)、今年の春広島に転勤、桜の季節、ぶらっと出かけた公園で桜を撮っていたところ、あっきと遭遇したのだという。
 まー、その出会い方がちょっとすごい。
 桜を見上げて、(何にか知らないが)黄昏ていたらしいあっきの姿が、何故か彼氏にはperfumeの『あーちゃん』に見えたのだそうだ。(マジ? 目おかしくない? この子よく言えばアムロちゃん系……。間違ってもあーちゃんじゃないだろ)
 つい、『あーちゃん?』と声をかけた彼氏。目が合った瞬間二人とも一目ぼれ……。
 絵にかいたような少女漫画的展開だ。マジか。『温泉なんて金もったいない』とかほざいてた女が。こんなかっこいい人と……。
 ナンパの手法にしても、『あーちゃん』?? 似てないっちゅーに。
 実は彼氏はperfumeオタなのだそうだ。
 男の子なのに……。なんかかわいいな。

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密室の恋3 その20

 外に出るとぱーっと視界が開けた。空には崩れたナスカの地上絵みたいな雲が広がっている。見わたす限りのそらそらそら……くるまくるまくるま……あとは……ナッシング。

「ここで待っとう? 車付けるで」

「そうねえ。でもあんまり距離ないんじゃない?」

「結構歩くで」

「そうだっけ?」

 車寄せの向こうは巨大な駐車場。その手前の横断歩道の前でなんか喋ってる二人のすぐ後ろで、私は初めて気づいたのだ。

 ーーえーと、広島空港ってこんな山奥だったの?

「ねー、かな、荷物たくさんある?」

「荷物?」

 そしてもっと早くに気づいておくべきことに気づいた。

「あーーー、忘れてたっ」

 慌てて自分のバッグを探った。「これこれっ」「???」

 びっくりして私を見る二人に差し出す。

「お、おみやげっていうか。つまんないものですが」

「えっ」

「えっ」

 二人はさらに驚いて目を丸めた。

「おみやげって」

「この前たくさんもらっちゃったし……せめてもの気持ち」

「えーー、別にいいのに」

 こんなところで渡すべきものではないのだが。出された以上相手も受け取らざるを得ないだろう、あっきは「ありがとう」と言って白いビニールの袋から中のものを出した。

「や〜〜ん、かわいい」

 おなじみDEAN & DELUCAのトートバッグだ。大と小。グレーの大と小は黒と白のふたつ。

 グレーのをさっそく肩にかけるあっき。


「これ持ってる人見かける〜。いいじゃん♪」
 
 
 そうなの。むちゃくちゃ持ってる子多い。小さいやつランチトートにしてる人もいるし。

 最近新宿で赤の限定トート持ってる人見かけて、やっぱこれかなと思ったのだ。

 他に浮かばなかったし。値段的にも妥当だろうと。

 まあ、ネットでも売ってるポピュラーグッズだけど。喜んでもらえて『ほっ』だ。

「こっちは?」

 あっきは袋の中からもうひとつ……ddの紙袋に入った小さなギフトボックスを開ける。「カップ?」

「うん、そう」

 これも超おなじみだ。
 ぽってりした形がいいんだよね。色もかすれてていい感じ。
 

「かわいい〜。こういうのほしかったんだ〜」

 素直に喜ぶあっき。
 ここ思い切り『そと』なんだけど。いや、こんなところでおみやげ出す私が悪い。

「きゃ〜。ペアなんだね、ありがと、かなっ、大事にするね。おしゃれ〜。やっぱナチュキチのと違うね」
「そうやな。あれすぐ冷めるからな」
「ホント、コーヒーがすぐコーヒー牛乳になっちゃう」

 よかった。
 ロゴ一つでnyデリの雰囲気を醸し出すマグカップ。私もお気に入りのカフェアイテムだ。
 会長室でも使ってる。
 これにコーヒーを注いでビーンズペーストなどを添えたnyデリカっぽいプレートを出すと、三回に一回くらいの割合で会長はnyソーホー勤務時代のことを話してくれるのだ。
 どこそこで暴動があって銃声聞きながら食ったとか、またあるときは映画の撮影で全面封鎖されて静かだったとか・・。
 私は会長の言葉や表情から行ったことのないnyの風景を思い浮かべて……これが結構楽しいひとときだったりする。
 まー、彼の機嫌が良くなおかつ時間にゆとりがあるときに限るが。大体月2程度か? 最近は……ないなあ。

「ねー、みっくんこれにしよっか、今日の荷物入れ」

「そうやな。ええんか? ありがとうな」

 ありがとうの「と」にアクセントを置いたお礼を言われ、胸がこそばゆくなる。

 なんかこの人のことば……やわらか〜い響きだ。

「荷物入れって?」

 ふと気になって私は尋ねた。

「うん。そう。これから温泉一泊するの」

「え〜、そうなんだ。どこ?」

「湯本だよ〜」

 ねっ、とあっきは彼氏と目を合わせた。
 そ、そうだったの? 私、何も聞いてなかった。

「そっか。ごめんね。無理言っちゃって」

「全然! 」

「ほんまや。宇部なんか途中やん」

「す、すみません」

 急に恐縮する私。車出してもらって当然!……的なノリはどこへやら。

 彼氏のイケメンぶりにやられたわけではない。ええ、決して。

 しかし。
 彼氏の車に案内されてまたまた恐縮するのである。

「ほな、乗ってや。狭いけどな」

 さっと後部ドア開けてすすめられたのはかわいらしいレトロな小型車だった。

 ナニコレ、カフェオレみたいな色。

「かわいい〜」

 思わずつぶやいてしまった。
 彼氏はふっと笑った。

「別に俺の趣味やあらへん。オヤジの就職祝いや」

 え〜。そうなの? なんてオシャレなパパさんなんだ。

「外車ですか?」
「いやいや。パオや。日産パオ。広島でも時々走っとるで」

 ふ〜ん、そうなんだ。知らないなあ……。車はあんまり詳しくないのだ。
 あっきってば、彼氏の車もがらっとイメチェンしてんじゃん。
 この子の彼氏、それこそこうだくみがCMしてるみたいな車乗りばっかだったのに。
 変われば変わるもんだ。

「親戚がこないな車好きでこんなんばっか集めて売っとーよ。そこで買うたんや」
「へ〜。中古車屋さんですか」
「まあなあ。俺はオヤジのカメラ欲しかったんやけどな。まるめこまれてしもたわ」

 カメラ?

「この車なあ、よう写メられるで。さっきもなあ、マーチ乗りが来てな、『撮らせてくださ〜い』ゆうてな」

 あっきもうんうん頷く。

「まあ、乗ってーな。古いけどエンジンとタイヤは新品や。座り心地いまいちなん、そのへんのクッションで調整してな」

 笑いながらすすめてくれる。中もなかなかのラブリーぶりだ。
 マカロンみたいなパステルカラーの円形クッションとふわふわの巻き毛生地の白いひざ掛け。その向こうに無造作に置かれたカメラバッグ。ジッパーが半分あいていて中のカメラが覗いてる。おおーレトロ。Nikomatのロゴ。ニコンのオールドカメラやね。本式の一眼レフだ。目黒の家具屋さんでも見たことがある。

「あの〜、カメラって、もしかして、これ?」
「ああ、そうや。やっと手に入ってん」
「え?」

 と振り返ると彼氏はほんのちょっと……照れくさそうに微笑んだ。

「俺がいくらくれ言うても手放さへんかったのにな。こないだ神戸に戻ったらころっと人が変わっとんねん。『これ、お前にやるわ。欲しかってんやろ?』言うてな。いきなり何や聞いたらデジタル一眼買うとんねん」
「あ〜〜。そうなんだ。時代の流れ?」

 私はくすっと笑った。彼氏は頷く。

「まあ、乗ってや」

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