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密室の恋 16

 週明け。私はいつもよりちょっとわくわくしていた。もちろんそれは新調したファンデのせいもあるけど―――。
「おはようございます」
「おはよう、市川さん。今日も早いのね」
 一体どんな手土産が? なぁんて、室長には私が思ってることなんてわかんないだろう。足取りも軽やかに上のフロアへ向かう。
「おはよう」
 といつもの調子で会長。特にお言葉なし。しかも『手ぶら』だ。
「お、おはようございます」
 ―――何だ。釣れなかったのかな?
 幾分がっかりしかける私。かなり期待してたって? いやいや、すぐにイマドキの釣り事情というものを思い知らされる。

「会長にお届けものです」
「はい」

 それはコーヒータイムの後だった。会長と同じくらい無表情な秘書の人が持ってきた二つの発砲スチロールの箱。もしかして!?
「開けてみなさい」
「はい」
 言われて開ける。まずはちょっと大きい方から。
「!! ぎゃ〜〜〜!」  
 同時に、とんでもない奇声をあげてしまった。開けてびっくり玉手箱? 中からはモクモクと白い煙が……じゃない、もっとリアルな物体がもぞもぞとうごめいてる。そして、にょきっと鋭い枝のようなものが突き出して。
 ―――え、えいりあん?
 生理現象なのか一瞬背筋がぞくっとする。
「……えびっ?」
 だがよく見るとそれは。おがくずにまみれた……海老!? しかもでかい。その色からして毛がにのようにも見える、私の目には。どちらにしても貧乏人にはあまりお馴染みではない。
 ―――はあ? 海老?
「伊勢海老だよ」
 と会長は冷静に私のおたけびに答えた。
「ええ?」
 それを聞いてもっとびっくりする私。
 ―――イセエビ? い・せ・え・びっ!?
「……い、伊勢海老って、会長、銚子に行かれたんじゃないですか?」
「そうだよ」
 って。何で銚子で伊勢海老? 伊勢海老って名古屋の方にいるんじゃないの? マグロでもびっくりなのに。ていうか、釣れるものなの? こんなでっかい海老。養殖とかじゃなくて?
 目を丸くする私。会長の言葉は続く。
「……いや、初日に目当てのものが釣れてね。カツオの群れにも当たって思いもよらない大漁だったんだ。それで『明日は陸に上がりましょうか』と言う話になって。堤防で海老が釣れるんだよ」
「えーーー?」
 頭がくるくる回る……。カツオ? この時期に? マグロも釣れたの? ナニこの人たち。大漁って。マジ釣り師ですか〜〜?
 驚いて手の止まった私に代わって会長はもうひとつの平べったい箱を開ける。その中には真空パックされた切り身がずらずらあった。
「これがカツオでこっちがマグロ。もちろん本マグロじゃないがな。それとヒラメだ」
 淡々と説明してくれて。
「えーーー?」
 こんなにたくさん? ヒラメまで? しかも全部綺麗に処理されて……。これってクール宅急便のチルドパックですか? オイオイ、楽天のおとり寄せかよ? すげーー……。釣りったって別にクーラーボックスに入れて持って帰るわけじゃないんだ?
 でも。船出して宅配して、下手するとその辺のデパートで買ってきた方が安くないかい? とついそんな心配までしてしまう庶民派の私。手巻きにするのがもったいないくらいの品揃えと言うか。
 いや、切り身はいいとして海老はどうするの? コレ、生きてますけど?
「生でもいいし、焼くか茹でるか、キミの好きなように調理しなさい。低温状態だからまだ大人しいよ」
 と会長はさらっと簡単そうに言う。
「えーー? 茹でる? 焼く? それはちょっと……」
 コワイじゃん、そんなの。持つだけでもコワイ。暴れて指はさまれちゃったらどうするの? 正直私には出来そうにない。せめて〆てくれないとーーー。
「ん。なら生でいくか?」
 だからー。そんな簡単に言わないでくださいよっ。
「はあ……。でも、どうすればいいんでしょうか?」
 料理一通り、魚の下ろし方まで鍛えられた私だけども、さすがにこれはさばけませんよ?
「それは私がやろう」
「へ?」
 半分驚き、半分慄く私の目の前を箱持ってキッチンに向かう会長。
「タオルと、包丁と、あとはさみがあったよな」
「は、はい」
 慌てて言われたものを揃える。オペじゃないんだから。でもそんな雰囲気あったりして。会長はもうひとつの箱の中から氷を出してきてシンクに氷水を張り、海老をひょいと掴んでそこにどぼんと浸けた。しばらくして動かなくなるとさっと水で流してまな板の上に置き、海老の頭をタオルで押さえる。
「え……?」
 私が持ってきたマイ包丁をちょいとかざし、胴体との境目に入れて。
 ……グシャリ。
「きゃ〜〜」
 ―――南無っ。私は思わず目を閉じた。会長は慣れてらっしゃるのかまるで動じず、「よく切れるな。キミのか」とか呟きつつ包丁を置くと、元々ここにあったキッチンばさみに持ち替え、真っ二つになった海老さんの胴体側の周囲をじょきじょき切っていく。
 えーー? じょきじょき?
 言っておくが会長はスーツ姿のままだ。しかし『スーツ汚れちゃいますよ』と言う隙がない。しかも素手っすよ。痛くないの? この不思議な空気どうよ。何この光景。私は呆気にとられていた。見とれていたのかもしれない。鮮やかなその手の動きに。
 はさみで伊勢海老さばく人はじめて見ましたよ?
 蟹ならアリだけど?
 殻堅そうなのにOK?
 このはさみって業務用なの?
 魚屋さんならわかるけどスーツ着たまま??
 しかし見る見る海老は殻と中身とに分けられてしまい、ラスト各々の部位が綺麗にまな板の上に並んで。ボウルに用意した氷水に身を入れるとプリンと引き締まる。
「すごーーい」
 私は思わず感嘆の声をあげた。
「後はキミの好きなように調理して。頭のところはみそが詰まってるよ」
「は、はあ……」
 お見事! と言うしかないこの綺麗な分別状態。まるで調理師専門学校講師の模範調理だ。会長って……何者?
「か、会長、海老なんて下ろせるんですか」
 変な言い方になってしまうじゃないの。誉めてるつもりなのに。
「釣りをやる人間が魚を下ろせなくてどうする」
 会長はフフと笑った。
「そ、そうですか。そうですよね。はは」
 そしてささっと手を洗って出て行く。マジ板さんみたいじゃないですか。私、魚下ろせる男の人には弱かったりして……。




 そう。私、魚下ろせる人って好き。それに、高校時代はじめてバイトしたのは魚屋さんだった。思い出しちゃった。ものすごく遠い昔だ。
「では、どうぞ。手巻きにしてみました」
 初めてごはん丸でお米炊いて寿司飯にして、カツオ、マグロ、ヒラメ、伊勢海老、と具を載せたお皿と共に運んだ。付け合せは海老の殻とみそがベースのお味噌汁。豪華な手巻きセットだ。伊勢海老の刺身なんて私初めてかもしれない。どーよ、このピカピカぶり。氷で冷やしていたのでまるでお寿司屋さんのケースに並んでるネタ状態に鮮度バッチシ。
 しかし……。会長の手は動かない。
「あ、お刺身だけの方がよろしかったですか?」
「手巻きって何?」
 って。――へ?
「えーと、好きな具とご飯を海苔で巻いて食べるんですよ」
 幼稚園児に教えてあげるみたいな説明をする私。

「私が巻くのか?」

 ―――は。

「……――も、申し訳ありませんっ、私が巻かしていただきますっ!!」

 うっかりしてた! この人ってばボンボンだから、手巻き寿司なんてするわけないんだーー。
 その原点に気付いてうろたえる私。
 釣りはするが(魚は下ろせるが)、寿司は寿司職人が握るものだって?
 わーお。
「ん」
 と会長はさも当然と言わんばかり、何もせずに私の手順を見守って。
 やだー。緊張するじゃん? もうこれだから金持ちってヤツはーー。どこまでズレてるんだ? 自分で巻くからこそ楽しいのに。と内心ぶつぶつ。
「まずは海老でよろしいですか? シソをおつけします」
 と言ってお渡しする。旅館の仲居か。確かこの人小海老ダメだった筈だが? 伊勢海老はいいのね。まあ何て贅沢な。
「それじゃ失礼して。頂きまーす」
 続いて私もパクリ。何せさっきまで動いていた海老さんだ。そりゃもう甘いの何のって。しっかもぷりぷり! 口の中に初めての触感と味覚が広がる。披露宴の料理で出てくるグリル系海老さんとは全然違いますよ。
「美味しいですっ。伊勢海老の刺身なんて初めて食べました」
 興奮気味だ。
「そうか。海老は傷みも早いからな。まずその場で〆なければ刺身は無理だろう」
 それでわざわざ生きたまま送ったの? 
「いいんですかね? 私だけご馳走になっちゃってー」
 なんて言いつつバクバク進んで。会長よりも私の方がハイペースだ。手巻き寿司なんて1人暮らしじゃまずしないメニューだし。
 食べてる内にまたまた記憶が蘇ってきた。よく家族で囲んで食べてた。具の種類は随分違うけども。伊勢海老なんてヒラメなんて並ばないけど皆でわいわい食べると何でも美味しいものだ。変なところにこだわるウチの母は絶対スーパーの手巻きセットじゃなく、魚屋さんのお刺身用を買ってきて出してたっけ。私も時々下ろすの手伝わされた。
「もしかして魚の処理をされたのも会長なんですか?」
「ん、まあ。私はさばくの専門だからな」
「えーー? じゃあ釣りの方はしないんですか?」
「時々力を貸す程度だな」
 へー、そうなんだ? って、それじゃあ釣りバカ日誌と言うより『さかなくん』じゃないですか。あの手さばき……。
「キミは釣りに興味があるのか?」
 とまた聞かれる。こんな話に食いつく女ってよほど珍しいのだろうか。そりゃ私は海の側と言えば海の側で育ちましたけど? 釣りったって友達同士浜辺でバーベキューのついで程度だ。
「友達に誘われれば行く程度ですよ。あんまり詳しくないです。日本海とこの辺りじゃお魚の種類も違うかもしれませんね」
「沿岸ものはあまり大差ないよ。沖合いだと……カツオは日本海じゃ無理かな」
 お?
「いやー、そりゃまあカツオはそうかもしれませんけど、同じ魚でも微妙にお味は違ってたりしますよ。特にイカは。向こうのがやわらかくって絶対美味しいです」
 何対抗意識燃やしてるの? 何故かお国自慢をしてしまう私。恥ずかしいっての。しかし事実そう思ってたりする。イカはやっぱ日本海の水イカに限るのさ。
「……ウチ、母親が冷凍ものの魚絶対出さないんですよね。毎日魚屋さんでその日に揚がったの買ってきてました。そういうのでずっと育ってきてるものだから、今でも冷凍ものには抵抗あります」
 力まで入るし。田舎者根性出し。ハズカシー。会長はゆっくりと一回頷いた。
「フフ、そうか。……それでキミは肌が綺麗なのかな」
「……そうですよ!―――……えっ!?」
 びっくり驚きな一言だった。

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密室の恋 17


  ―――KIREI……

 キレイ きれい 綺麗……。

 綺麗って私!?
 ……いや、厳密には私の肌でしょうよ。新しいファンデ効果? や、やだ、わかっちゃった?? 会長って案外目利きなのかな……。今までの男がドン臭すぎるのか?

「キレイ……」

 アフター5、思わず立ち止まった書店の、「KIREI」っていう雑誌。それを手にしてパラパラめくってるワタシ。
 ――なんてことない雑誌だ。ヨーガ、ロハス、デトックスなどなど女の子がきれいになるための情報満載の、普段あんまし見ないタイプ。
 つーて、


 胸がトクトクゆってるんですけど……。


「やだもう、何だってのよぉー」

 だから雑誌じゃない。ココロここにあらず状態。


『……綺麗だね』


 だから肌だって。何過敏になってんの?
 ――いやいや、マジ顔であんなお部屋で2人っきりで言われるとバカでも反応しますって!


 キレイ、キレイ、きれい――――。


 カァ―――ッと熱くなる。


「ありがとうございました―――」

 ……何となく手放せなくなって結局購入にいたる。980円ナリ。私ってば。まあメニューの参考になるしね、よしとしませう……。




 ウチに帰ってシャワー、食事を済ませ、床にゴロつきながらさっきの本をめくる。食事編は超ヘルシーなメニューばっかだ。女の子どころか、会長みたいなちょいワル、じゃなくってちょっとばかし中年、男性にもよさげな。しかし材料費かさみそう……。

「ふふん、ふ〜〜ん」

 横向きになって、いつのまにかヨガまがいのポーズをとりはじめる。体の柔らかいのはあんまりいばれる自慢でもない私の自慢のひとつ。調子よく進んで、ふと携帯でブログをつないでみる。
 メッセージが入っていた。みなみんさんと新規も何故か。


『いや〜〜ん、イセエビまじおいしそうですっ! 魚さばける男のヒトっていいですねえ〜〜』


 その(ブリブリブリッ子な)姿が浮かぶみなみんさんの書き出し。えへへへ、やっぱそう来たか。あの、手・さ・ば・きっ、目の前で見るとカンドーもんだよ? それに今日の画像はアングルにも気を遣ったんだから。デジカメですらないのに私ってば、プチカメラマン気取りよ。


『で、ちょっと聞いてくださいっ!ケンタロウさんの本買って肉じゃが作ってみたんですが、焦がしちゃってーー!チョ〜〜〜ショック!!!急いで痕跡消して、違うの買いに走りましたあ。私ってやっぱダメなのかな――。それとももっと分厚いお鍋にした方がよかったのかな。フライパンでってあったのでその通りにしたんだけどーー』


 プ。このヒトホントに料理ダメ子ちゃんなのね。フライパン? 火が強かったのかな。肉じゃがごときで鍋なんて買ってられないっての。
 返すコメントを考えながら続きをざっと見ると別なコメントに目が止まる。


『はじめましてー。キョンママと申します。イセエビカンドーーー!!あ、すみません。私はレシピ検索にネットを利用してまして、とってもかわゆい感じなのでつい書き込んじゃいました。みなみんさん、はじめまして。肉じゃがって簡単そうで結構失敗したりもしますよねー。めげずにチャレンジ!お鍋をお探しなら私はルクルーゼがいいと思います。ちょっと重いけどとっても美味しく出来ますよ♪』


 わ、出た、ルクルーゼ! こマダムの必需品と言うか。オサレな雑貨店にはぜーーったい置いてある、クソ重くて超高い鍋。

「まっ、リッチ――」

 つい呟いてしまうでないの。キョンママってくらいだからお母さんなんだろうなあ。そんなの持ってるなんて。さぞこじゃれた生活を送ってるんだろうな。
 まあ、ウチも洒落っ気の点では負けてはいない。インテリアショップ、モデルルームそのまんまのキッチンなんだもの。
 ―――厳密にはウチじゃなくて、ウチの職場ね。

『フライパンですか〜。今度私もやってみようかな。みなみんさん、頑張って下さいね♪愛情があればきっと制覇できますよ』

 と、みなみんさんには無難に返して。

『はじめまして。キョンママさん。このような所にお越しくださって感謝!!です。メニューが参考になるかどうか不安ですがガンバリマス。これからは今まで培ったカフェメニューもバンバン載せれるといいなあ』

 あくまでも会長が完食してくれたら、の話だけどね。でも妙な自信がみなぎる私。

『ルクルーゼの鍋をお使いになられてるなんてかなりの上級者ですね!よろしければ色々レシピを教えてくださいね』

 キョンママさんはとりあえずブロガ―じゃなさそうで。よくこんなできたての薄っぺらいブログに来れたなあ。これもmcrt24さんの影響なんだろうか。ブログ、恐るべしっ。




 人生バラ色……。

 なんてそこまでじゃないけど、このところかな〜りそれに近い状態なのは確かだ。
 全くストレスを感じないで職場に向かうってどうよ? こんなことはカフェ時代ありえなかった。そりゃまあそれなりにお洒落な店内ではあったけれどもチューボーに入っちゃえばもう戦争状態。接客の日はどんなヤンキーの兄ちゃんにでも膝ついてオーダーとって、見た目とは裏腹、そりゃもうハードな仕事だったもの。
 それがどーよ。

「おはよう、市川くん」
「おはようございます」

 ペコペコ頭下げて回る必要もなく、上司数名に挨拶した後はコーヒーいれてゆーーっくり料理して。ああ、なんて優雅なのだろう。

「市川くん、先日のマシーンのことなんだが」
「はい」

 朝の一服の後、話し掛けられる。

「この前の炊飯器の感想を聞かれてね、君のことを少し喋ったら是非色々話を聞きたいそうなんだよ。私の友人で、緑川って言うんだが」

 と、言いつつ会長は名刺を差し出した。

「すまないが、何でも気付いた事をこのアドレスに送ってやってくれ。或いはもっと他の、家電全般について、使用する人間の意見が欲しいらしい。新製品のアイデアを練ってる最中らしくて」
「は、はあ。でも私、そんなメールするほどのことなんて……」

 ちょっとびっくりして受け取ると彼は上向きに目を合わせた。なんか、眼鏡が光った。

「……もちろんそれなりの報酬はするよ。必要なものがあれば何でも言いなさい。彼にでも私にでも」
「へっ」

 え――? マジ? 新製品?

 私は名刺を手にしたまま不自然な後ずさりで部屋を出た。

 ―――HIS(株)代表取締役社長 緑川純大

 と印字された、何ともダイトリぽくない天真爛漫なお名前。会長の友人、て。全然違うカンジの名前……。
 まあ、あの人のオトモダチなら年も30ちょっとなんだろう。ホリエモン世代。まだまだ若いよ。ダイトリぽくないのが普通なのだ。会長が落ち着きすぎてるの。
 私は、何かもう慣れてしまったかのように昨日雑誌を見ながら浮かんだメニューの準備にとりかかった。
 たか−いビルの朝日が差し込む白いキッチンでただ1人……。ごはん丸に材料を入れてセットして、一通り済んで部屋の隅に、PCの前に戻る。

 ―――ん――……。気づいたことかあ。

 それは何気なしに。何だかホントに軽い気持ちで私はメーラーを開いて新規メールを出す。宛先はさっき貰った名刺の裏に手書きで書かれたアドレス。コレきっとお客様窓口かなんかなんだろうなあ。そう思いながらつらつらと。


『はじめまして。東英商事の市川と申します。九条会長がいつもお世話になっております(て私が書くのも変だが)。早速ですが、先日頂きましたごはん丸を使ってみましたので……』

 う―――ん、何か堅いかなあ。でもお礼くらいはしておかないと。単なる清書じゃないオフィス文書ってどう切り出すのよ?
 とか思いつつまあ別にいっか、と気楽に続けて。

『……パンはとても早くきれいに焼けて感動しました。欲を言えば色んな型があるとケーキとか焼けるかなあ、と。そんなところでしょうか。今後ともよろしくお願いします』

 何をよろしくなんだ? 変だけど、何か送っとかないと会長に悪いような気がして私はさっさと送信をし、キッチンに立った。
 そしてお昼前。かいがいしくお昼の用意をしようとしてふっと、部屋の隅のデスクのPCのメール受信のランプに気づく。珍しい。私にメールなんて初めてで。
 びっくりした。
 早々に返ってきたのだ。
 さっきの。しかも、ミドリカワさんじきじき。

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密室の恋 18

 『市川様 はじめまして 弊社の商品をご利用頂きありがとうございます 賜りましたご意見は今後の商品開発の参考にさせて頂きます』

 わ、新米社長さん。どんな人か想像しちゃうじゃなーーい? プフ。
 ……て、ワクワクしたのもつかの間、半分から下、文面が変化する。

『……ところで市川さんはどういう経緯であのカタブツ会長のお膝元にいらしたのですか? 聞くところによると うら若き独身のお嬢さん だとか。前は定年間近のおばちゃんだったのに、、俺驚いちゃいました。できましたらそこんところのいきさつをおしえてほしいなーー……なんて。いやいや、ぶっちゃけトークで結構ですよ。俺はお宅の会長とは長い付き合いなんで。このアドレスは俺専用だし。秘密厳守です』

「――へ?」

 なぬ? いきなりため口? てゆうかお膝元て。おばちゃん? いや、それより何よりうら若きお嬢さんて誰のことよ――――!? 会長が言ったの??
 胸がドキドキしちゃって。

「ちょっとこれなーに? 返信しなきゃいけないの??」

 真面目に迷うよお。初対面(メールだけど)の人、しかも社長とゆー肩書き持ってる人にどーゆーぶっちゃけしろっての!
 ―――会長にも聞けないし。

「うーーーーぅ」

 マジでホリエモン並みに気取らない人らしい、緑川氏。私は、頭抱えて、キーボードをつっつく。さすがにため口は返せない。
 はぁ? 社長専用アドレスぅ?


『ご返信ありがとうございます。私は別の部署に所属しておりましたが(てハケンだけどさ)、ひょんなことから会長のお食事を手配(じゃないんだけど…)させて頂いております まだまだ不慣れな身でございます 今後ともよろしくお願いします』


 うあわー。すごく緊張する。もう仕事に戻らなきゃ。
 なんていってる間に、着信……。はやっ。

『どうも〜〜〜☆メールありがとう!そかそか、市川さん、大抜擢ってわけやねえ〜〜。そりゃめでたい!!イヤイヤ、九条クンとははるか昔の飲み仲間から始まって今はビジネスパートナーでありますが、まるでわが身! 俺は本当にうれしい!! 是非あのおっさんを見守ってやってください。あいつは根はいい奴なんです。今はちょっとひねくれてるだけで。チョイワル、じゃなくチョット複雑なAB型なんですよ。おっと、時間だ。また改めてご挨拶に伺います』


 カァーーー。
 真っ赤になる。
 何よ、どこまで飲み込めたのだろうか、この人。
 ……勝手に思い込んじゃってるような。
 誤解招くような想像するんじゃない!!
 なんだろーなーー、ギャル文字でも出てきそうなこのテンションは。
 たかがお茶くみですよ、私はっ。何をお願いしようっての。
 
 まあしかし、大抜擢には違いないけどね。
 あのままハケン終わって、下手するとクリスマスには無職だったかもしれない私。
 それを救ってくれたのは……。
 会長?
 ……じゃないでしょーよ。正確には室長よ。なあんの接点もない私を拾ってくれた。奇跡的ねえ。
 めでたいって……それは私の方ですよ。


 変な胸騒ぎが続く。「市川くん」て会長の声がして、はっとした。

「わ、は、はい」

 慌てて画面閉じて、見ると会長が遠くから視線を合わせて。

 ――――メシ、まだ?

 みたいな表情。に見えた。一瞬。

「あ、す、すみません。すぐにご用意します」
「ん。そうして。ちょっと午後空けるから」
「はいっ」


 相変わらずの端正なお顔。素っ気無さ。『カタブツ』よね。確かに。
 こんなだから、

『本日のメニューはサーモン、キャビア、ビーフ、トマトのブルスケッタ風でございます。マスカルポーネ、タルタル、わさび、お好きなソースを絡めて召し上がれ♪』

 ……なぁんておふざけも出来ない。

「ん……」

 でも、すっと手を出して食べてくれる。
 パソ見ながらなのに……こんな品よく食事する男を私は見たことがない。
 まったく男って奴は、パクついて終わり、そんなのばっかだったから。
 やっぱ育ちってこういう端々に出てくるのね。何てきれいに食べるのだろう。
 それをじっと見つめる私(会長がこっち見ないから)。
 この空気がなんとも言えず好き。
 これって、見守ってるって言うのかしらん??


 食べ終えると会長はもう外出モード。その帰社予定時刻を聞くなり私は、

「あ、じゃ、じゃあ、今日はお茶請けはいらないんですね」

 なんて妙なことを口走ってしまった。
 一瞬、『へ?』という顔をされる。

「……あ、すみません、いってらっしゃいませ」

 と私は照れくさくて頭下げて、後片付けに取り掛かって、会長は出て行った。


 どうも浮ついちゃうな。さっきのメールのせいだ。
 気を取り直して、ブログに画像をアップ。
 デザートを載せられないのは残念だなあ……。今日はちょっと頑張ってみたんだけどな。抹茶のロールケーキ。クリームは甘さ控えめのほんのりクリームチーズ風味。
 どうしよっか。ここで1人で食べちゃうのはちょっと勿体無い(てコラ)。
 ダメだぁー。仕事しなくては!
 明日、は休みだからあさってのメニュー考えよう!
 と、私はレシピを探る。
 こんなことが仕事になっちゃうなんて……なんて楽なの。ネットには私なんかよりよほどプロ級の素人シェフがいっぱいいるっていうのに。
 心の片隅で後ろめたさを感じながら。
 いつしか没頭しててメールのこと忘れていた。
 そんな夕刻、

「会長にお届けものです」

 え?

「ちょっと重いので運ばせますね」

 秘書の人の声の後にダンボールを持った男の人が数名。

「あのー、何ですか? これ」
「何かしら? 調理関係? 即日配達なのよね」

 ―――調理関係?
 無造作に置かれた箱たち。よくよく見ると送り主は……あの緑川さん!?

「えーー? 何よ、コレ。もしかしてごはん丸2号?」

 ご丁寧に包装してあるからほどくわけにいかない。
 大き目のものもある。
 別の意味でドキドキしながら、もしや緑川氏からメール来てるかも? と思ってPCに近づくがそれはなかった。
 成すすべもなくそのまま時間が過ぎて、会長が戻ってきた。私はすぐに言った。

「あ、あの。HISの社長さんからのお届けものです……」
「ああ。開けてみて」
「はい」

 会長は席についてしまって、私1人で箱を開ける。
 出てくる、出てくる。
 それはまさに、調理関係……。

 えええ?
 フードプロセッサーにミキサーに、スチームオーブン、ミニ冷蔵庫、圧力鍋……。
 ちょっと何これ。モニター当選て奴ですか? こんなにたくさん?

「こ、これってどうすればいいんですか?」
「好きに使いなさい」

 至極当然のように彼は言う。

「で、でも、こんなに置けませんよ」

 と、貧乏くさい私。いや、キッチンは立派なんだけどもね。広さもあるけど、何ていうの、こういうのズラズラ並べておけるほどのカウンターはない。フードプロセッサーくらいなら余裕だけどなあ……。
 しかしさすが、というか会長はちらっと見て、

「ああ。そうか。それじゃ業者にやらせるからそのままにしておいて」

 ―――業者?

「は、はあ」

 何も返せなくなってしまう私。
 会長はそんなことお構いなしに、

「ふぅー。のど渇いた。一杯入れて」

 珍しいセリフだ。

「は、はい」

「さっき言ってた、お茶請け……? それ出して」
「え?」

 耳を疑う私。
 お、覚えてたの?

「お、お召し上がりに?」
「うん。食べるよ」

 さらっと言われて。私は慌ててキッチンへ。
 保冷ジャー(自前)へ入れていた抹茶ロールくんを出した。

『わーー、食べちゃわなくてよかったあぁぁぁーーー』

 て、そういう問題か。
 もうドキドキ。
 今日はドキドキだらけだ。

「ど、どうぞ」

 AB型だって? 会長。

 まさに! 変な人たち!

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密室の恋 19

 休日前の夜。私はデートの待ち合わせ、ならぬ、本屋で結構な時間過ごしていた。もちろん女友達と待ち合わせでもなく。そこは料理本コーナー。まわりは若い女の人だらけだ。
 メニューの研究。うちの店で出してた料理中心じゃそろそろ底が見えてきそうだし。何せあれだけの調理道具。もっとバリエ増やさねば。
 熟読(…って立ち読み)。厳選した一冊をレジで清算。浮かれる人ごみを尻目にさっさと改札へ。携帯が鳴った。

「あ、あたし。ひさしぶり。ねーねー、今暇?」

 着信、ゆな。数少ない同郷の友。珍しくないがちょっと会ってなかったな。

「んー。何?」

 暇だけど、もう電車乗るモードなんですけど。冷静な私。

「ねー、今新宿勤めだよねー。あたし新宿いんだけどぉ。ごはんどうよ」

 お誘いか。早く言ってよー。もう乗っちゃいそうな気分なのに。

「えーと、もう家付近なんだよね。明日じゃだめ?」

 て、軽い嘘。明日ってその気も無いのに。近所に来てるから会おうってだけだもの。『じゃ、ま、いっかぁ……』そんなのりだろうと。
 だけど。

「ん、そっかぁ。ざーんねん。あしたー。いいよ。久しぶりに会おう」

 あれ、そうくるか。となると断るわけにいかない。

「うーーん」

 半日くらいなら……。ぼんやりそう思った(イヤなんかい!)。

「あのー。ひとり連れてくけど。遠慮無しに話そう。あした、12時。ポルカでヨロ」
「なによ、ひとりって」
「ん。あたしのコンヤクシャ」

 さらっとそう言われて。

「え? っとそんなのいたっけ」

 ぶしつけな返し。

「いたいた。急にそうなったのー。紹介したいし。もち式にも出てよね」
「あ、う、うん、も、もちろん。……あ、おめでと」
「ん。あんがと。じゃー詳しいことはまた明日」

 パツッと切れた。しばらく会ってなかったと思ったら……。結婚のご報告? そーいうお年頃なのよね。ぅーー、現実味あるじゃん。
 でも別にカナシくないしっ。
 私はちょっと驚いたけど顔に出すまでも無くホームに向かった。




 次の祝日。約束の店で私を待っていたのは、腕くみカポォ……超らぶらぶなふたり。旧友と、はじめて見るその人は、黒ぶち眼鏡のとっても優しそうな人。
 ……この子、こういう趣味だったっけ? 全然ちゃうやん!

「ね、こちら……みのがきさん。で、こっちが、いちかわ、かなえちゃん」
「はじめまして。……みのがきさとしと申します」
「あ、ど、どうも。いちかわです」

 わー、なんかやだ、こういうの。胸の奥がムズい。まあ、趣味はともかく、とってもあまったるいらぶらぶ光線。まわりにもその空気伝わるくらいの。

「ねー、かなえ、新宿のーでかいビルに派遣してんだよねえ。ちょっと話してたらさとくん仕事で行ったことあるって」
「え」
「あ、どうも。申し遅れましたが僕……」

 と言って、その人は名刺を差し出した。

「あ、ど、どうも」

 つられて私も乙女な財布から名刺を出した。ちょっと恥ずかしい。

「あ、……ハケン? じゃなくて?」

 その人が声出して言うもんだからゆなが覗き込む。

「えー、かなえ、何この名刺ぃ」
「ん、あ、話せば長いんだけどぉ」

 また照れる。おいおい、そう言えば正式部署名何だっけ? 家族に見せびらかすくらいしか考えてなかった名刺の存在が何だか眩しい。

「あー、ちょっと、色々事情がありまして、一応、しゃ、社員になりました」

 うつむいて答えた。

「えーーー……、すごぉぉぉぉぉい! 商社じゃん。地元からでも入った子知らないよ」

 と、オーバーな反応。田舎モン丸出しじゃん。私も知らないよ。いいよ、その話題は。かーっと熱くなる。
 思わぬ展開だ。早く切り返さなきゃ。

「それは置いといてさ、何、キミタチ。その、し、式とかさ」
「あ、そうそう。空けといてよねえ。3月なんだけどさ。こっちで挙げるから」
「うん。おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 ほ。話を戻して。ゆなは幸せそうにカレシの腕を取って馴れ初めから話した。その人は穏やかに頷いてて、食事の後勘定済ませて出て行った。

「いーの? デートじゃなかったの?」

 完全にその姿が見えなくなって私は言った。

「違う、違う。昨夜も一緒にいたの。何か早く紹介したくってさ。それでねーー」

 それからゆなは私を連れ出し、2人自由が丘の街をあっちこっち歩きまくった。

「ねーー、これがほしぃんだぁ。あたし、料理がんばっちゃおうかなぁって」

 インテリアショップと言うかキッチン雑貨のあるお店で、フードプロセッサーを指して言う。
 そう、これが本題。お祝いのおねだりかい。ゆなはくねくねして人が変わったようだ。化粧とかじゃなく、雰囲気が。なんだかほわっとしてる。
 この子、昔は結構マニアック系? コスプレとかそっち系だった。趣味が変わったんだろうか。あの優男風な男の人……。
 何となく聞く勇気が無くて私はいーよ―と答えていた。

「式は会費制だからーー。お祝儀包まなくていいから」
「ハイハイ」

 べたべたくっついてくる。

「なんかぁー、ハケンだし一人暮らしだし、言いにくかったけど。いいよね、正社員さんなら。よかったじゃんー。あたしからもおめでとう」

 またまたドキッ。

「いやー、そのー、何て言うか」

 実は私また料理関係の仕事することになって……とうっかり言いそうなのをこらえる。
 別にこらえる必要なんて無いのに。

「あ、ありがとう。ま、まあ、ぼちぼち」

 何がぼちぼち? 

「じゃ、たのむね」
「う、うん」

 そしてその商品と値段を頭にとどめ彼女と別れた。

 恋すると女は変わる。

 目の当たりにして私はしみじみした。自分の部屋の、小さなキッチンで。チョコレート溶かしながら。
 その昔ゆなは架空の人物に恋するオタク少女だった。上京してちょっと方向変わったとはいえ……。何? あのしあわせオーラ。料理するからフードプロセッサー欲しい、だって。
 思いながら手は勝手に動く。ネットにつないで料理系のページを探る。傍らには昨日買った本が。
素人なのに料理本並みのブログがづらづら出てくる。見るたびに思うけど、すごすぎ。この人たち、『無償で』作ってるんだよね。もちろん器も自前だ。私なんてホント……。足元にも及ばない? ただただ、ラッキーとしか言いようが無い。

 ―――もっともっと頑張らねば。

 派遣じゃないって言っても会長の気まぐれ(?)ひとつでつながってるようなものだ。いつどうなるかわかんない。でも、今の身分に恥じないよう、名刺くらいさらっと出せるくらい自信もたなくては。
 妙にやる気になって私は、デザートの試作を3つも作ってしまった。





 そして朝。私は室長に言われるまですっかり忘れていた。

「一昨日から業者の方が入られたようなの。作業は終わってるようだけど午前中にもう一度来られるから確認して差し上げて」
「あ、は、はい」

 確認? ていうか、作業って。リフォームみたいなの? 会長が言ってた……。
 何を確認するんだろう……。
 よくわからなくて上に上がると、ドアが開いていて。

「お、おはようございます」
「おはよう」

 会長がすぐそこに立っていて。ちょっと驚いた私は中を見る間もなく、

「一応、改造は終わったようだが、キミの都合の悪いところがあれば言いなさい。担当の者がもう一度来るから」

 改造? 『かいぞう』ってなんだそりゃ。くすっと笑いそうになって私は案内されたドアの向こうを見上げた。

「えーーー」

 と、お次はびっくり。すっかり忘れていたとはいえ。いきなり――。正味1日半でこんなに変わるか?
 まるで―――。昨日さんざん連れ回されたお店とだぶるようなフル装備のキッチンスタジオがそこにあった。
 いや、ついおとといまでのもすごかったんだけどね。
 ピカピカのステンレスの台が入れ替わっていて。
 新品の調理家電一式が納められた棚、長―い作業台と、白いアイランドカウンター。
 一通り見渡して私は思わずその大理石風の天板を撫でていた。

 ―――何なのー? 会長の一声でこんなにカネかけたことできんの?


 そしてぱっと窓の方を見ると、白いデスクとパソコン、電話が。

「あ、これは?」

 近寄ると、書類一式(といっても殆ど白紙)がそこにあった。デスクと言うか洒落たカウンター風で、傍らに引出しが備えてある。

「今日からキミはここで業務をしなさい」
「え?」

 その言葉に押されるようにドアを出ると、がらんと広い会長室……。隅っこにあった申し訳程度の秘書机はきれいさっぱりなくなってる。

 ――――えぇぇぇーーーー!!


 私は叫んだ。もちろん心の中で。


 ーーー今日から、ここで。この中、『だけ』で? なんでっ?


「業者、昼前には来ると思うから、キミが立ち会って」


 素っ気無く、会長は遠い窓際の席についた。

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密室の恋 20

 パキンッ……。
 何か鳴ったような気がして、辺りを見回したら何にも落ちてなかった。
 パキン、て耳鳴りか。何でパキンなんだ?
「失礼します……」
 ドアを閉じて、ひとりぼっちになった。
 ボーっと立っていた。
 ここで、料理だけしてろって?
 そうだよね。仕事だもん。
 ……今日のメニュー、何だったっけ?
 頭がぶっ飛んで。
 真新しい白いキッチンが何だか冷たく感じる。
『秘書でもないのに同じ部屋にいたんじゃ、目ざわりってことだよね?』
 そんな風に思うと、沈んできた。窓の外の下界が霞む。たくさんの人間が動いているのに……すごい孤独感。

 ーーハ、コーヒー入れなきゃ!

 気付いたのはいつもより20分くらい遅い時間だ。急いで用意して出て行った。
 会長は真剣にパソコン画面を見ていた。
 そろっとカップを置くと、
「3時に来客予定だから茶請けを用意してくれ」
「はい」
 と返事して「えっ?」と思った。
「……何かリクエストありますか?」
「ない。一昨日みたいなのでいい」
「はい。わかりました」
 パタン、とキッチンに戻る。
 来客かー。早く言ってよ。材料ないじゃん。
 当然か。なけりゃ調達して来い、だよね。料理人なんだから(じゃないけど)。
 がんばらなきゃ……。
 ホントならケータリングとか、プロのシェフ呼ぶところ、会長の人間嫌いのせいで社員に昇格した私がやってる。私なんか何の資格もないのに。フードコーディネーターとか、パティシエとか、調理師免許とか持ってるわけでもない(栄養士は持ってるけど)。普通の事務系の簡単なのだけ。
 にもかかわらず、こんな金かけるって、どんだけ〜!?
 100万や200万じゃきかないだろう。昨日の店ではカウンターだけで参考価格300万超えだった。それが、壁際にもズラーだ。
 てことは、500まん! とかもっと? あの社用車買えちゃうんじゃないの?
 とりあえず味は合格、食ってやるから料理に専念しろってわけかい。
 今日のメニューどうしよう。
 ……ロールケーキみたいなのでいいのかな。実は甘党なのかしら。
 じゃあ思い切って『あまあま』でいこう!
 見た目だけね。やっぱりお体のこと考えると低糖でいかないとね。
 
「すみません、出かけてきます」
 会長はまだPCとにらめっこしていた。しかし完全無視かというと、そうでもない。
「ああ、買い物か?」
 絶妙なタイミングだった。なんかそれってホントにどっかの旦那さんのようで、こそばゆい。
「はい」

 買出しから戻ると会長はお仕事をしていた。
 さあ、調理開始。ご主人様へお出しする『おつまみ』の用意だ。メニューはめぼしをつけていたもののアレンジだ。お菓子が(見た目)甘系なので、お昼は思い切り和風にしてみる。
 キッチンは天板の高さが高めで、さすがに使いやすい。うちのおんぼろキッチンとえらい違いだ。古い昭和のキッチン。築ン十年のアパートの作り付けだからそれ相応の年代物だろう。流しが30cm、調理スペースもおなじくらい、あとコンロ台。流しに熱湯を流すとステンレスが『ボコン』と大きな音を立てる。
 まあそれでも小さなワゴン買ってきたり、吊り棚などそれなりに工夫して使い勝手はまあまあなのだが。
 とはいえ、最新キッチンは非の打ち所がない。『おつまみ』は予想外の速さで完成した。
 まだ早いなあ、と思っていたところにお呼びがかかる。
 業者さんが来たのだ。
「失礼します」
 作業着の男の人が2人。1人は配線工事士さんだった。
「コンセントの位置ですがこちらでよろしかったですかね?」
「はい。ええと……」
 改めてよく見ると、長ったらしいカウンターの壁面に2つ、コンセントが備わっていた。
「もし変えるようでしたら今すぐ出来ますよ」
「そうですね」
 コンセント口4つ、それが2箇所だから合計8。これだけあれば大丈夫かな。まだ1回しか使ってないのでよくわからない。
『ごめんなさい、よくわからないわ。主人に相談するのでまたいらしていただけます?』
 家を新築した新婚の奥さんならこう言うのかしら??
「すみません、こちらにひとつつけてもらえますか?」
 きょろきょろして何故かデスク周りにコンセント口がないのに気付き、こじんまりとしたデスクの脇を指した。
「はい」
 こちらでよろしいですか、と確認して、お兄さんは実に手際よく壁にしるしをし、ガガガとナイフのような器具でくりぬくと配線をいじって、ぱかとコンセントのパネルをはめた。ものの5分もかかってない。すごいな、あっという間だ。
『へー。こんなものなの?』
「それじゃ失礼します」
「何かありましたらまたご連絡ください」
 業者さんが出て行ったついでに『お食事は』と聞くと『後10分したら持ってきてくれ』と言われた。
 早速、新しいコンセント口にコードをつないでPCを立ち上げてみた。真新しい天板。突板なのだろうけどかすかに塗料の匂いが漂う。休憩室の合板のとは比べ物にならないくらい高そうだ。古材でオーダーしたカフェのテーブルを思い出した。これ新品なのに……。それ以前に、ここお店じゃないのに、なんでこんなオサレ仕様なんだろう?
 まあいい。
 ブログを見ることにした。

『ロールケーキいいなぁ。載ってるってことは、narsさんお食べになったってことですよね? 結構甘党さんかな?』
『ロールケーキ! 私、この前地元の有名なお店の買って食べたんですが、、、kofiさんはご自分で作れるからいいですね! うらやましいです』

 情けないくらいいつも通りだった。

『うらやましいなんてとんでもないです! 未熟者なので日夜研究中ですよ。今日のデザートはピンク色のチーズケーキです。無事完食いただきましたらアップさせていただきますが、お客様にもお出ししないといけないので少々不安です』

 コメントを書き終えると丁度ご指定の時間になり、私は立ち上がった。

『よっしゃ、心機一転!』

 パンパンと服を直し、髪を簡単に結い上げて、手を洗って、ドアを出る。
「失礼します。お食事、よろしいですか?」
 ああ、持ってきてと言われたので、コホンと息を整え、いつもより丁寧にトレイに載せてお運びした。
 今日は和食。お品は季節の押し寿司だ。三段重ねの竹筒風の黒の漆器に、具材はきのこ&牛蒡&錦糸玉子、マツタケ、金目の昆布〆。お吸い物は金目の出汁で。箸休めに栗の和え物。
「それでは失礼します」
 より丁寧にお辞儀して去ろうとした。すると、
「いいよ。そこにいて。今までどおりサーブしなさい」
 と言われる。
『え、何すか、給仕しろってことかい』
 努めて冷静に私は窓の脇に立った。いつも思うけど、高貴な人ってそばに人間がいてもお構いナシに食べられるものなのよね。私だったら気になって味なんてわかんなくなっちゃいそうなものだが。
 会長は相変わらず美しくお召しあがりになる。
「美味いな、これまだある?」
 とか。おもむろに。
『ございますよ。どうぞたんまり召し上がれ』
 と余裕で返したいところだけど、何せマツタケと金目、値段が値段なので、ちっちゃいパックのしか買ってきてない(つまり切り身。マツタケにいたっては九州産のドちび級)。
「申し訳ございません。きのこと栗ならありますけど」
 そう言うと、
「ならそれをくれ」
 だって。
 おかわりはちょっと大きめな器に盛り付けた。
 栗は有名な丹波栗だ。残念ながら生じゃ売ってないので甘露煮で。さすがにこの色艶、膨らみ具合は値段張るだけあるなと思う。うちの田舎じゃ秋になるとそこらへんの道路の側面に生えてる自生の栗の木からイガごと落ちたのがごろごろ転がってたもんだが。誰も食べないし。サルが拾って食い散らかすので、かえって『迷惑』扱いされてたくらい。食べれないことはないんだけどね、栗の味するし。でも大体が小さいので処理が面倒くさい。
 そんなこと思い出しながら突っ立ってると、
「キミ、髪を結んだんだな。そうしていると本当の給仕みたいだ」
 こう言われた。
『ほんとうの、きゅうじぃ?』
 それってなんかヤバくないですか? セクハラじゃないけど。
 見るからにそんな顔をしていたのだろうか、会長は少しにやりとした。
「……これは失礼。私は少し口が過ぎる嫌いがあるな。特に女性に対して」
 そうですよっ!
『せっかくいいお顔立ちされているのだからそういうところ直せばかなりいいせんいきますよ』
 そう言い返せればしたいところだ。
「しかしどうしてもそうなってしまう。女性が身近にいないからな。ついつい男と同じ調子で接するので余計に遠のくのだろう」
 うんうん、そうそう。
「すまないな。キミは給仕ではなく『社員』だ。以後気をつける」
 ま!
 何かちびっとばかし腹立つが、私は器を片した。
「3時くらいに来ると思うので用意をしておいてくれ」
「はい」
 お任せください。3時にはスイートなピンクのケーキでおもてなしいたしますわ。
 プププ、反応が楽しみ……。



 そうして、3時前。客人は上がって来られた。物音がしたので出ると、
「客に茶を出してくれ」
 会長がドアのそばに立って、そう言った。すぐ後ろに男の人が立ってた。若いめがねかけた男の人。
 目が合うなりにこっとして、

「どうも〜〜。はじめまして。緑川です」

 と、私に手を差し出した。

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