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密室の恋3 その26

雲ひとつない真っ青な空にいつの間にか飛行機雲が流れていた。
かなり高い。
この白い線のはるか延長にまします我が君‥‥
今日は千葉でゴルフか。
しれっと週末ゴルフに予定変更。本当は会長が来るはずだった私の出張‥‥
なんかもやっとするんだよね。ひょっとして、してやられたり?
イヤイヤそんなことは‥‥
ゴルフったって接待だし、つまんないに決まってる。
スーツじゃない会長みてみたいなあ。どんなふうにプレイするのだろう。nice shot なんて言ったりするのかな。
「いつ飛行機が通ったのかな。もしかして戦闘機?」
ふと思いついて言ってみた。広島の近くに米軍基地があったはずだ
「え、岩国の?いや、ここは滅多に通らんよ。多分福岡ー東京とかそんなんでしょう」
ふーん。そうなの。
「東京の人には珍しくないでしょう。そこの空港から飛んでる便もすごく少ないですよ」
と、高田さんは遠くに見える空港を首で指した。
「戦闘機‥‥見てみたいな」
「見たいですか? 時間あったら岩国連れて行きましょか? 運良ければ見れるよ」
「え、いいんですか?」
「もちろん、もちろん。詳しいヤツに聞いときましょうか、出没ポイント。えーとあれどこやったかな、夏‥‥海で泳いでたら真上を横切っていったことあったな」
「へえ」
岩国か。それもいいなあ。また広島経由で帰ろうかな。
でも飛行機‥‥。帰路のことを思うと頭が重いわ。
こっそり新幹線で帰っちゃおうかな。時間かかるけど東京終着だから寝ちゃってもいいし。
「市川さん、足場気をつけて」
「はい」
ビルの裏に出た。広い緑地のずっと向こうに丸い池が連なっている。
えーあれがそうなの?コンクリートのプールを想像していた。
「エビというよりまりもがいそうですね」
私は言った。
「まりも?ここ山口っすよ」
ははっと呆れ顔で返された。
ごめんなさいね、幼稚な発想で。
「ここの景色スターウォーズのセットにちょっと似てませんか」
「え、どこが?」
高田さんはキョトンとしてゆっくり顔を回した。そしてほう、と頷いた。
「あーー、砂丘っぽいところがね。ファントムメナスでありましたね。土塀というか門みたいなセット。見えなくもないけど」
無理して褒めてくれなくてもいいですよ、と苦笑。
お世辞じゃなくて何故かスターウォーズが浮かんだのよ。
「何、そういうの好きなん?」
いや、全然。
‥‥実は私はスターウォーズを観たことがない。具体的な話されてもわかんない。予告編程度の知識しかない。ファントムメナス?何それ星の名前?というレベルだ。スターウォーズどころかアバターもトランスフォーマーも観てないし。『‥‥それでも日本人?』て友達に呆れられたくらい、SF苦手人間だ。関係ないっしょ、とにかくダメなの!宇宙にジェット機飛ばす意味がわかんない、宇宙船型なんてもっと駄目、いやいや海じゃないんだから船はないだろー、てな具合に全く入っていけないの。ガンダムとかロボットアニメもダメね。 宇宙空間になぜロボットが?大気圏とかどうやって突破するの?などとそっち系のオタである兄に疑問をぶつけたところ、『ロマンのないやつ』と一瞥された。‥‥オタクに言われたくない!ロマンじゃなくてロマンチックでしょ。それは大好物よ。
「テーマパークでこういうとこあるじゃないですかー」
言い方を変えよう。ディズニーランドのカリブの海賊とか、USJとか冒険物のね。
「スターウォーズ?テーマパーク?へー、高いところで仕事してる人は見所が違いますね」
え?
「50階、でしたっけ。見る世界が違うんでしょうね。俺も一度拝んでみたいなあ」
そそそんな。バベルの塔みたいに言わないで。
「スターウォーズか」
変なこと言っちゃった‥‥私は仕方なく角度を変えて全景をカシャカシャカシャ‥‥。
思いの外いい景色だったから。崖をグリーンが滝のように覆っていてワイハ〜の離島と言えなくもない。向こう岸ではカラオケ大会でもしているのかな。歌声がガンガン響いて、『♪ぼくーらーいーまーーはしゃぎすぎてるーなつのこどもさー♪』山Pのモノマネみたい。プ。なんてのんびりしてるんだ。
「昔、遊園地を誘致してた頃の話じゃバイオパーク?っていうんかな、植物園併設の遊戯施設みたいなもんだったらしいんよね。水族館やらサファリやらはみんな他に持って行かれて」
それが一体どんな変貌を遂げるんだろう。私の報告にかかっているのかな。まさかね。私の担当はエビの料理よ。
「まあ、今更遊園地を、なんて思ってませんけどね、ははは‥‥」
それでもどう転ぶかわからないよ‥‥ 本当にうちの会社は。
「高田さん!」
私は声を上げた。
「はい?」
「明日のことは誰にもわからないんです。駄目元です、思ったことは形にしましょう!」
「はははい」
ちょっと何言ってるかわかんない‥‥だけど私は続けた。
「私だって‥‥今はたいそうな肩書き頂いてますが、元々は派遣だったんです。それが(なんだか知らないけど)今ここにこうして来てます。これってすごいことなんです。だから、高田さんもあきらめないで夢はでっかく持ってください!うちの会社(変だけど)請け負ったものを途中で投げ出すようなことは絶対ないです(会長がそうだから)! 話もちゃんと聞いてくれます(威圧的だけど)」
「そ、そうなんだ。市川さん、派遣だったん」
「ええ」
なんだか随分余計なことを言っちゃったが。 高田さんは目を丸くして唸った。
「へええええー、すげーなー」
コーヒーのおかげだってこと言うと別の意味のスゲーになるんだろうな。まあ言わないけどさ。
「ここだけの話ですよ」
「は、はい」
あんまりスゲースゲー言われても中身はないのだから。おじさんたちには言わないでね。
「じゃ、自慢のエビたちを見てもらいましょう」
遠くに見えてたエビの養殖池に到着した。
「いっぱいいるー」
食用プラス観賞用、品種改良用‥‥昔は子供に分けてあげてたりしたんだって。近所の子供の遊び場だったらしい。危ないので今は立ち入り禁止だと。
「どうです、立派でしょう」
伊勢海老‥‥この不思議な形。甲殻類とはよく言い表したものだ。SFチックなボディ、ちっちゃいバルタン星人というか。実はこの池は異空間につながっていて、エビたちは地球乗っ取りのために送り込まれた先遣隊なのだ。食べられることによって使命を果たす。血液に体液に細胞にじわじわ浸出するアルファーエビエキス、やがて誰もそれと気づかないうちにまんまと体を乗っ取るのだ。hahahahaーー。と、こんな新解釈ストーリーはどう?宇宙空間でどんぱちするよりわたしにはしっくりくる。
「この辺でちょっと休みますか」
一通り見て回って少し休憩、おじさんたちは次の準備をするため建物に戻っていった。
飛行機が空港に着陸していく。瀬戸内の波は穏やかでキラキラ揺れている。
ホントぼーっと過ごすのにぴったりな場所だ。
おじさんたちゆるゆるした視察で拍子抜けだろうな。会長が来てたらこうはいかないわ。
「‥‥市川さん、昨夜親父と話したんやけど、よかったらうちに来ませんか。ご馳走しますよ。大したもんないけど」
「えっ、いいんですか」
「ええ。お袋がいい肉が手に入ったけん、天ぷらしようか? って。ほら、昨夜言ってたでしょ、ホルモンの」
え、嘘、ラッキー!私はウンウン頷いた。
嬉しいー天ぷら大好きー。人の家で食べるのは久しぶりだわ。
「ええ、実は水曜日まで休暇取ってるんですよね」
「へーじゃあのんびりできるじゃん。飲みすぎてダウンしても泊まっていけばいいっちゃ」
「え?」
「いける口でしょ、市川さん」
高田さんは手をくいっとやってウィンクした。
バ、バレてた‥‥?ハハハ。「あ、お袋、あのさ、昨夜の話ーーー」携帯でおうちに連絡を入れた。
「今日は暑いねえ。喉乾きませんか」
「ええ、すこし」
「俺、飲み物持ってきますわ」
高田さんが離れて、私はテクテク池のほとりを歩いた。中でエビがちょろちょろ動いてる。携帯をかざし、写メろうと構えて、あっと驚いた。
ーー青いエビがいる。
さっと他のエビの下に隠れた。
ホントに?
脱皮した殻がそう見えたのかな。
池を覗き込んだ。
ーーいた。
確かに青い!
ズーム!
あー、イマイチ弱いわー。あっきの彼氏のスマホが羨ましいわ。逆光でよく見えない。
ブロガーのサガなのか‥‥私はケータイの画面に引きずられるようにズンズン足場の悪い縁に身を乗り出してしまった。「わっ‥‥」
足がグニュっと泥土にはまり、体のバランスがどこかへ飛んでいった。
「わわわわわーーーー」
ザッパーーーン‥‥
そのまま豪快にダイブした。
「うわっぷ‥‥」
何ここ結構深いーーー
「た、たすけ‥‥」
何とか顔を出して縁に手を伸ばすが届かない。
「たすけてーーー」
叫んだ。
エビが体に当たってチクチク痛い。
ひぃーこっちくるなーーー!
「だれかーーー」
やだやだやだやだすっごい数いるじゃん!
コ、コワイッーーーー

たすけて

なるあきくん‥‥
























 

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密室の恋3 その27


「ーーさん、市川さん」
「よかった、気づいたーー」

目覚めると‥‥おじさんたちが心配そうに覗き込んでいた。

「ここは」
「病院です。市川さん上に引き揚げた後気を失ったんだよ」

そうだったー
見るだけで気を失ってしまいそうなくらいたくさんのエビに囲まれて…
全身チクチクいたぶられ必死に耐えたのだった。
だって!変な話だけど大事なとこにも容赦なくチクチク攻撃してくるんだもん!
泣きそうになりながら力の限り足を閉じてそろそろと縁に寄って機会を伺ってたの。
このあたり鍛えられてると思うわ。
日本海の荒波にもまれて育ったからかな。


「すみません、俺が離れたばっかりに」

帰ってきた高田さんに助けてもらってそこでダウン…

「とんでもないです」

目離した隙に池ポチャなんておこちゃまか…情けない。

「俺、一緒に東京へ行って謝るよ」
「え?」
「俺の責任だし、きちんとしておかないと」
「そうだな、私も行こう。今後のこともあるし」
「そ、そんな」

私は焦って飛び起きた。

「お願いです、黙っててください」
「市川さん」
「こんな、こんなことバラされたら私ーー」

恥ずかしくてお嫁にいけない!
つい涙が滲んだ。
だってそうでしょ?
こんな、エビだらけの池にポチャるなんてーー
体張った芸でならしてる女芸人でもそんなことしないと思うわ。
おまけに変なとこ突かれてぞわぞわするし。
『いたぶられる』ってこのことなの、って初めて思ったわ。
こんなこと…ぜーーったい誰にも知られたくない!乙女の恥だ。
特に会長には…
写メって池に落ちたなんて…また怒られちゃう!

「うっ、会長…」

私はシクシク泣き始めた。

「市川さん…ショックだよな」
「そうだよなあ、年頃のお嬢さんに何てことを」

うう、私のバカ…
どうしよう…エロ動画のネタにされた気分…嫌すぎる…

「俺、しばらくついてるから。何でも言って」
「はい」

せっかくの楽しい天ぷらホムパも台無し…

「水曜日までやすみっていってましたよね?とりあえずそれまでここに入院ということにしてますので」
「でも」
「精密検査をしないといけないんよ」
「え?」
「あの池ーー調整中の池で水質検査してないんよ、だからーー」

言いにくそうに視線を下げる高田さん。
ええーーー、私そんなとこに落ちたの?
どうりで深かったはずだ。
ゲロゲローーー

「う…そ」
「ごめん、本当にすみません。飲み込んではないようだけど…バクテリアとか細菌感染してたらヤバイんで念のため」

バ・ク・テ・リ・ア!
細菌〜?
マジ映画かよ!

「昔子供を遊ばせてた泥沼で…何年か前まで大学の研究室が使っとったんやけど今は放置しとって…あん中の勝手に増えたエビなんで種類も把握してないんよ」

絶句…また果てそう。

「だからしばらくここに」
「え、ええ」

気は進まないが体調を崩してそのまま宇部にとどまるという旨を施設の人から会社に伝えてもらうことにして、私は検査の結果を待った。

結論から言うと。
検査の結果は異常なしだった(つくづく丈夫にできてるわ)。
だが…
夢見が最悪。
繰り返し見る短い悪夢にうなされ、まともに眠れなかった。
エビ色というか蛇のとぐろを巻いた色彩に似たその中を私は逃げ回っていて、ひたすら会長をよびつづけていた。
そしてやっと彼の姿を見つけて近づいて抱きつくとーーー

ぎゃあああああーーー

振り向いた会長はなぜかバルタン星人のお姿に…
hahahahaーーーー
そこでハッと目がさめる。
全身汗びっしょり…
なんて言うんだろう…半年前、金縛りにあったあの感じに似てる…
上から押さえつけられてるような狭苦しい感じ…
おまけに昼間聞いた山Pの歌声がぐるぐるエンドレスで流れて…
正確に言うと山Pの歌声じゃなくてカラオケなんだけど。
しかも…
場外放送の、風に流される間の抜けた音階そのまんまで(あれって微妙に音がずれてて気になるよね?)それも疲れに拍車をかけてーー
ぐったり…
なにこれ、エビの逆襲?
私がーーエビの聖域を侵したから??
ああーーー
エビ=ちっちゃいバルタン星人じゃなくて、バルタン星人=エビの化け物なんだ!
もういやあーーー
よりによって会長に化けないでって!

「市川さん」

夜中苦しそうにしてるわたしを見かねてお医者様が悪夢を和らげるという薬を処方してくれた。
薬じゃなくてサプリメントに近いらしいけど…

「無理に忘れようとするとかえって思い出したりすることもあるのでなるべくリラックスしてーー難しいでしょうけど。何気ないことがセカンドハラスメントに繋がったりするので周りの理解も必要ですね」

先生は暗に会社に報告したほうがいいと促しているのだろうか。
絶対嫌だ。それこそセカハラだわ、私には。
東京に帰りたい…
帰っていつもの日常に戻りたい…
会長…
あの部屋にいることが私には一番のリラクゼーションなの…

「今連絡があってーー」

次の日、会社に連絡してもらった後 施設に折り返し連絡があったみたい。
私は風邪をこじらせてダウンーーということにしてもらった。
何だか本当に体が熱っぽいし。

「水曜日に使いをよこすので一緒に帰ってきてくださいとのことです」

使いを?
ちょっと意外だったが…
ああ、これで帰れるんだーー
私は少し安心した。

「いいのかなあ、俺、やっぱりついて行くよ。事情を言っておいたほうがーー」
「ううん、いいです、私から言います」
「でも」
「念のため東京の病院でも見てもらった方が」
「自分でします。ありがとう」

だって…
この人たちに旅費払ってまで来てもらったら…気の毒だもん。

「市川さん、うどんならいけそう?」
「ううん、いいです」
「何か食べないと」
「う…ん」

あんなに食べたのが嘘みたいに。
食事は喉を通らないしずっとベッドの上だしきっと3キロは痩せていたに違いない。
点滴が食事代わり、なんて私じゃないみたい。
幸いに薬の効果は抜群で夢は見なくなったが。サプリってすごいのね。

「社にお送りするよう仰せつかりました」

そうして最終日現れた屈強なSPのような男性2人に付き添われて私は帰路に着いたのだった。

ああーーー
帰れるんだーーー

「ご迷惑おかけしました」
「市川さん…大丈夫?」
「着いたら連絡します」

本当にいいのかなあと心配げな高田さんたちに別れを告げ、車で十数分…宇部空港へ。
飛行機…
もうここまで精神状態追い詰められちゃうとフライト恐怖症なんて心配する余地もなく…というか実際忘れていた。両側にがっちりついてるガードマンのような大男に守られて…視線も浴びて、私は無事帰京した。

熱っぽい…
喉がすごく乾いて羽田でジュースを飲む。
車に乗せられ、いよいよ新宿ーーーー

こんなにデカかったっけーーー

久しぶりに社屋を見上げて、はあとため息。自分がちっぽけな存在に思えた。
高田さんに偉そうなこと言っちゃったけど、会長がいなければ私なんてーー
ヤバイ、マジおちこむ…

「お連れしました」
「ああ、入って」

懐かしい会長室に入ると彼はデスクに寄っかかって携帯でお話し中だった。
ちらと目があって微笑んだ。
ああ、帰ってきたんだーー
私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。夢にまで見た会長のお姿…敬語で喋ってるからそれ相応の相手なんだろうな。
なんか熱っぽいけどーー
会長に挨拶だけして病院に行けばいいよね?

「ああ、ご苦労様。もういいよ」
「はい、では失礼します」

電話を終えた彼に言われてSPさん(かどうか知らないけど)二人は去っていった。

「やあ、おかえり、体調はどうだい?」
「かいちょ…」

涙がこみ上げてよろよろ彼に近づいた。
彼も近寄ってきて私は崩れるようにその胸に抱きついた。

「うっ、ひっく、…さみしかったです」
「よしよし、少し荷が重かったかな?今日はもういいからゆっくり休みなさい。病院へ送ってあげよう」

めちゃくちゃ優しい声で。
なでなでされて私はいよいよ大泣きした。

「熱っぽいな。風邪か?キミ、真っ赤じゃないか、顔も、手も」

私の腕を取って「ん?」と表情が渋る。

「傷だらけじゃないか。エビの料理でもしたのか」

ギクッ。
ヤバイーー。
確かにエビに付けられた傷ではあるけれども。
彼は私の頬を両手ですくい上げると、まじまじ見つめて顔を雲らせた。

「首にも小さな傷が。キミ、何かあったのか」

私は顔を背けていった。

「すみません、はしゃいで転んじゃって」
「そうか?それにしては…顔も赤いよ。これ、湿疹じゃないか?」

じーーっと顔を寄せて。

「言いなさい。何があったんだ」

そっそんな。尋問しないで。

「何も…足場が悪くてつい」
「腕もだぞ。転んでできるような傷じゃないだろう。それに」

私の全身に視線を落として、

「どんどん赤くなって…蕁麻疹か? 何があったか言いなさい。私はキミの上司だぞ」

「そっ…」

沈黙があって私はセリフが出てこなくて、もちろん池に落ちたとも言えるわけなくて、こんな言葉を口走った。

「い、言いたくないの…思い出したくない…セカンドハラスメントです」

会長はハッとなった。

「なんだって?」

ひと呼吸ふた呼吸…かっこいい顔がどんどんシリアスなしかめっ面に変わった。

「キミ、何かされたのか」

キツイ口調だ。私は驚いて反論しようとした。

「ち、ちがいま…」

言い終えないうちに内臓を内から鈍器で突き上げたような衝撃が走った。「うくっ、あ、あ、あ…」

な、なにこれーー

「キミ」

喉がつまるーー
息ができないーーー
苦しくてとっさに会長の首にしがみついた。

「どうしたーーー」

くるしいくるしいくるしいーーー
息がーー
声が、出ないーー!!
足をバタバタさせてもがいた。
そしてそれは…がっちり私の身体を抱きかかえる彼に伝わったみたいだ。

たすけて…なるあきくん…

「!いかんーー」

彼は咄嗟に携帯を取り出した。

「ーーー私だ。秘書が突然ショック状態になってーーー」

ぐいっと私の体を持ち上げ歩き出した。

「わからないんだ、急にーーー中毒ーーアナフィラキシーかもしれん。呼吸が苦しそうだーーああ、そっちへ連れて行くーーエレベーターの前に誰か寄越してくれ。全身腫れ上がって真っ赤だーー車を、秘書室長にこの後の私の予定をCXLするよう言ってくれ。ああ、もうーーーー」


「息が、止まりそうなんだーーー」

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密室の恋3 その28

「ああ、もう少しだよ、もう少しの辛抱だ、薬をもらって、楽になるからね、しっかり首に手を回していなさい」

エレベーターの中で…どんどん意識が遠のいていく。


息が


私…死んじゃうの?


くるしい


こんなに叫んでいるのに声にならない…息も出ない…


ダメなの…?


どうせ


どうせ死ぬなら


このままこの人の腕の中で死にたい


神様お願いします


死ぬのならこの人の腕の中で死なせて


そうしたら私安心して成仏できると思うから


広くてあったかくて…気難しいけど本当はとても優しいこの人の腕の中で抱きしめられて死ねたら


この人と一緒にいるととても安心するの


なんでだかわからないけど…私にはこの人の全て理解できる


神様お願い


このまま抱きしめられていたい


さいごのときまで


大好きな人に


なるあきくん


だいすき


初めて会った時から


大好きなの…




「会長、こちらへ」
「ああ、これは」
「やはりそうか?」
「ですね」
「すみません、ストレッチャーへ寝かせてもらえますか、アドレナリン打ちます」
「ああ」
「はい、もうしストレッチャーもう少し下げて。足高くして、少しでも脳に血液が流れるように」
「はいっ」
「...まだ効かないのか」
「まだなんとも…進行がとても早いですね。10分くらい様子を見ましょう」
「10分!?間に合うのか、それで。アドレナリンが効かない可能性は?」
「それは…血圧の薬を常用しているとありえますがそういうケースは非常に少ないです。彼女は投薬はされてますか?」
「それはないと思うが」
「もしその場合は別の薬剤になるのですがここには置いてないんです。あと輸液も…アドレナリンを打って待つしかないんです」
「そうか」
「呼吸器装着します」
「マズイ、心臓が止まる、AED、AED」
「はいっ」
「蘇生準備」
「蘇生?そんなにひどいのか」
「わかりません、ただ対処するしかないんですよ。血液と酸素が止まらないように…脳に回らなくなったら危険です」
「早く、胸骨圧迫」
「AED装着します」


ーーシンデンズヲシラベテイマスーー



いつの間にか

わたしは真上から彼の背中を見ていた

いや、見ていたという表現が正しいのかわからない

実体を感じないのだから

つまり…そういうことだ

私の願いはもう叶ってしまったらしい
(はやっ)


ーーデンキショックガヒツヨウデスーージュウデンシテイマスーー


彼はピッタリ私に寄り添って

上から見るとまるで祭壇に横たわる仮死状態のジュリエットに囁き続けるロミオ…


ーー嘘だろう…こんなに急に


頼む、持ちこたえてくれ


キミがいなくなったらオレはどうすればいいんだーー



うなだれて嘆き悲しむ王子様のーー音になってないかもしれない声がした



ーー何故こんなことに

何があったんだ


キミをいかせるんじゃなかった

オレが悪かった、許してくれーー



私の大好きな低いセクシーな声が私の中をすり抜けていく



ーーキミがいなくなるなんて

頼む、オレをおいて逝かないでくれ



キミを…愛しているんだーー





そのとき

部屋全体がまばゆい光に包まれた

何故か
伝説のドラマ東京ラブストーリーの主題歌がジャジャーンと流れはじめる

 

 

なんだこれ(笑)




キラキラ白金の微粒子が舞い降りる

 

 

 

 

 

『聞こえたでしょう?彼の心の声が。あなたはどんなことがあっても九条なるあきについていきなさい』

 

え?なに

謎の声が・・・

 

映画かよ(笑)

 

同時に

 

ちょ、え・・・


彼を見ていたわたしという存在は消えた




ーーカラダカラハナレテクダサイーーボタンヲオシテクダサイーー





「会長、離れてください、電気ショック、きます!」
「!?」
「あぶないっ」


ーーデンキショックヲオコナイマシターー



「何が起きたんだ」
「大丈夫ですか?」



「脈戻ってます」
「助かったー」
「救急車きましたーーー」
「ああ、あぶなかった…よし、このままいこう」


そうして

私は骸となりかけていた私の本体に戻った。




「会長!」
「秘書室長」
「会長、どうなさったんですか、まあ、市川さん!これは…一体」
「ショック状態になっててーー応急処置をしていたところです」
「ショック状態?」
「上で倒れたんだ」
「上で!?申し訳ございません、気づきませんでしたわ」
「いや」
「会長、お顔が真っ青ですわ」
「そうか」
「彼女の腕が会長の首に巻きついていたんです。よほど苦しかったんでしょうね。少しうっ血しているかもしれません」
「まあ、大丈夫ですの?」
「なんとか息は吹き返しました。あとは病院で」
「息が止まってたの」
「ええ、ほんの数分ですが」
「本当に大丈夫?後遺症とか」
「また、病院から連絡します」
「そう」

「準備整いました。同行される方ははやく乗ってください」
「会長」
「すまない。私も一緒に行くのであとのことはまかせる」
「ええ、ええ、もう言ってありますわ。会長もお医者様にみていただいた方がーー」
「ありがとう…それじゃ頼んだよ」
「はい。お気をつけて」



「処置はアドレナリン剤と電気ショック一回ですね」
「はい」
「会長、大丈夫ですか、顔色が」
「ふー…心臓に悪いな」
「ホントに。急変するから…焦りますよね」
「キミがうまく対処してくれてよかったよ」
「そんな、当たり前のことです」
「ああ、だが正直もうダメかと…」
「会長、あのーー」
「ん?」
「付かぬ事をお伺いしますが、ごけっこん…されてるんでしたっけ」
「いや、してないよ。なんだ?」
「いえ、あの、されてたかな…とふと気になったものですから、すみません」
「よく言われるんだ。そろそろ…。だがとてもそんな余裕がなくて」
「そ、そーですよね、ははは、すみません、きにしないでください、俺一体何言ってるんだろう」
「すみません、静かにしてもらえませんか、心音とってるんで」
「あ、すすすすみません、俺としたことが」



「結婚か…」



いにしへの昔からーー



乙女の目覚めの特効薬は王子様のキスときまっている

厳密に言うと今のはキスじゃないけど…まあいいじゃん

そして私の場合は東京ラブストーリーがその際のテーマソングであるらしい笑
古すぎない?実はドラマはよく知らない。歌だけ脳がストックしていたらしい。乙女の演出用?

 

変な声が聞こえたような・・・

 

??

とりあえず合格___

日頃色々こうるさいけどちゃんと私を助けてくれた







ありがとう





なるあきくん





わたしここにいるよ





あなたのそばに





いつも





いつまでも





これからも





よろしくね
















 

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密室の恋3 その29

「市川さん、災難だったわね」
「すみません、ご迷惑おかけしました」

次の週の金曜日、室長に付き添ってもらって無事退院した私は秘書室でみんなに挨拶をして回った。
「怖いわねえ、食中毒?」吉永さんは心配そうに顔をしかめた。
「は、はあ…」
「会長、いつもあなたにお世話になってるからお礼のつもりで行かせてあげたんでしょうに」
「そうね、ご予定が重なってしまったものね」
「せっかくの出張休みの予定が…仇になったわね」

そうなのかな…そんな感じじゃなかったけど…そう言われればそうかもしれない…『ゆっくりしておいで』と送り出してはくれたんだよね。
「そうねえ、まさかあんなことになるなんて…」
ヒーすみませんーー
「今週入って急にバタバタしちゃって…今篠田専務が山口に行ってるわ」
えっ、もしかして、事後処理?
やばい、ばれちゃったかな…池…

「ふふ、気にしなくていいのよ」

「はあ」

一時危篤だったらしい私は目がさめるとえらくホテルライクな部屋にいた。
落ち着いたブラウンの木目調の家具にベッド、ソファまであって、とても病室と思えない二十畳ぐらいありそうな部屋…
眺望もすごい。
窓の向こうーー富士山が見える。
その前にそびえる新宿摩天楼。
いつも眺めてるビル群をうちの会社含めて更に外側から見てるわけだ。
ギリギリ新宿の…東京ドーム辺りか。
治療といっても手術したわけじゃなくひたすら栄養剤投入…カルシウム注射、ミネラル点滴…最後の3日はそれが高濃度ビタミンC点滴に変えられた。
高濃度ビタミンC!
私はときめいた。
これって保険適用だよね?
1本1万円は下らないと聞く…の2割負担?
はあー…点滴のチューブの先に吊るされた液体をうっとり眺める…

ラッキィィ…女子の憧れ高濃度ビタミンC!こんな治療法あるんだー。

みるみるパワーチャージされてく…すごい実感…
メシは当然上げ膳据え膳だし壁付けのテレビでDVD見放題、寝具もふわふわで昼も夜もぐっすり…
という具合に快適な入院生活を過ごした私。入院1日1万円…どころじゃなさそうだけど…気にしない気にしない…本格復帰は来週ね。
「初めてだったらしいわね。AED使ったの」

うわぁアセアセ…

「あ、そうだ、社長に使い方おさらいしておくよう言われてたんだわ」室長が言った。

「社長室と副社長室に置いてはどうかともおっしゃってましたね」と春日さん。

「そうよねえ。お二人とも健康を気遣ってらっしゃるから」

「えーてことは私が覚えなきゃいけないの?ムリムリムリ…」

「何言ってるの、吉永さん。当然でしょ、社長のお年を考えたら…私たちがお助けしないと。会長はまだお若いからあれだけど…ねえ?」

「そうね。自分の身は自分で守るわ」

「何の話なの」

「大丈夫っすよ、あんなの簡単っすよ、全部器械まかせでしたよ」

「ああ、講習、春日くんが受けてきたんだっけ」

「ドクターに言って全員習っておいた方がいいわね。市川さん、後で一緒に行きましょう」

「はい」
そして上司様にご挨拶…室長と一緒に会長室へ上がった。久々の広い通路。そういえば最初の日も室長に連れられて来たんだわ。なんか振り出しに戻ったって感じだな。
「失礼します」
無駄に広い部屋。「じゃ、また後でね」
室長が出て行って優しくハグ…
…されるわけもなく会長は深く息を吐いた。
「キミには度肝を抜かれるよ」
「す、すみません」
わーん、いきなりこれかい。
まあそうだよな…しでかしちゃったわけだし…
緊張が走る。
会長は引き出しを開けバサッとデスクに書類を置いた。「君のカルテだ」ーーえ!?
「『落水、半日不穏な状態が続く』とある。ダメじゃないか、きちんと言わないと。社内で死人が出るところだったんだぞ」
「すみません」
キャーちゃんと書いてあるんだーじゃーもうバレバレじゃん。
変な汗が出てきた。
カルテを取って見つめながら会長はブツブツ続ける。
「急性アレルギー反応…キミ、羽田で何か飲んだだろう?おそらくその中の…キトサンじゃないかという話だが、それが要因だ」
ええーーアレ?適当に買ったのに。
名前はわからないけどジュースだったわ。もしかしてただの水だったら…ならなかったの?バカバカ私ーーなんてこった!

「ダメだよ、誤解を招く言い方をして…セカンドハラスメントなんて言うから…てっきり…そう思うじゃないか」
「そ、そうなんですか」
「そうだよ」
キッと返されてうつむく私。濁されてるがアレだよね…婦女暴行ってヤツ?ヤダヤダとんでもないー。「キミは時々おかしな表現を使うからこれから少しずつ直していこうね」と言われてまっかになる。子供かよ〜
「で、でも言えませんよ、恥ずかしくて、そんなの知れたらお嫁にいけなくなっちゃうじゃないですか」
せめてそれだけは言っておきたい…ドキドキしながら小声で告げる私。
だって海老責めだよ?乙女にそんなのありえないって…一生の恥…思い出したくない。
会長は意外そうな顔をしてまたカルテを置いた。
「…事件ではなく事故…警察も呼んでない…結局は君の不注意ということでいいんだな?施設の人間も頭を下げるばかりで何も言わないし」
えっ…
「よ、呼び出されたんですか」
驚いて聞くと彼は腕を組んで答えた。
「自発的に来たんだよ、ここへ。キミが倒れた次の日か」
えーーーおじさんたち?まさか…
「自分が目を離したすきに申し訳ないーーそればかりだ。若い男だったぞ」
高田さん!?
「ひ、ひとりで?」
「5人だ」
おじさんたち!キャー来ちゃったの?
「キミをかばっているのか?誰も見ていない、ほんの数分目を離したすきに…申し訳ない、悪かった、自分のミスだ、その一辺倒だ。埒があかない」

と目を細め、吐き捨てるように。苦々しい表情にその時のやりとりが見てとれる。

ーー目を離したすきに池に落ちたというのか?子供じゃないんだぞ!警察には届けたのかーー

ーー申し訳ございません、誰もついていなくて、私のミスですーーー

コワイコワイコワイコワイーー
デスクの前でひたすら頭を下げるおじさんたちーそのシーンが鮮明に頭に広がって私はおそれおののいた。

そ、そうですよねー普通何もなくて池なんか落ちるわけないですよねーー

あらぬ疑いをかけられた?高田さん…
ひええええーーごめんなさいいいーー
…怖かっただろうな…
驚いただろう…会長こんな若くて…ピリピリしてて…来なくていいのに…
ううー泣ける、私が悪いのだーー

「お陰で今大騒ぎだよ」
「えっ、ま、まだ何か」
「君は気にしなくていい」
ええー気になるじゃないか。何。聞きたいけど…こわくて聞けない。コワイコワイコワイ…顔をこわばらせる私。

会長はふうと息をついた。
「とにかく君は身体のことだけを考えて。アレルギー…まあ要するに『エビの食べ過ぎ』だね」

ぐっ…

「食べ過ぎな上に不意の事故で抵抗力が落ちていたところにエビのエキス入りの飲料で急速にアレルギー反応が起こった…当分甲殻類は禁止だ。あと抗酸化物質にも注意した方がいい。食事はヒスタミンフリー推奨とのことだ。ま、それについてはキミの方が詳しいだろうからあとで目を通しておいて」
と差し出された紙を受け取る。とほほ…病院で大した説明されないと思ったらこっちにきてたのか。
まるで会長が主治医みたいな。
神経質なイケメンドクター?…ときめくじゃないですか
なんかやつれてる?
仕事忙しいのかな…
て、私が余計なことしでかすからか…反省…

「すみません、その…ありがとうございました」

またまた会長に運んでもらって…苦しくってどうしようもなくて抱きついちゃったんだよね。思い出すとドキドキする。非常時には大胆になれるのだ。…じゃない、じゃない。

「ふ、社長が緊急時のガイドライン作ると言ってたな。ウチはそういうのは早いね。AEDもだがついでに禁煙も進めてはどうかという話になった。各階で集計中だ。とりあえずここと下のフロアは禁煙と決定したよ。まあ、吸うのは私だけだからな。私がやめれば済むことだ」

えっと顔を上げると会長は微笑んだ。「君に煙を吸わせるわけにもいくまい」

えーー、別にいいのにな。こんな空調効いてる部屋で…煙浴びるわけでもないのに。変なところ気遣ってもらってる?
「まあ、無事でよかったよ。元気そうで何よりだ。快気祝いに今晩どう」
「え、いいんですか」
「控えめにね」

 

 

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密室の恋3 その30

「その節はお世話になりました。どうもありがとうございました」

私は室長と医務室へ降りた。

「はは、わざわざどうも。お加減はどうですか」

「はい。もうすっかり」

「それはよかった」

「ふふ、先生テキパキ対処なさって流石ですわ。私はもう何が何やら」

「任務ですから」

「AEDなんて……使って初めてありがたみがわかるわ。やっぱり必要ね」

「緊急事態でしたからね」

物腰やわらかいドクター……面と向かって喋るのはじめてかも。何気に世話になってるけれども。ああ恥ずかしい…

「ええ、それでね、もう一度AEDの使い方習っておこうと思うの。みんなマニュアル読んだ程度でしょ。いざという時不安だわ……想像するだけでもう。先生、ご指導お願いできます?」

「もちろんです。早いほうがいいですね」

「スケジュール調整するわ。今日中にメールします」

「はい」

会釈して出ようとしてると呼び止められた。

「市川さん、少しよろしいですか」

え。「じゃ、市川さん、あなた今日はもういいわよ」……バタン。室長だけ出て行く。

「ふ、本当によかった。どうですか、会長はその後」

「え、いや、その、ご、ごめいわくおかけしました」

会長のやつれた顔が浮かんでもにょる。く〜やだな、いったいどんな修羅場だったのやら。ドクターはにーと笑って顔を近づけた。

「ところであなたはご結婚されてるんでしたっけ」

ドキ。

「い、いえ…」

「ほほう」

妙な沈黙が数秒。ドクターやけににやにやしてるんだけど?

「あ、あの…」

「いや〜それはそうですよね〜年頃の男女が四六時中同じ部屋にいてなんの感情も湧かないなんてあり得ないですよね〜」

ドキーン。なんだこの人?「な。なにを…」言いだすんだ…キャラ崩壊してますよ。

ドクターは眼鏡を上げ続ける。

「さすがに僕も焦りましたよ〜。若い女の子が死にそうな状態で担ぎ込まれて…あの会長にですよ? はぁ〜思い出すだけでドキドキする〜少女漫画じゃないですかっ。キタキターーーって、まあ無事だったから言えるんですけどね」

は? 凍結する私にドクターはこしょっと耳打ちした。

「…あなたは会長にしがみついたまま気を失ってたんですよ。ギューっと。その状態で処置を施したんですが、会長のご様子が尋常じゃなくて…僕にはまるでキスしてるように見えました」

ーーーキ⁉ ななな、なんだってーーー!!

絶句する私にドクターはチッチと指を振る。

「まーあの状態ではやむを得ないですがねー。でも僕にはただの上司と部下には見えなかったなー。会長のあなたを見る目が」

や、やめて…勝手にイメージを広げようとする脳をストップ! 私は頭を抱えた。

「素敵でしたー。あー僕やっぱここ来てよかったー。いいモノ見せていただきました」

何故か指を組んで夢見るポーズをする先生。

「はははは、誰にも言いませんよ。あのとき…僕と何人かいましたがこの話はしてません。まあ前いたおばちゃんだったら尾ひれつけて触れ回ってたかもしれませんがね」

ガーーーン。それって前倒れた時の…いやもうやめてーー思い出すーーー

「そ、か、かんけいないです、かいちょうはただやるべきことをやっただけで…」

聞こえないくらいの小声で抵抗する私。

「あの冷静な会長が顔を真っ青にして…。あなたは会長の経歴をご存知ですか」

「は?」

何もいえない私にドクターは教師のように手振りをして説明する。

「MBAビジネススクールご出身かと思っていましたがロースクールなんですね。つまり厳密に言うとご専門は法曹。言われてみれば納得ですね。石橋を叩いて渡るよりもさらにガチガチに包囲網を固めて攻めるタイプ。根っからの戦闘種族。会長は跡を継いだというより100%勝利のために実の父親に雇われた策士、なのですよ、実際はね。いつも冷静で損得勘定優先。企業的にはそれでいいとしてもやっぱり人間なんだなあ。ホッと息をつける瞬間が必要だったんですね」

「は、はあ…」

「あなたがそうなんですね。ね、これからも会長に美味しいコーヒーをいれてあげてくださいね。応援してますよっ」

「ど。どうも…」

「キミの快復を祝って乾杯」

「ありがとうございます」

アフターファイブ…会長に連れられて隣のホテルのダイニングバーへ。

とりあえずの一杯でグラスをあわせる。

久しぶりに拝むわこの夜景…だけど胸はドキドキしたまんま。

会長がまともに見れない。

ーーー僕にはキスしてるように見えましたーーー

とか。

き⁉ やめろてー、意識しちゃうっ。

「海老や甲殻類はNGでこれとこれ…」

スラスラオーダーする会長を直視できず悶々としていた。

ドキドキドキドキ…少女漫画のような…そう言われればそんなシーンが浮かぶような気がする…ふわーーっと何かに包まれて遠巻きに会長の姿を見ていたような…うわ、黄泉のなんとかかな。あぶねーー。

会長は深く息を吐いた。

「まあよかったよ。今回のことは身に染みた。キミをあちこちやらせるものではない。オレが悪かった」

「いえ」

まあそうなんだよな。私は会長室のお仕事専門で雇われてるわけで。はっきり言って気乗りはしなかった。あんなことになってしまって予想外の展開すぎる。せめて携帯いじってて池にはまったことだけは誰にも内緒よ。棺桶までもっていくってやつ?

「あれから…また元の生活に逆戻りだ。想像だにしない、こんなにきついとは、いつのまにかキミに大分助けられていたんだな。本当に食事が苦痛でね」

そうなんだ。まー贅沢な舌ですね。と私は豪勢な会長の会食リストを思い浮かべた。私がいない間どう過ごしていたんだろう。殆ど会食だけど。室長も今更コーヒー持って行きづらいよね。

「はっきりしておこう。無理なタスクは今後一切なし。食品開発の話もな」

「え、そうなんですか」

りゅうちゃんのコラボ? あれは面白そうだったんだけど…まあ仕方ないか。

「キミに海老はご法度だろう」

「はい」

海老…もう触れないかも。料理どころじゃないもんね。形思い出すのもムリ。海老よスマンがそういうことだ。

幾分ドキドキが薄れてきて…料理がやって来ていつものモードが復活した。

この店といえば…分厚いステーキよね!

「いただきまーーす」

ホカホカの肉片をガブリ。ああ、肉汁が広がる〜ウマーーー。

「ふふ、キミは本当にうまそうに食べるな」

だってマジでうまいんだもーん。しかも上司のおごりなんてサイコー。色々あったけどその分旨味が増すって感じか。

それにちょっと見てよこの景色!ああ、素敵すぎるーー。帰って来たよー新宿!!

「ふぅ、本当に…限界だよ、色々。何が起こるか分からんな。まさかこんなことになるとは」

「す、すみませんでした」

「ああ、いや、そうではなくていい意味でね。事業についてだ」

う、おエビランドか? やだなあ、どうなっちゃうんだろう。そういえば私…レポート…

モヤモヤ記憶を辿ろうとしてると会長は真顔で言った。

「一体キミ、どんな接待をしたんだ? こんなどんでん返しを食らうとは思わなかったぞ」

ええっ、接待? て、私はされた方ですよ?接待…

会長は顔を寄せて小声で、

「ここでは言えんがね。何年も前に消えたはずの事業が復活しそうなんだよ。キミの所以としか思えん」

「は?」

えーー、私、大失態…なんだよね? どういうこと?

「全くキミの社への貢献度はすばらしいよ。早速上乗せしておかないとな」

え?え?え?

頭の中?マーク…でも食は進む。会長は相変わらずオードブル的な一皿をそろりそろり口に運んでいた。

「キミを派遣したのは…どこか期待を込めていたのかもしれないね。あの停滞した物件にキミという存在をぶつけてどう転がるか試してみたかったのかもしれない」

そんな〜。飛行機に乗せたかっただけでしょ。公私混同もいいとこっすよ。

「ふ、そうだった、それは大いに反省する」

私の心が読めるのか会長はそう言って笑った。

「ふーー、諦めて放り出すにもどうしようもなかったものが思わぬ拍子にごっそり動いた…彼奴の思い描くさらに上をいくかもしれん。これで厄介ごとが一気に片付く…かな?」

「は、はあ…」

何なんだろう…おエビランド…私はもう関わらなくて良さそう? 連絡しといたほうがいいのかな…高田さん。心配してくれたし。「どうだい」

おもむろに会長は手を伸ばした。

「前も言ったが、キミと契約を交わしたい」

「へ?」

ガシッと私の手を取って。そう、腕相撲する時の要領で。

「キミは一生オレの世話だけをしてくれ。オレはもうキミ以外の人間の料理を食べたくないんだ」

ーーーは?

「それって…」

ま、まさか…ちょっと何ーーー、この体勢で言う?

ドドドドハートが波打つ。

「ど、どどどどういういみですか、一生私に飯炊きしろと?」

きゃーーいいセリフが浮かばなあいー

「ふっ、聞こえは悪いがね。契約だよ、契約。先のことは心配するな。オレが一生キミの面倒を見るよ」

ってそれって、プ、プロポ…?

と高鳴る胸…会長はきっぱり言い切る。

「オレは誰とも結婚しない」

え?

「だからキミもオレ以外の誰とも結婚しないでくれ」

ええええーー?

私は声を失った。

どんな顔してたのかな…

絶対漫画のアホヅラ…

がっつり手を握られて。

窓の外は東京随一の夜景。

最高のセットアップ…

なんだけどぉ

なんか違うくない?

違う…違う…そうじゃない…違うでしょ…オイコラ

色々言葉が頭を駆け巡る…

「密約だ。キミとオレとの。悪くないだろう?」

ナンダナンダ有無も言わせず…

「はい」

答えてしまうじゃないのよ…私…

「よし」

会長はぎゅっと手を握り実に満足げに頷いた。

オレ以外の誰とも結婚するなだぁ?

ハートを射抜かれるんじゃなくてえぐられるというかはぐらかされたような妙な心地…

高層階のエレベーターから乗り換える通路で私はちょっと浮かれた。

「とんだダフネーしちゃうとこでしたね」

前に会長と来た時のことを思い出したりして。

会長がローリエの葉っぱを持った私に言ったセリフ。

意味わかんなくてその後ネットで調べたの。

自分をアポロに例えるなんて…自信家め…

会長は一瞬目を泳がせて、ああと斜め上に視線を止めた。

「そんなつもりじゃなかったんだがね。余計なことを言うもんじゃないね。口は災いの元だ」

ぷっ…と笑いかけて、私はすごい勢いで腕を引かれた。わっ…会長のネクタイが目の前に。ドキーーン心臓が飛び出しそうになる。

「一体どんな手を使ったんだ? あの〇〇が一気に折れるなんて。今まで何があっても首を縦に振らなかったのに」

胸に押さえつけられるようにして口早に囁かれよく聞き取れない。「な、何の話ですか」

「今になって全て孫に任せると言って来た」

「え」

ドキドキドキドキ…

「あの男だ。高田という男。地権者の孫だ」

えっ…。

そぉっと顔を上げると視線がガチンコした。

「キミと何かあったのか?そうとしか思えないんだ」

全然躊躇なく顔を寄せて会長は囁いた。

「全くキミはやってくれるね。同郷の者同士話もしやすいだろうと温情もあったが仇になった。キミはもうこの件には関わるな」

何じゃその言い方…誰が派遣したんじゃい…同郷じゃねーし。島根と山口ダゾ、はしょりすぎ!目を合わせられなくてうつむいていると会長は手を緩めて、

「あの男とアドレス交換してるんじゃないだろうな。連絡するなよ」

ええーーしたかもっ。ぼんやりあのレストランでのことが浮かぶ。

「昭和の昔今よりも接待まみれだった頃から我が社は男女の接待は禁止だ」

「ええー、してませんよっ、何も」

「ハニートラップとはよく言ったもんだ。効果抜群なんだな」

違うっつーに!

「『正規の』接待もグンと増えるだろうがね。まあ仕方ない。規模がちがう」

ふっと体を離して、会長は言った。

「あれほどエビにこだわっていたのに…あんな場所で…どんなプランが持ち上がってもエビを絡ませて来た。まるでエビに取り憑かれているかのように…担当部署が何度も変わった」

ゾワッ…反射的に体がこわばる私。エビはもうええわ。

「ああ、すまない、すまない、言ってはいけなかったな」

てか、極秘の事案でしょうにこんな通路で世間話してていいんですかね。まあ誰も聞いてそうにないけど。

「災い転じて福と成すーーだね、全く。オレにとっては珍しくいい知らせが重なってね」

そう言って会長は携帯を取り出した。ピカピカのスマホ。「えっ」私は画面を見て驚いた。

「弟からメールがあったんだ。『元気でいるから心配するな』とね」

高広くん!画像はビーチで10人くらいと写ってるものだ。「よ、よかったですね」

モヤモヤ記憶が蘇る。そうだ高広くん空港で…。沖縄行くって言ってたような。

「ふふ、何やら仲間と仲良くやってるようだ。肩の荷が降りたよ」

「そうですか」

はっ。そこで私は思い出した。携帯⁉そうだ、高広くんとメールしたじゃん。あれを今会長に見せれば…

一挙解決じゃあ!

携帯携帯…

と私はポケットを探る。ナイ…バッグを開けて気がついた。

「あーーーー、携帯!」

「ん、どうした」

「やばっ、携帯、えーーー?ちょっ、ずっと忘れてたーーーー!」

そうだ…あの時エビを撮ろうとして…携帯…どうしちゃったんだろう…誰も何も言ってなかったよね?会社に連絡もおじさんたちがしてくれたんだ…まさか池の中に…?

「ひいいいいいい…」

真っ青になって私は次に言うセリフを構築しようとした。だが何も出てこない…

「なんだ、どうした、携帯が?」

私は…つい…あったことそのまま喋ってしまったのだ…

何でだろう…バカバカ…私

「なんだ、そういうことだったのか」

あとはもう爆笑されまくりですよ。

あはははは…て。

そんなに笑わなくてもいいじゃない。

ここハイアットの通路よ?

珍しくジェスチャー付きで笑いまくり…もうやだ…知られてしまった…恥ずかしすぎる…

「なるほどねえ、本当に誰も真相知らないんだな。携帯は便利だが周りをよく見ないとね。前にも言ってなかったか?」

ってまた大笑い。くっ…。あははははと笑いながら私の肩に手を置いた。

「彼らもとんだとばっちりだったねえ。だがよかった。キミに悪さしたわけじゃなかったんだな」

「は、はあ…」

ヒーー、そんな風にも見えちゃうんだ。高田さん、ごめんっ。

「携帯買わなくちゃ…」

私はがっくり気を落とした。金銭面で痛いのみならず高広くん含め携帯には様々な情報が思い出とともにインプットされているのだ。ああ、過去のあれこれがひゅんひゅん飛び交うー。

「ふふん、買ってあげようか?」

会長は言った。

「えっ、いいんですか」

私はパッと顔を上げた。

「ああ。だが条件がある」

「条件?」

会長はぐっと手に力を込めた。そしてつよーい視線で

「まず、オレの前でいじらないこと」

それはまあそうですね…よく怒られていたこと…「はい」

「待ち受け画面を変えること」

…ん?

「いいな」

「って、どういう」

「どういうじゃない、キミが携帯を見るたび目に入ってくるあの男の画像だよ。あの待ち受け却下」

「えーー、それは自由じゃないですか」

「目障りだ」

「でも」

「一体どう言う関係なんだ?」

「いや、その、ちょっとしたお守りというか…」

「お守り?何がお守りなんだ、何も役に立ってないじゃないか、この度だって…キミ、死にかけたんだぞ!」

ぐっ…。言い返せない私。そうだけどそうだけど…。あの米子の彼には言い尽くせないご恩があるのだぞ。高広くんがメールよこす気になったのだって…元はと言えばあの人がアシストしてくれたから…

うぐぐぐ…ちと複雑な相関図…ああ、携帯さえあれば説明できるのにーー

スマホ…会長並みの最新機種…

ほしぃ…でもすんなり従うのも癪に触る…

「どうする?キミが決めなさい」

イエスかノーか

さて私はどう答えたでしょう。

て、決まってますよね…

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